作戦を練る

 それは、変態に恋のお手伝いを強要された次の日のことだった。


「ん……?」


 ズボンのポケットにしまっておいたスマホがブルブルと震えた。


 俺のスマホに連絡が来ることは滅多にない。訝しく思いながらも、確認のためにスマホを開く。


 相手は糸島だった。実はいつでも相談できるようにと、糸島の方が連絡先の交換を申し出てきたのだ。


 何か用がある度に連絡されるのは嫌だとは思ったが、俺に拒否権があるはずもなく渋々と連絡先を交換させられた。


「ええと……何々?」


 内容を確認してみると、昼休みに屋上に来るようにというものだった。


 まさか交換した次の日に呼び出されるとは……いったい何の用だろう?


 首を捻りながらも拒否権はないので従うしかない。


 いつも通り昼食を一緒に取ろうと誘ってきた翔に断りを入れ、教室を出て足早に屋上へ向かう。屋上のドア開き外へ出る。


「あれ? 随分と早いですね、お兄さん」


「そうか?」


 すでに屋上には呼び出した本人がいた。予想よりも俺が来るのが早かったのか、軽く目を丸くしてる。


「それで何の用だよ? 昼メシもまだだから早くしてくれ」


「ご飯まだだったんですか。別に食べてから来ても良かったんですよ?」


「……そういうのは先に言っておいてくれよ」


 知ってたら昼休み終了ギリギリに来てたのに……。


「まあ早く来てくれたのは、こちらとしても都合がいいです。早速本題に入るとしましょう」


 そこで一度咳払いをした後、糸島は話を続ける。


「実は最近舞華の様子が少しおかしいんですよ。お兄さん、何か心当たりはありませんか?」


「いや、特にはないな」


 糸島の前では普段どういう風に振る舞ってるのか知らないが、俺にとってはあいつがおかしいのはいつものことだ。


 なので、心当たりなんてものがあるはずもない。


「そうですか……家族であるお兄さんでも分かりませんか」


「悪いな、力になれなくて。けど、具体的に舞華のどこがおかしかったんだ?」


「色々ですね。以前は授業中や生徒会の仕事中に集中力を切らすことはなかったのに、最近はよく窓の外を見たりしています。あと二人で話している時、いつの間にか話題が結婚関連のことになってたりするんですよ。これって絶対に何かありますよね?」


「そ、そうだな……」


 滔々と語る糸島に、若干引き気味になりながら何とか絞り出すようにして答えた。


「舞華のことよく見てるんだな……」


「恋する乙女ですから」


 顔色一つ変えることなくそんなことが言える辺り、こいつは結構大物かもしれない。


 というか、舞華がおかしくなった理由、少し分かってきた気がするぞ。


 しかしまだ確定ではないので、もう少し話を訊いてみよう。


「他には何かないのか? 舞華がおかしくなった時期とか……」


「おかしくなった時期……今にして思うと、文化祭の後から様子がおかしかった気がしますね」


 確定。舞華がおかしくなった理由というのは、十中八九俺だ。俺の嘘が舞華を今の状態にしたのだろう。


 糸島がまだ何事か話し続けているが、今の俺はそれに応じている余裕がない。


 つうかあいつ、結婚云々を友達に話しているのか……これは早めに対策しないとマズいことになりそうだ。


 卒業する時には婚姻届を提出済みなんて、笑い話にもならない。


「お兄さん? 私の話、ちゃんと聞いてますか?」


「え……? あ、ああ、聞いてるよ」


 結婚という二年足らずで迫り来る脅威に戦慄していたが、糸島の声で我に帰った。


「今思ったのですが……もしかしたら舞華は恋をしたのかもしれません。いえ、きっとそうに違いありません。同じ恋する乙女である私には分かります」


 こいつはもしかしたらエスパーなのかもしれない。


「ただ、もし私の予想通りだとしたら相手が分からないんですよね。舞華ってかなりの男子に告白されてますけど、全部断ってるみたいですし」


「そ、そうなのか……」


 舞華の性格から考えて、あいつはそんなことを言い触らして回るような奴ではないはずだ。


 それなのに、なぜ糸島はそんなことを知っているのだろうか? 


 ……訊きたくはあるが、やぶ蛇はごめんだ。黙っておこう。


 代わりに別のことを訊こう。


「なあ、もしだけどさ……舞華の好きな奴が分かったら――」


「八つ裂きにします。恋敵は早めに始末するに限ります」


「…………」


 こんな話を聞かされて、舞華の好きな人が実は俺だと言うだけの勇気は、俺にはない。


 これ以上話してるとボロが出るかもしれない。話を切り上げよう。


「は、話はもう終わりか? もしそうなら、早く戻りたいんだが」


「そうですね……そろそろ昼休みも終わってしまいますし、続きは放課後にしましょう」


「まだやるのかよ!?」


 俺の絶望に満ちた声が、屋上に木霊した。


 ――ちなみに教室に戻ったと同時に昼休み終了のチャイムが鳴ってしまったため、俺は昼メシを食い損ねるのだった。






 その後は午後の授業を受けた後、放課後に糸島に半ば強制的に舞華攻略の話を聞かされ帰宅した。


 攻略と言っても、話の内容は大半が舞華の魅力を聞かされるだけだったが。


 帰宅後、俺はいつも通り夕食の準備を始めた。もう慣れたもので、淀みなくテキパキと調理を進めていく。


 一時間ほどで夕食を作り終え、そのタイミングで舞華も帰ってきたので、出来立てを食べることにする。


 基本的に俺たちは食事中に会話をすることはないので、食卓は静かだ。


「…………」


 黙々と料理を咀嚼する最中、何となく糸島の『舞華の魅力』という言葉が脳裏をよぎり、舞華を見てしまう。


 俺たちは互いに向かい合うようにして座っていたので、当然ながら舞華は俺の視線に反応した。


「……何ですか兄さん? 食事中に人の顔を見るなんて、何か言いたいことでもあるんですか?」


「い、いや別に……」


「なら、いちいち私の方を見ないでくれますか? 食事中に兄さんに見られるのは、とても不快です。兄さんは私にそこまでして苦痛を与えたいんですか? 見下げ果てたクズですね」


「……ごめんなさい」


「別に謝罪なんて必要ありませんよ。所詮は兄さんのすることです。いちいち謝られてたらキリがありませんから」


「…………」


 その後再び無言の食事が再開されたが、不思議なことにしょっぱい味がするのだった。






『十一月二十四日。

 本日は食事中にお兄様がなぜか私の方に熱い視線を送ってきましたが、あれはいったい何だったのでしょう。

 別に嫌というわけではありませんが、できれば食事中にはやめてほしいところです。

 だってあんなにも熱い視線を注がれてしまっては、身体が火照って食事に集中できなくなってしまいます。

 まあお兄様が私の魅力に目を離せないということなら、仕方ありませんが。私もよくお兄様の魅力に釘付けにされますから、気持ちは分かりますが』


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