藤花は覚悟を決める

 ポロポロ涙を溢す舞華。こんな舞華の姿は初めて見た。


 いつも気丈に振る舞っていた舞華からは想像もつかない。


 先程までの怒濤の勢いには驚かされたけど、今の舞華にはそれ以上に驚かされた。


 どうして舞華は泣いているのだろう? いきなり泣き出した舞華に、私は戸惑いを隠せない。


 こんな時、私は親友として何と声をかけるべきなのだろうか? こんな事態には遭遇したことがないから分からない。


 できることなら、誰か他の人に助けを求めたい。でもそれはできない。だって私はと約束したのだから。


 私は涙を拭いながら、この場に立つきっかけとなった数日前のことを思い返した。






「はあ……」


 自室にて、私は重たい息を吐いた。


 現在の時刻は午前九時前。今日は平日なので、本来なら私は学校にいなければならない時間帯。


 でもここ数日、私はずっとこの部屋からまともに出てない。舞華にフラれたあの日から、私はずっと前に進めずにいる。


 私が告白した相手はあの舞華だ。こうなることは分かっていたはずだ。


 それなのにいつまでも落ち込んでいるのは、自分でも情けないことだと思う。


 初恋だからよりショックが大きかったけれど、いい加減立ち直らなければいけない。


 今は両親も海外出張で家にいないけれど、週末には帰ってくる。それまでには学校に行けるようにならないと、両親に心配をかけてしまう。


 けど、学校に行くと舞華に会うことになる。今の私には、まだ舞華に会うだけの勇気がない。


 メールや電話などが毎日送られてきてるので、きっと向こうは私に会いたがっているのだろう。


 正直に言えば、私だって舞華には会いたい。でも、仮に会ったとして何を話せばいいの?


 あの日告白したことで、私と舞華の関係は大きく変わってしまった。もう、かつてのような親友同士には戻れない。


 今の私は、いったい舞華に何て声をかければいいのだろう? 分からない。誰か私に教えてほしい。


 そんな風に自室で答えのない禅問答のようなことを考えていると、不意にインターホンの軽快な音が私の耳に届いた。


 いったい誰だろう? 私は玄関に向かいドアスコープ超しに外を覗いてみる。するとそこには、


「……お兄さん?」


 舞華のお兄さんがいた。


 なぜお兄さんがこんなところにいるのだろう? この時間なら学校にいなければいけないはずだ。


「糸島? いないのか?」


 二度目のインターホンの音が家の中に響き渡る。


 ……こんな時間帯に来たのだから、お兄さんは何か用があるからに違いない。ここは出た方がいいのだろうか?


 でも舞華ほどではないにせよ、お兄さんと顔を会わせるのも正直辛いものがある。


 お兄さんにもあんなに協力してもらったのに、私はそれに報いるだけの結果を出せなかった。


 そんな私がどんな顔でお兄さんに会えばいいというのだろう? ここは居留守を使った方がいい。


 私がそう決意して玄関を後にしようとしたところで、


「糸島、もしいるのならそのままでいいから聞いてくれ」


 お兄さんが、まるで私がいることを察しているかのような口調で話し始める。


「最近お前、学校に来てないんだってな? ……理由は何となくだけど想像はつく」


 お兄さんには結果を伝えてなかったはずだけど……舞華から聞いたりでもしたのだろうか?


「……今のお前にこんなことを頼むのは気が引けるけど、頼む糸島! 学校に――舞華に会ってやってくれ!」


「…………ッ!?」


 ドアスコープ超しに見ていた私の視線の先で、お兄さんが深々と頭を下げた。


「今の舞華は、明らかに様子がおかしいんだ。こんなことは言いたくないけど、多分お前からの告白が原因だと思う! お前が告白したあの日から、舞華はずっと元気がないんだ!」


 お兄さんの言葉を聞いた瞬間、私の脳裏をよぎったのは嘘だ、という気持ちだった。


 お兄さんがこのタイミングで嘘を吐く理由はない。けれどあの舞華が落ち込んでいるというのは、とてもではないが信じられない。


 私の知る舞華は、とても強い人間だ。何より、告白したのは私。舞華が落ち込むような理由なんてないはずだ。


 でも、もし本当に私が原因で落ち込んでいるのなら……、


「本当なら、兄貴の俺が何とかするべきなのは分かっている。けど今の舞華を救うことは、俺にはできない。今の舞華を救ってやれるのは――お前だけなんだ、糸島」


「私だけ……」


 ポツリと言葉が漏れる。けれどそれがお兄さんに届くことはない。


「だから頼む、糸島! 舞華を……舞華を助けてやってくれ!」


「お兄さん……」


 一連の言葉で、お兄さんが舞華をとても大切に思っているか、そして本気であるかがよく分かった。まあそれぐらいでなければ、わざわざ私にここまで頼み込んだりはしないだろう。


 正直に言えば、お兄さんの頼みを聞いてもいい。いや、むしろ舞華のためになるなら私は率先して動きたい。


 だって舞華は私にとって大切な人だから。それはフラれた今となっても変わらない。


 でも、私はまだ舞華に会うのが怖い。舞華を助けたいという気持ちはあるのに、会うことを想像しただけで恐怖で身がすくんでしまいそうになる。


 けれど、いい加減私も前に進まなければいけない。このままでいいわけがない。


 何より私は、この恋をこんな形で終わらせたくない。せめて後になって思い出した時、舞華を好きになって良かった。そう思えるような終わり方がいい。


 だから私は覚悟を決めた。もう一度舞華と向き合うための覚悟を。


「……お兄さん」


「糸島……!」


 玄関のドアから顔だけを出した私に、お兄さんが目を見開くのだった。


 


 

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