今日も義妹はヤンデレ

 結論から言うと、俺の策は成功した。流血沙汰の事件が起こることもなく、二日間の文化祭は無事終了したのだ。


 ……いや、無事終了したとは言えないかもしれない。俺が吐いた嘘のせいで、一人の少女を傷付けてしまったのだから。


 早朝の一件以降、澪とは一言も言葉を交わしていない。同じクラスなので何度か会話する機会はあったが、こちらから話しかける勇気もなかったし、向こうも俺を避けてるようだった。


 もう前みたいな関係に戻れないのはわかっていたが、それでも辛いものは辛い。


 もちろん俺にはそんなことを考える資格がないのは理解しているが、そう簡単に割り切れることではない。


 そして文化祭を終えて振替休日を経た今日、俺はいつも通りの朝を迎えていた。


 早朝六時に予めセットしておいたアラームの音と共に目を覚まし、朝食と弁当の準備を平行して進める。


 しばらく黙々と準備をしていると、二階から一定の感覚で音を鳴らしながら降りてくる者がいた。


「おはようございます、兄さん。相変わらず見るに耐えない顔をしてますね。今度整形外科でも紹介してあげましょうか?」


 音の主は義妹。


 こいつの罵倒を聞いていつも通りだと感じる辺り、俺はもうダメかもしれない。


 それでも、俺はこの日常を嫌いになることはできない。あんな嘘を吐いてまで守った日常なんだ。嫌いになれるはずがない。


「お前みたいな綺麗な顔じゃなくて悪かったな。もう少ししたら朝食ができるから、座って待ってろ」


「そ、そうですか。では待たせてもらうとしましょう……」


 その後の舞華は特に口を開くことなく、大人しく朝食を取った。






「それでは兄さん、いつものことですが遅刻だけは絶対に――」


「分かってる。遅刻はしない」


 朝食を食べ終え、玄関で靴を履きながら忠告してきた舞華に俺は頷く。


 文化祭が終わっても、生徒会の仕事に休みはない。舞華は今日も生徒会として早めの登校だ。


「本当に頼みますよ?」


「だから分かってるって……」


 しつこく忠告してくる舞華に辟易しながら応じる。


「……では、行ってきます」


 そんな俺の反応に満足がいったのか、舞華はそれ以上は何も言わず家を出た。


「さてと……」


 舞華を見送った後も俺にはまだやることが残っている。本来なら登校前にそれらをすまさなければいけないが、今日はやめておく。


 そんなことよりも大切なことが、今の俺にはあるから。


 玄関から離れて二階にある舞華の部屋へ向かう。


「ふう……」


 舞華の扉の前に立ったところで、一度息を吐く。


 俺がわざわざ部屋の主である舞華のいない間に勝手に部屋に入ろうとしているのには理由がある。


 俺が文化祭初日の朝に行った作戦は成功したが、舞華が今何を考えてるのかまでは分からない。


 澪が無事なのだから問題はないと思うが、舞華の考えを把握しないとどうしても安心できない。


 そして俺が持つ舞華の本音を知る方法となると一つしかない。舞華の日記だ。


 あの日記のみが、舞華の本音を知ることができる唯一の手段だ。


 本当ならもう少し早くに日記の確認をしたかったが、色々なことがありすぎて今日まで日記を読むだけの気力がなかった。


「よし……!」


 意を決してドアノブを捻り、室内に足を踏み入れる。室内は相変わらず女の子らしい雰囲気だった。


 登校まではまだ三十分以上の時間があるが、手早くすませようと思い迷いない足取りでタンスに向かう。


 慣れた手つきでタンスの奥に隠された日記を取り出した。そして流れるような動きでそのまま日記を開いた。


 パラパラとめくり、読んだことのあるページは飛ばしていく。


「これは……」


 しばらくすると、とあるページで手が止まった。文化祭前日のページだ。このページから先は俺も読んだことがない。


 早速内容を目で追っていくが、ページを経るごとにその狂気を孕んだ内容に段々顔が強張っていくのが自覚できる。


 だが同時に、自分のしたことが間違っていなかったのに安堵した。


 もしあのまま舞華の凶行を止めなければどうなっていたことか……考えただけで恐ろしい。


 ありえたかもしれない未来に恐怖しながら次のページに進む。日付は文化祭初日のものだ。


『十月三十日。

 ああ、今日は何と喜ばしい日なのでしょう!

 罪深きメスを処分するだけの不毛な一日だと思っていましたが、とても嬉しいことがありました。

 何と、お兄様が私に愛の告白をしてきたのです! 少し遠回しな言い方ではありましたが、間違いありません。あれは告白です。

 私がお兄様を好きなように、お兄様も私を愛してくれていることは知っていましたが、まさかあんなにも情熱的な告白をしてくれるとは思いませんでした!

 仮に明日死んだとしても悔いはありません! あ、もちろん死ぬつもりはないですけどね?

 それにしても、あの奥手なお兄様があそこまでの行動に出たのは、いったいどういう心境の変化でしょうか?

 疑問は尽きませんが、まあ気にしても仕方ありません。そんなことよりも重要なのは、お兄様が私に愛の告白をしてくださったという事実のみ』


「よしよし……」


 上手いこと舞華を騙せたことに、思わず笑みが漏れる。人を騙したことを喜ぶのはどうかとも思うが、ここは許してほしい。


 そんな誰に向けての言い訳かも分からないことを考えながら、続きを読み進める。


『あんなにも情熱的な告白をしてくれたのですから、私も相応の覚悟を決めなければいけません』


「ん……?」


 気のせいだろうか? いきなり話の雲行きが怪しくなってるように感じる。


 まさかと思いながら続きを確認しようと次のページをめくろうとしたところで、日記から何か落ちてきた。


「何だこれ……?」


 拾いあげてみると、それは四つ折りにされた紙だった。当然ながら内容が気になるので紙を開いてみる。するとそこには、


「嘘……だろ?」


 声を震わせながら、俺は開かれた紙――婚姻届を凝視した。


 結婚届。それは生涯を近い合った男女が結婚の際に使用するもの。舞華もまだ高校生とはいえ十六歳。結婚相手云々は置いておくとして、持っていてもおかしくはない。


 ――ただしそれが、何も記入されていない、ただの結婚届ならばの話だが。


 俺の手元にある結婚届は、名前を始めとした必要事項の全てが埋められていた。もちろん書かれているのは、俺と舞華のもの。


 いったいどういうことだ!?


 仰天しながら視線を日記に戻す。


『あんなにも情熱的な告白をされたのですから、もう結婚するしかありません!

 幸いなことに、私はお兄様と血は繋がっていません。なので結婚しても法律上は何の問題もありません。

 まあ仮に血が繋がっていたとしても、愛の力でどうとでもなりますが。愛の力は偉大なのです。

 ですが一つだけ残念なことがあります。それはお兄様がまだ十八歳未満であることです。

 私たちの愛は、法律という名の忌々しい壁に阻まれてしまったのです。

 最初はいっそのこと海外で結婚しようかとも考えました。確かイギリス辺りなら十六歳でも結婚できたはずですしね。

 しかし結局海外へ行くのは断念しました。

 だって私、結婚するなら衣装はウェディングドレスよりも白無垢の方がいいですから。

 なので結婚はお兄様が十八歳を迎えるまで我慢します。

 お兄様は現在十六歳。今年の誕生日もまだです。

 十八歳になるまでは二年足らずといったところでしょうか?

 言葉にすれば大した長さではないかもしれませんが、私からすると永劫のようにも感じられるほどの長い時間です。

 しかしこれもお兄様と一緒になるためと考えれば、我慢できます。

 お兄様が十八歳になったと同時に役所に提出しに行くつもりです。

 ですがそうなると、お兄様の誕生日と結婚記念日が同じ日になっちゃいますね。ふふふ。

 ああ、とても楽しみです。今から式場を探しておかなければ! これから色々と忙しくなりますが、これも夫婦になるための試練。一緒に頑張りましょう。

 お兄様、愛しています!』


 最後に俺への愛の言葉書き記し、日記は締め括られた。


「…………」


 読みを終えた日記を閉じ、無言で元の場所にしまう。そのまま流れるような足取りでそのまま部屋を出た。


 そして階段を降りてリビングに出たところで、がくりとその場に崩れ落ちながらただ一言、


「どうしてこうなった……」


 誰に聞かれることもない呟きを漏らした。


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