義妹の親友

義妹の親友が来た

 文化祭終了から三週間ほどの時が流れた。その間の俺の生活は、少しだけ変化があった。


 それは澪との関係だ。あの日告白を断って以降、俺は一度も澪と口を利いてない。


 視線が合うことはあるが、それも一瞬のことだ。すぐに視線を逸らされてしまう。


 以前はよく一緒に取っていた昼食も、今では別々だ。


 ……これを寂しいと感じるのは、俺のワガママなのだろう。


 この変化には当然ながら俺たちとよく一緒にいた翔も気付いていたが、あいつは特に何も言うことなく、いつも通り俺と接してくれる。


 恐らく気を遣ってくれているのだろう。そんな親友の優しさに思わず目頭が熱くなってしまったのは、ここだけの話だ。


 とりあえず、こんな感じで俺の三週間は過ぎ去った。


 そして現在、今日も変化のない学校での授業を終えて帰路に着いていた。


 自宅のドアの前まで来たところで、カバンから鍵を取り出しドアを開ける。


「……ただいま」


 返事を期待したものではない。この時間帯だと舞華は生徒会の仕事でまだ学校のはずだ。しかし、


「おかえりなさい、兄さん」


 なぜか今俺の前には、見慣れた制服姿の舞華がいた。


「ま、舞華? どうして家に……」


「何ですか? 私が家にいたら悪いですか?」


「い、いや別におかしくないけど……」


 舞華の威圧的な視線にたじろぎながらも、何とかそう返した。


 そんな俺の反応に一度溜息を吐きながら、舞華は口を開く。


「今日は生徒会が休みだったんですよ。だから、私はこうして早くに帰ってこられたんです。理解できましたか?」


「な、なるほど……」


 一応納得はできた。


「ああ、それと兄さん。もし時間があるのでしたら、二人分のお茶とお菓子を用意してもらえませんか?」


「それは別にいいけど……二人分? 誰か来てるのか?」


「はい。今私の部屋に友達の藤花とうかが来ているんです」


 なるほど、それで二人分というわけか。


 ウチは滅多に来客がない。なので、来客用の茶菓子などは準備していないが……まあ友達ならそんなに格式張ったものでなくとも問題ないだろう。


 それにしても……舞華に友達か。よくよく考えてみると、舞華が誰かを家に招くのは初めてかもしれない。


「……お前、友達いたのか」


「ふふふ。兄さん、もしかして自殺志願者ですか?」


「ごめんなさい。心の底からごめんなさい」


 笑顔に深々と頭を下げた。義妹に躊躇なく頭を下げるのは兄としてどうかとも思うが、俺だって命は惜しい。


 そもそも、俺に兄としての威厳があるのかどうかも怪しいところだが。


 しかし、どうしてこのタイミングで友達を呼んだのだろうか? 気になったので訊ねてみると、


「今日は二週間後に控えた定期テストのために、家で勉強をしようと呼んだんです」


 とのことだった。まだ二週間もあるのにマジメな奴だ。まあこれだけマジメだから、一年で生徒会長なんてできるのかもしれないが。


 ちなみに俺はテスト勉強は一週間前にする。成績は丁度平均辺りだ。


「事情は分かった。二人分のお茶とお菓子だな? すぐに持って行く」


「お願いします。あ、先に行っておきますけど、お茶とお菓子を置いたらすぐに出て行ってくださいね? 私はともかく藤花は兄さんの醜い顔面を見慣れてないので、気分を悪くしてしまうかもしれません。そんなことになったら、せっかく来てくれた藤花に失礼ですから」


 お前のその暴言は俺に対して失礼にならないのか? と訊ねたいところだが、どうせボロクソに反論されるだけなのは目に見えているのでやめておく。


 靴を脱いで台所に向かう。


 用意したのは紅茶とちょっと高めのクッキー。ジュースなんかもあるが、今日は少し肌寒いので温かい飲み物の方がいいだろう。


 用意した紅茶とクッキーの乗った皿を盆に乗せて二階にあがる。階段を半ば上り終えたところで、部屋にいると思っていた舞華とばったり会った。


「舞華、何やってるんだ?」


「……ちょっとお花を摘みに行くだけです。言わせないでくださいよ」


「お花……ああ、トイレか」


 お花という言葉から辿り着いた答えを口にすると、舞華は鬼のような形相を浮かべた。


「何ですか? 兄さんにはデリカシーというものがないんですか? もしかして、生まれた時にヘソの緒と一緒に切り落としてしまったりでもしたんですか?」


「ご、ごめんなさい……」


 怒涛の勢いでの罵倒。普段から罵倒され慣れている俺でも、ちょっと泣きそうになるレベルだ。


「はあ……もういいです。兄さんのデリカシーのなさは今に始まったことではありませんからね」


 反論したいが、事実なので何も言えない。


「とりあえず兄さんはその盆を私の部屋に持って行っておいてください。ああそれと分かってるとは思いますが、女性の部屋に入るならちゃんとノックはしてくださいね?」


「……分かった」


「頼みますよ?」


 そう言って舞華は階段を降りていった。


「はあ……」


 帰って早々罵倒されるわコキ使われるわ、今日は散々な一日だ。


 重たい気分のまま部屋の前まで辿り着くと、ドアを開けた。


 ――後に俺は思った。ノックとは、先人たちが発明した偉大なものであるのだと。


「こ、これが舞華のパンツ! スーハースーハー!」


 見慣れない少女が、見慣れた義妹のパンツを鼻に擦り付けて息を荒くしていた。


 制服を着ていることから、遊びに来ている舞華の友達だろう。確か名前は藤花だったか。


「…………」


「は……ッ! い、いつからそこに!?」


 そこでようやく俺の存在に気が付いたらしい。彼女の手から鼻に押し当てていた義妹のパンツが溢れ落ちる。


「「…………」」


 そして互いに気マズい空気になる。


 舞華のクレイジーサイコパスな日記を読んでからというもの、大抵のことでは驚かない自信があった俺も、この状況には押し黙るしかない。


 永遠にも感じられるような重苦しい沈黙。しかし沈黙は次の瞬間破られる。


「初めまして。舞華の友達の糸島いとしま藤花とうかと言います」


 何と舞華の友達は、先程までの変態行為が嘘のように、自己紹介をし出した。


 これには俺も驚いた。彼女はどんなメンタルをしているというのだろう。


 しかし自己紹介などしても、さっきのことがなかったことになるわけではない。


 まさか舞華の友達が変態だとは驚きだ。……いや、類は友を呼ぶとも言うし、そこまでおかしいことでもないか。


 とはいえ、変態は変態。こんな奴を妹の側に置いておくのはマズい。


 ここは兄として義妹を守るために立ち上がらなければならないところだが、


「こちらこそ初めまして。甘木慎悟と言います。ウチの義妹がお世話になってます。あ、これお茶とお菓子です。舞華と二人で食べてください」


 世の中には『やぶ蛇』という言葉があったので、追及するのはやめた。


 そもそも、舞華は度を越したヤンデレ。そのヤバさは俺が一番分かっている。


 たかがパンツの臭いを嗅ぐだけの変態にどうこうされるはずがない。だから舞華なら大丈夫だ……多分。


「そ、それじゃあごゆっくり……」


 少し現実逃避的な思考をしながら、俺は盆を机の上に置いた後、逃げるようにして部屋を去った。


 ……それから舞華の友達が帰るまでの二時間ほど、俺は自室から一歩も出ることはなかった。






『十一月二十二日。

 本日長年の親友である藤花を初めて我が家に招待しました。

 正直に言ってしまうと、私は藤花を家に入れたくありませんでした。

 我が家に足を踏み入れるということは、お兄様に会う可能性がとても高いです。

 私の唯一の親友である藤花ほどの女なら、お兄様の魅力にも一目で気付いてしまうでしょう。

 それが嫌で今までは家に呼ぶことを断っていたのです。

 前々から何度も頼み込んできたので今回は仕方なく招待しましたが、どうして私の家にそこまで拘っていたのでしょうか? 不思議です。

 そういえば、私がお手洗いに行ってる間にお兄様が部屋の来ていたようですが、その後の藤花の様子がおかしかったですね。

 勉強するためにわざわざウチまで来たのに、どこか上の空。集中し切れてない様子でした。

 まさかとは思いますが、私がいない間にお兄様に一目惚れしてしまったのでしょうか? もしそうなら私はとても悲しいです。

 だってそれが事実なら、私は親友をこの手にかけなければならないのですから。

 ですが仕方ありませんよね? 私からお兄様を奪おうとするのが悪いんですから』

 

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