謎の手紙
それは、変た――舞華の友達が遊びに来てから次の日のことだった。
「ん……?」
いつも通りの時間に登校した俺は、下駄箱で上履きに履き替えようと下駄箱の戸を開いたところで、おかしなものを見つけた。
取り出してみると、それは可愛らしいピンク色の便箋だった。心なしか少しいい香りもする。
シールで封をされているので、中身は手紙だろう。今時手紙というのは少し古臭い気がするが、まあそれはいい。
問題はこれを下駄箱に入れたのが誰なのかという点だ。
あくまで便箋からの予想だが、差出人は女の子ではないかと思う。というか、この便箋で差出人が男だったら怖すぎる。
しかし俺には、女の子から手紙をもらうようなことをした覚えはない。
差出人を知るためにもどんな内容か早速確認したいところだが、ここは人の目がある。最悪他人に見られるのはまだいい。
だが舞華に見られるのだけは避けたい。もし見られれば、またいらぬ誤解を招いて面倒なことになる。それだけは何としても避けたい。
……となると場所はかなり限られてくる。
俺は手早く上履きに履き替え、教室にカバンを置いてから人の目がない場所――男子トイレに向かう。
そしてトイレの個室に籠る。これで周囲の目を気にする必要はなくなった。流石に舞華も男子トイレまでは入ってこれないだろう。
便箋の封を開け、中を確認する。
いったい誰が差出人なのかと思ったが、残念なことに差出人の名前は書かれていなかった。
代わりにただ一文。
『放課後、屋上にて待つ』
「これは……」
怪しすぎる。最早嫌な予感しかしない。
正直なところ見なかったことにして放置したいが、ここで無視して後々面倒なことになったら困る。となると、無視するという選択はあり得ない。
「仕方ないか……」
頭が痛くなる思いだが、素直に手紙に書かれたように従うしかない。
放課後のことを考えて憂鬱になりながら、俺は教室に戻るのだった。
そして放課後。
ホームルームを終えた俺は教室を出た。普段ならさっさと下校するが、今日は手紙のこともあり屋上に向かう。
屋上は一般生徒の立ち入りを禁止してるくせに、相変わらず鍵が壊れていたのであっさりと出られた。
屋上から見た空はまだ十六時前だが紅色に染まり、その場にいるだけで寒気がする。
もう季節はすっかり冬になったことを実感させられる。
「……誰もいないな」
周囲を見渡すが俺以外誰もいない。まだ来てないようだ。
しばらくすれば来るだろうと考え、そのまま待つことにする。しかし、
「来ないな……」
三十分ほど経過したが、誰も屋上に来ない。流石にこんな時間までホームルームをしているようなクラスはない。
となると……まさかとは思うが、手紙はイタズラだったのだろうか?
よくよく考えてみると、俺なんかを手紙を使ってわざわざ屋上まで呼び出す奴がいるとは思えない。むしろイタズラと言われた方がしっくり来る。
これはイタズラだったのだろう。きっと仕掛人は今頃、自分たちのイタズラに見事に引っかかった俺を想像して笑ってるに違いない。
差出人に文句の一つでも言ってやりたいが、そもそも差出人が誰かも分からないのではどうしようもない。
まあ想像してたような面倒なことにならなかっただけ良しとしよう。そう結論付けて帰ろうと屋上の出入口のドアに向かおうとしたところで、不意に屋上のドアが中から開かれた。
次いで、中からドアを開けたであろう人が屋上に姿を現した。
「君は……」
その人物を視界に収め、軽く目を見張る。
なぜなら、出てきた人物は変た――昨日家に来た舞華の友達だったから。確か名前は糸島だったか?
整った顔立ちと栗色の髪を一本に束ね、左肩に垂らしている。舞華を美しいとするなら、可愛らしいという表現が相応しい、そんな少女だ。
昨日あんなことがあったのだから、もう顔を会わせることはないと思っていた彼女が、どうしてこんなところに?
そんな俺の胸中など知るはずもなく、彼女こちらに近づいてきた。
「ああ、良かった。待っていてくれたんですね。お待たせしてしまい申し訳ありません、お兄さん」
「へ……?」
思わず、間の抜けた声が漏れてしまった。
今の口振りはまるで、俺がここにいることを知ってるかのようだ。俺がここにいることを知ってるのは、俺を除けば手紙の差出人のみ。
……まさか。
「なあ、もしかして今朝下駄箱に手紙を入れたのって君か?」
「はいそうです。お兄さんの下駄箱に手紙を置いたのは私です。少々内密にお話したいことがあったので、こういう形で呼び出させてもらいました」
「嘘だろ……」
あっさりと答えられ、思わず額に手を当てて呻く。
まさかこんな形で彼女とまた再開することになるとは……。このタイミングで俺を呼び出すような用件は限られている。
「申し訳ありませんが、この後生徒会に行かなければならないので、早速話を始めてもよろしいですか?」
「あ、ああ。別にいいぞ」
「ありがとうございます。話というのは他でもありません……昨日の件です」
予想通りだ。わざわざ大した接点のない俺を呼び出す用件なんて、それぐらいしかないだろう。
「その、昨日の私の醜態に関してですが……見なかったことにしてもらえませんか?」
これもまた予想通り。誰だって自分の醜態はなかったことにしたいだろう。どういった経緯であんな変態行為に及んだかは知らないが、わざわざ誰かに言い触らすつもりはない。
「安心してくれ。別に俺は昨日のことを――」
「もちろんタダでとは言いません。今回の件を口外しないでいてくれるのなら……こ、この身体を差し出しましょう!」
「…………」
頬を朱に染める義妹の同級生を前に、俺は色々な意味で頭が痛くなる。
どうしてそんな考えに至ったのかとか、そもそも何で人様の家であんな真似をしたのかとか色々と訊きたいことはあるが、今はとりあえず置いておこう。
今すべきは彼女を落ち着かせることだ。
「いや、別にそんなことしなくても口外はしないから安心しろ」
「え……本当ですか?」
「本当だ」
というか、そんな脅迫紛いのことをしたら後が怖い。主に舞華の怒りとか。
「……男の人はみんな性欲の塊かと思ってましたけど、お兄さんは違うんですね」
「誰から聞いたかは知らないけど、それ色々間違ってるからな?」
「え……?」
何でそんな『この人何言ってるの?』みたいな顔をするんだ? 俺、何かおかしいこと言ったか?
「とにかく、そんなことしなくても昨日の件は黙っておくから」
「…………」
「話がそれだけならもう行ってもいいか? ないなら夕飯の準備があるから帰らせてもらうぞ」
「…………」
確認のためそう訊ねたが答えは返ってこない。なぜかジーっとこちらを見てくるだけ。
これ以上ここにいても仕方ないと思い、屋上を離れようと糸島の隣を通り抜けようとした瞬間、不意に服の袖を捕まれた。
「お兄さん、まだ話は終わってません」
「はあ? これ以上話すことなんて何もないだろ?」
「いいえ、あります」
糸島は頭を振りながら、きっぱりと言い切った。
「せっかくの機会です。色々と話し合いませんか――舞華について」
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