変態は義妹に恋をする
「――というわけでですね! 舞華の存在はまさにこの世の宝というわけですよ! ここまでの話で舞華の魅力は理解できましたか!?」
「いや全く」
「どうしてですか!?」
舞華について話し合いたいと言われてから、かれこれ三十分近く経っただろうか。
現在、俺はなぜか糸島から舞華の魅力を延々と語られ続けていた。
「お兄さんは自分がどれだけ恵まれた環境にいるのか理解しているんですか!?」
恵まれた環境……か。普段はこれでもかというほどボロクソに罵られ、日記の中では胃もたれしそうになるほど重い愛を語る義妹との生活が恵まれていると……何か泣けてきた。
「…………」
「あ、あのお兄さん? 私何かお兄さんを悲しませるようなこと言いましたか?」
「……別に」
慌てた様子の糸島に少し鼻声で返事をする。
「そうですか。それならいいんですけど……。とにかく、お兄さんは舞華の兄なんですから、もう少し舞華の魅力を知っておくべきですよ?」
「そんなこと言われても……」
「全く。私はお兄さんが羨ましくてたまりませんよ。もし私が舞華と兄妹だったら……おっと涎が。ハンカチハンカチ……」
あ、こいつマジでヤバい奴だ。
ハンカチで口元を拭う糸島を見ながら、俺はそう確信した。
こんな奴とこれ以上一緒にいたら、こっちの頭までおかしくなりそうだ。さっさと帰ろう。
「なあ、今度こそ本当に帰っていいか?」
「ダメです。本題はここからなんですから」
「さっきまでのは本題じゃなかったのかよ……」
あの三十分を返してほしい。
「ではそろそろ本題に入るとしましょう。……実はですね、私――糸島藤花は、甘木舞華のことが好きなんですよ。一人の女として」
「……色々とツッコみたいところはあるが、その前に一つだけ訊かせてくれ。お前、女だよな?」
「何を言ってるんですか? 私はどこからどう見ても女の子じゃないですか。頭大丈夫ですか?」
今ほど『お前が言うな』という言葉が相応しい状況もそうそうないだろう。
「いや舞華は女だぞ? その辺も理解してるのか?」
「ええ、もちろん。ですが、性別なんて愛の前では塵芥に等しいものだと思いませんか?」
思わないと否定するのは野暮だろうか。
一見ロマンチックな言葉のように感じるが、実際のところ言ってることは大分おかしい。
「じゃあ、昨日舞華のパンツの匂いを嗅いでたのは……」
「好きな人のパンツの匂いを嗅ぎたくなるのは、恋する乙女として当然ですよね?」
まるで自分の行いが正しいことを一切疑っていないかのような物言い。
どうやら俺はこいつを誤解していたらしい。こいつはヤバい奴どころか混じり気なしの変態だ。
あまりの変態性に戦慄する俺を余所に、糸島は続ける。
「それでですね、お兄さんには私が舞華と恋人になるお手伝いをしてほしいんです。お願いできますか?」
とんでもないことをお願いをされた。他人から恋愛の手助けを頼まれるのは生まれて初めてだ。
正直、まともな恋愛をしたことがない俺の手には余る。相手が同性、しかもあのヤンデレ義妹ともなれば尚更だ。
同性愛に関しては、否定するつもりはないが肯定する気もない。だが、あんな奴でも大切な家族。あり得ないとは思うが、流石に変態の恋人にするのは躊躇われる。
となると、俺がこいつのお願いを聞き入れる道理はない。俺なんかを頼ってくれたのは嬉しいが、断るとしよう。
「悪いけど俺は――」
「もし断るのなら、昨日私の痴態を目撃したこと、お兄さんに辱しめを受けたと舞華に告げ口しますよ?」
「な……ッ!」
断ろうとした俺に、糸島は恐ろしい言葉を口にした。
実際に辱しめたりはしていない。というかこいつの自業自得だが、事情を説明したところで舞華が聞く耳を持つとは思えない。
下手をすると血の雨が降ることになるぞ! 主に糸島の!
「お、お前はウチの義妹を人殺しにでもするつもりか!?」
「人殺し? 何を言ってるんですか? あの優しい舞華が、家族であるお兄さんにそんな酷いことするわけないじゃないですか」
「ぐ……ッ!」
微妙に話が食い違っている。俺が案じているのは、自分ではなく糸島の身だ。
確かに糸島の言うことは至極真っ当だ。普通は軽蔑こそするが、殺しまでは発展しないだろう。あくまで俺に関しては、だが。
残念なことに、ウチの義妹は普通ではない。自身の愛を貫くためなら、人殺しすら厭わない真性のヤンデレだ。
幸か不幸か、最近少し舞華の思考が読めるようになってきた。そんな俺の予想だと、舞華は表向きは俺を軽蔑し罵るだろう。
しかし裏では、自分より先に俺にそういうことをされたという理不尽な嫉妬心から来る怒りを糸島に向けるに違いない。
そうなれば、もうおしまいだ。どう足掻こうと、糸島は自分の好きな人に殺されるという最悪の結末を迎えてしまう。
「さあどうするつもりですか!? 舞華に告げ口されるか、私に協力か。早く選んでください!」
頭を抱える俺に、糸島が答えを急かしてくる。
ある意味究極の二択だ。どっちに転ぼうとまともな結果にならない。それでもよりマシな方となると、
「……分かったよ。お前に協力する」
人死にが出ない、これしかない。ほとんどドングリの背比べレベルだが、恐らく、多分、きっと、この選択の方がマシ……なはずだ。
「ふふふ、ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね、お兄さん?」
糸島は俺の答えに満足げな笑みを浮かべる。
人の気も知らないでいい気なものだ。こんなことなら、手紙なんて無視すれば良かったという後悔が脳裏をよぎるが今更だ。
と、そこまで考えて、唐突に一つの疑問が浮かび上がった。
「なあ糸島、一つだけ訊かせてくれ。どうして俺のことをお兄さんなんて呼ぶんだ?」
昨日の変態行為のせいで訊くのを忘れていたが、会った当初から少し気になっていたことだ。
名字は舞華と被るから使わないのは分かる。しかしなぜ『先輩』ではなく『お兄さん』なのか? そこが疑問だった。
最初は大した問題ではないと思って訊ねなかったが、こいつの本性を知った今となっては何か裏があるように感じてしまう。
俺の問いに糸島は一も二もなく答える。
「私はただの恋人で終わるつもりはありません。いずれは舞華のお嫁さんになるつもりです。そうなるとお兄さんも本当のお義兄さんになるでしょうから、今から慣れておいた方がいいかと思いまして」
「……なるほど」
凄いな。付き合うどころか舞華との結婚すら視野に入れてる。妄想力なら舞華にも負けてない。ある意味こいつは舞華とお似合いかもしれないな。
「実は結婚プランはもう決まっているんですよ。知ってますか? 今世界の大体二割の国は同性婚を認めているんですよ? だから卒業後は海外に出て、どこか同性婚の認められている国で式を挙げるつもりです」
イキイキとした様子で未来を語る糸島。彼女の瞳はここではないどこかを見ているのだろう。
「その、何だ……頑張れよ?」
「頑張れ? 何を言ってるんですか? 頑張るのはお兄さんもですよ?」
「いや、それは分かってるけどさ……」
ここまで本気だと、いっそ清々しいとすら感じてしまう。
「それじゃあ、明日から一緒に頑張りましょう! えいえいおー!」
「おー……」
右腕を空に向けて突き上げ、やる気に満ちた声を出す糸島に続く形で、俺は何とも気の抜けた声を出すのだった。
『十一月二十三日。
本格的に寒くなってきました。最近はブレザーを着始める生徒も増えてきています。
お兄様も最近ブレザーを着ているのですが、今日はなぜか私以外の女の匂いがしました。
最初は以前お兄様にフラれた鎌田さんが再び私のお兄様に色目を使ったのかと思いましたが、匂いが違いました。
あの発情した卑しいメスの匂いを忘れるはずがないので、間違いないでしょう。
となると、私が知らない新しい女ということになるのですが、不思議なことにその女の匂いからあまり嫌悪感を感じることができません。
全くないとまでは言いませんが、鎌田さんの時と比べると嫌悪感はかなり薄いです。いったいどういうことなのでしょうか?
とても不思議なことですが、それでも匂いの主が私の敵であるということに変わりはありません。
今回の敵は恐らくですが、一ヶ月後に控えたクリスマスを狙っているのではないでしょうか?
クリスマスは恋人と過ごす日。犯人はクリスマスまでに恋人になり、クリスマス当日は恋人として堂々とイチャつくのでしょう。
中々の策士。何と狡猾なのでしょうか。敵ながら天晴れです。
そしてクリスマスは性の六時間というものも存在します。きっとそこで既成事実を作り、結婚まで持っていくのでしょう。
最早称賛の言葉しかありません。何と完璧な計画なのでしょう。私も実行したくなります。
ですが到底容認できるものではありません。犯人は見つけ次第即刻処理しなくては!』
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