想いをぶつけるその2

「聞いて、舞華」


 涙を流す舞華に、私は声をかける。


「私が今日ここに来たのは、あなたに話したいことがあったからなの」


「…………?」


 涙を拭いながら、舞華は私の言葉に首を傾げる。


 けれど私はそんな舞華に構うことなく話を続ける。


「――私、あなたのことを好きになって良かった」


「…………ッ!?」


「私ね、舞華と友達になってから、学校に来るのが楽しみで楽しみで仕方がなかったの。舞華がいるだけで、私は学校が好きになれた」


 思い返してみれば、学校では暇さえあればいつも舞華のことばかりを考えていた。


 今舞華はどうしているのか? 舞華は私のことをどう思っているのか? 舞華はどんな人が好みなのか? 数え上げたらキリがない。


 そんな益体もないことを考えている時間が、私にとってはとても幸せなものだった。


 そういった想いを込めた言葉を伝えたけれど、舞華の顔は優れない。それどころか、


「……私はそんな大した人間じゃないわ」


 舞華らしからぬ、どこか自虐的な物言いまでする始末。


 けれどこのタイミングで私はようやく、舞華の今の心境に気付くことができた。


 舞華は自分を責めているのだと思う。


 優しい舞華らしい。きっと私のことを想って胸を痛めているのだろう。こんな時だというのに、舞華が私のことを考えてくれていると思うと嬉しく感じてしまう。


 でも舞華が私のために胸を痛める必要なんかない。私は舞華に告白したことを少しも後悔していないのだから。


「そんなことはないよ、舞華。舞華はとても凄い人だよ。そんなに自分を卑下しないで?」


「……無理よ。私はあなたに好かれる資格なんてない、最低の人間よ」


「…………ッ」


 舞華が自身を卑下するようなことを言う度に、私も自分のことのように胸が締め付けられる。


 ああ、悲しい。舞華がここまで思い詰めている様は、見ているだけで悲しくなる。胸が苦しくなる。これ以上舞華が傷付く様は見ていられない。


 だから、お兄さんとの約束に従って舞華を救おう。


「あなたを好きになれたことは、私にとって誇りだよ。舞華に告白したことにも後悔はない。だからね、舞華が私のために苦しむ必要はないんだよ」


「藤……花」


「ありがとう、舞華。あなたのその優しさだけで私はもう充分救われた。だからもういいんだよ、舞華。これ以上あなたが思い悩む必要はないの」


 万感の想いを以て発した言葉。舞華に私の想いが届いたかは分からない。


 けれど私にできることはこれだけ。これ以上私が舞華にできることなんて、


「藤花!」


「…………!?」


 普段の舞華からは想像もつかないほどの大声。


 しかし舞華の行動はそれだけに留まらず、何事かと驚く私の元まで駆け寄り――抱き締めてきた。


「舞華……?」


 舞華の突然の行動に目を剥く。


 けれど舞華は私の反応を気にした様子もなく、私の背中に回した手により力を込めた。


「藤花、ごめんなさい……!」


「……もう、何で舞華が謝るの?」


 涙声の舞華に、ちょっと意地悪かと思いながらも訊ねる。


「だって、だって……ッ!」


 子供みたいに泣きじゃくる舞華。きっと私のために泣いてくれてるんだろうけど、少し可愛らしいと感じてしまう。


「もういいんだよ」


 子供をあやすみたいに舞華の頭を撫でながら、私の方からも舞華を優しく抱き締める。


「私のために泣いてくれてありがとう。大好きだよ、舞華」


 いつの間にか私の目からも涙が溢れていたけど、そんなものを気にすることなく私は舞華を抱き締め続けた。


 ――その後、放課後の学校の屋上で私たちはみっともなく泣いた。涙やら鼻水やらで、顔は酷いくらいグチャグチャだ。


 でも私たちは、そんなことも気にせず泣き続けた。


 そして泣き疲れた後は互いに笑った。何がおかしいというわけでもないけど、笑い続けた。


 ――こうして私の恋は終わりを迎えた。私の初恋が実ることはなかったけど、それでも満足だった。


 だって私の恋は何一つ後悔ない、胸を張れるものだったのだから。





「…………」


 二人の笑い声を扉越しで聞きながら、薄い笑みを浮かべる。


 話の詳細は聞こえなかったが、この声を聞く限りだと無事和解できたようだ。


 結果として糸島に押し付ける形になってしまったが、それがいい方向に作用してくれたようだ。


「お前は凄いよ、糸島……」


 ボソリと呟いた称賛の言葉。とても短いが、これは俺の偽らざる本音だ。


 あいつは一度は舞華に拒絶されたにも関わらず、再び向き合った。そして現在、舞華と二人で笑い合っている。


 とてもではないが、俺には真似できることではない。


 もし俺に糸島の半分でもいいから向き合うだけの覚悟があれば、あの時も……やめておこう。今更過去のことをあれこれ言ったところで、何が変わるわけでもない。


 自分の女々しさを少しだけ疎ましく思いながら、俺は屋上へと続く扉に背を向ける。


「今日は舞華の好物でも作ってやるか……」


 頭の中で夕飯のレシピを思い浮かべながら、俺はその場を後にするのだった。

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