試験の結果と告白
糸島が舞華への告白を宣言してから一週間。糸島は宣言通り全く連絡してこなかった。
恐らく舞華に勝つために死に物狂いで勉強しているのだろう。つい昨日まで連日で呼び出されていたことを考えると、何もない日常を少し寂しく感じてしまうのは気のせいじゃないのだろう。
何だかんだで、俺はあいつとのやり取りを楽しいと感じてたらしい。
俺も糸島に習ってというわけではないが、テスト一週間前は試験勉強に取り組んだ。まあ糸島の告白のことが気になってあまり集中できたとは言えなかったが。
おかげでテストはあまり手応えを感じられなかった。普段の俺の成績は中の中。多分今回は成績が落ちているだろう。
……これはマズい。叱られてしまう。
叱る相手となると、普通は親を連想するだろう。試験の結果が芳しくないと、親に叱られるという話は俺もよく耳にする。しかしそれはあくまで一般家庭の話。
我が家は少し違う。我が家では義妹の舞華が俺の成績を確認し、悪ければ悪態を吐きながら叱る。
最早母親だ。こっちも文句を言ってやりたいが、残念なことにあいつはそれなりに頭がいい。おかげで俺は常に叱られる側の立場だ。
今回も怒られることを考えると、今から憂鬱だ。
「はあ……」
静寂が支配する廊下を歩きながら、思わず溜息が漏れる。
現在俺は、早朝七時過ぎの学校にいる。この時間帯は一般の生徒ならまだ登校していない。登校しているとすれば、生徒会か部活の朝練がある者だけだろう。
しかし今日は違う。ウチの学校はテストを終えた後すぐに土日の休みが入る。教師たちはその間に採点を終え、週明けには上位十名のみだが、学年毎に結果を廊下に貼り出す。
つまり今日はテストの結果発表の日ということだ。わざわざこんな早朝に来たのは、当然糸島の結果が気になったから。
この結果次第で、糸島の運命は大きく変わる。事情を知る者として、できるだけ早く知っておきたいと思うのはおかしいことじゃないだろう。
そこまで考えて、俺は自分の動悸が早まっていることに気付いた。別に具合が悪いというわけではない。ただ緊張しているだけ。
……おかしな話だ。自分のことでもないのに、ここまで緊張するなんて。
苦笑しながら、俺はカバンを片手に急ぎ足で一年生のテスト結果が公開される場所まで向かう。
しばらくすると、廊下のある場所に人だかりができてるのが見えてきた。大体十数人程度だ。
意外にも数が少ないことに驚いたが、そもそもこんな朝早くからテスト結果を確認しに来るような意識の高い奴は、そんなにいるものではないと思い直した。
この場にいる一年生全員の視線が壁に貼られた一枚の紙に向けられている。ここからだと何て書いてあるのか分からないが、きっと一年生のテストの上位十名の名前だろう。
「ちょっとごめんよ」
謝罪しながら、他の生徒を押し退けてテストの結果の記された紙の前まで行く。そして紙に書かれた名前を下から確認していく。
まずは十位……違う。
次に九位……これも違う。
八位、七位、六位……ここにも名前は乗っていない。
一瞬、もしかして二人共上位十名に入れなかったのでは? という考えが脳裏をよぎったが、それが現実になることはなかった。
なぜなら、上から二番目の位置――つまりは二位に、舞華の名前を見つけてしまったから。
『甘木舞華 四百九十八点』
とんでもない点数だ。今回のテストは五教科だったので、ほぼ満点に近い。我が妹ながら恐ろしいものだ。
普通に考えて、この点数に勝つなんてかなり難しい。けれど舞華の順位は二位。まだ糸島にも希望はある。
俺は恐る恐る、舞華の上にある名前に視線を送る。するとそこには、
『糸島藤花 五百点』
見覚えのある名前があった。
「あいつ……やりやがった」
五百点、それはつまり全教科満点ということだ。糸島は先週の宣言通り、舞華に勝った。最早称賛するしかない。
しかしそれは同時に、糸島が舞華に告白することを意味する。そう考えると、糸島の勝利を素直に喜ぶこともできない。
「お兄さん」
突然背後から声をかけられた。聞き覚えのある声なので、特に驚くこともなく振り返る。
「糸島……」
俺の予想通り、声の主は糸島だった。こいつも俺同様、テストの結果を確認しに来たのだろう。
「お兄さん……私、やりましたよ。舞華に勝ちました!」
「ああ、そうだな。おめでとう……糸島」
喜びをこれ以上ないほど露にする糸島に、俺は心にもない言葉を送った。
きっと糸島はこの結果を出すために相当な努力をしただろうに、素直に称賛できない自分が嫌になる。
「これで舞華に告白できます」
晴れ晴れとした表情で呟く糸島。きっとこいつの頭の中には、舞華への告白のことで頭がいっぱいなのだろう。
「……いつ告白するつもりなんだ?」
「この後すぐ、屋上でしようと思ってます」
「随分と急だな」
「実はこうなると思って、ここに来る前にメールで呼び出しておいたんですよ。多分舞華はもう屋上にいると思いますし」
そう言って背を向けた糸島。このまま屋上へ向かうつもりだろう。
――もし止めるなら、このタイミングだ。ここが最後の機会だ。ここで止めれば、糸島が失恋することはない。
「糸し――」
「ああ、そういえば忘れてました」
勇気を振り絞って発した言葉が、こちらを振り返った糸島の言葉に遮られた。しかし糸島は気付いた様子もなく続ける。
「ありがとうございます、お兄さん」
そしてなぜか、感謝の言葉を俺に送った。
「私がここまで来られたのは、お兄さんが協力してくれたおかげです。本当に感謝しています。だから、もし告白が失敗したとしても、後悔はありません」
「…………!」
どうして今そんなことを言うんだ。そんなことを言われたら、俺はお前の言葉に甘えたくなってしまう。止められなくなってしまう。
「それでは失礼します」
しかしそんな俺の心情を知るはずもなく、軽く頭を下げてから糸島はその場を後にした。
俺は、そんな彼女の背中をただ見送ることしかできなかった。
「…………」
静寂に包まれた廊下を一人で進む。周囲は静かだけど、私の胸の内はその真逆で騒がしかった。
今の私はかつてないほどの高揚感に襲われている。けれどそれは仕方のないこと。だって私――糸島藤花はこれから、告白をするのだから。
ずっと待ち望んでいたことだ。舞華と出会ったあの日からの人生は、今日この日のためにあったと言っても過言ではない。
不安はある。けど、今更そんなことを考えても何も意味はない。だから私は黙々と屋上へ向けて歩を進める。
しばらくすると、屋上へと繋がる扉の前まで辿り着いた。
この先に舞華がいる。そう考えるだけで、胸が更に高鳴る。
「ふう……」
一度息を吐く。それだけで動悸が収まることはないけど、少し楽になった。
「よし……」
意を決して扉を開く。
扉の先には、私の呼び出しに応じてくれた舞華がいた。舞華は屋上に来た私に気付き、こちらを見た。
「待たせてごめんね、舞華」
「それは別にいいけど、こんな朝早くにどうしたのよ藤花? 大事な話があるってことだったけど……」
「うん。とても大事な話なんだ……」
そこで一旦言葉を区切ってから、舞華と目を合わせる。
「藤花?」
不思議そうに首を傾げる舞華。そんな彼女に、私は努めて普段通りの口調で話しかける。
「ねえ舞華。初めて会った時のこと、覚えてる?」
「え、ええ、覚えてるけど……それがどうかしたの?」
「ううん、何でもない。ちょっと訊いてみただけ……」
特に意味のない会話。初めて会った日から、何度こんな会話を何度続けてきたのだろうか?
けれど話して良かった。おかげで、舞華への気持ちを再確認できたのだから。
やっぱり私は舞華のことが好きだ。友達のままで終わらせたくない。もうこの想いを抑えることはできない。
だから、
「実は私――」
――そこから先のことはあまり覚えてない。それくらい、自分の想いを伝えるのに必死だったから。
唯一覚えてることがあるとすれば、それは、
「ごめんなさい。あなたの気持ちには、答えられないわ」
――どこまでも残酷な、否定の言葉だけだった。
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