義妹は見た
「好きです! 付き合ってください!」
思わず耳を塞ぎたくなるほどの大声。人気のない校舎裏であるにも関わらず、他の人に聞こえてしまいそうなほどです。
告白と呼ぶには慎ましさか足りないのではないでしょうか?
しかしわざわざ正面から告白してくれたのですから、私――甘木舞華もそれなりの対応をしなくてはいけません。
「ごめんなさい」
だから、きっぱりとお断りさせていただきました。すると、相手の男子の……名前はなんだったでしょうか? 私、お兄様以外の男性には興味がないので忘れてしまいました。まあ男子Aとでも呼ぶとしましょう。
私にきっぱりとお断りされたためか、男子A顔がみるみる青ざめていきます。
「な、何か気に食わないことでもあったのか!? もしそうなら理由を教えてくれ! ちゃんと直すから!」
そしてはっきりと断ったにも関わらず、尚も食い下がってきました。未練がましいですね。
理由は単純に『お兄様ではないから』なのですが、それをわざわざこの方に言う義理はありません。
「あなたがどうというわけではありません。ただ、今のところ私は恋愛をするつもりがないんです」
お兄様を除いては、ですが。
「そ、そんな……」
がっくりと肩を落とした男子A。どうやら諦めてくれたようですね。
最早彼にかける言葉はありません。私はそんな彼を尻目にその場を後にしました。
校舎内に戻ると廊下は普段以上に人の行き来が激しくなっていました。
恐らく明日に控えた文化祭の準備のためでしょう。行き来する人は皆、どこか慌ただし様子です。
ですが同時に、みんなどこか楽しげな表情をしています。彼らを見ていると、私も『生徒会長として頑張らなければ!』という気持ちにさせられてしまいます。
そんな想いを抱えながら私が向かったのは生徒会室。先程の男子に呼び出されて一旦抜け出しましたが、現在私は生徒会役員としての業務の最中です。
生徒会室のドアを開けて中に入ると他の役員たちが業務に勤しんでいるのが目に入りました。
「あ、おかえり舞華」
役員たちの内の一人が私に気付き駆け寄ってきました。
「ただいま、
私に気付いた彼女は生徒会副会長にして私の小学生の頃からの親友、
付き合いだけなら家族を除けば一番長いのは彼女でしょう。
藤花を皮切りに役員たちも私の存在に気付き、作業をしながらもこちらに視線を寄越してくれました。
「仕事中に席を外してしまい、申し訳ありません皆さん」
私はそう謝罪してから自分の席に戻ります。
テーブルの上には、大量に積み重ねられた書類の山。うんざりするほどの量ですが、やらないわけにはいきません。
こういう時にお兄様がいてくだされば、私は無限に働くことができるのですがないものねだりをしても仕方ありません。
お兄様を想いながら仕事をするとしましょう。幸い私のカバンにはお兄様が誕生日にくれたハートのネックレスが付けてあります。これがあるだけで、私は常にお兄様を感じることができます。
そこから一時間ほど、胸中でお兄様のことを考えながら書類の処理をしました。
「今日はここまでにしておきましょう」
キリのいいところまで終わったタイミングで、私は室内にいる他の役員に告げました。
時間的には普段ならまだ活動している時間ですが、明日は文化祭が控えています。
生徒会は文化祭期間中は普段以上に忙しいので、明日に備えて今日は早めに解散です。
私の言葉を聞いた役員たちはどこか浮かれた表情で帰りの準備を始めます。明日以降は大変ですが、それでも早く帰れるのはやはり嬉しいのでしょう。
私も普段なら生徒会が早く終わることはとても嬉しいです。生徒会が早く終わるということは、比例して帰宅時間も早くなるということ。
つまり、家でお兄様と一緒にいられる時間が長くなるのです。
ですが文化祭前日である今日、家に帰ってもお兄様はいません。お兄様は文化祭の出し物の準備のために、本日は学校に泊まるのです。
お兄様のいない家に帰る意味などあるのでしょうか? いいえ、ありません。
そもそも私にとっての家はお兄様がいる場所です。お兄様がいなければどんな豪邸であっても私にとって塵芥程度の価値しかありません。
可能ならばお兄様と同じクラスは無理でも、せめて学校に泊まるぐらいはしたいところですが、残念なことに私のクラスの出し物は数日前に準備を終わらせてしまっています。
そのため学校に残る大義名分がない私は、お兄様のいないあの空っぽな家に帰る他ありません。
お兄様のいない家で一日過ごす。想像しただけで胸が締め付けられるような思いです。きっとお兄様も同じような思いを抱いていることでしょう。
だから我慢します。頑張って空虚で価値のない今日という日を生き抜いてみせます。会えなかった時間が、私たちの愛をより強固にしてくれると信じて。
「舞華、一緒に帰ろう」
「ごめんなさい、藤花。私ちょっと寄らなくちゃいけないところがあるから、先に帰っててくれない?」
「そ、そう……」
藤花の誘いをやんわりと断って生徒会室を出ます。目的地はお兄様がいらっしゃる教室。
今日は家で一緒にいられない分のお兄様ニウムを補給しなくてはいけません。
それに、きっとお兄様も今日は私と寝食を共にできず義妹ニウムを欲してしいるはずです。互いに補給をしなければいけません!
お兄様のことを考えるだけで自然と教室へ向かう足が早くなります。愛の力ですね!
「親友ならいないよ?」
「……そうですか」
心踊らせながらお兄様のクラスへ向かった私に、新島さんが残酷な現実を告げてきました。
新島翔さん。私が名前を覚えている数少ない男性です。
お兄様以外の男など、あんパンの上にまぶしてあるゴマ程度の価値しか感じない私ですが、彼だけは特別です。
彼はお兄様の唯一の親友。あまり社交的な性格ではないお兄様にとって、彼の存在は大きなものでしょう。
私としても、お兄様を親友に選んだその慧眼を褒め称えるのは吝かではありません。しかも男性なのでお兄様を奪われることもありません。
これほどお兄様の身近にいて安心できる存在はなかなか見つからないでしょう。今後もお兄様と仲良くしていただけると幸いです。
閑話休題。
「今はどちらに?」
「あいつは澪ちゃんと一緒に買い出しに行ったから……多分駅じゃないかな?」
澪という名前には聞き覚えがあります。以前文化祭の出し物の申請をする際、お兄様と一緒にいた女ですね。
そんなところまであの卑しい女と二人きりで……これは由々しき事態です。十中八九、あの女はお兄様に邪な想いを抱いています。
もしかしたらこれを機にお兄様に手を出すことも……。
もちろんお兄様があのような女の誘惑に屈することはないと信じていますが、向こうは手段を選ばない可能性があります。
「何時頃に戻るか分かりますか?」
「買い出しだから一時間もすれば戻ってくるんじゃないかな?」
あのような汚らわしい女がお兄様の近くを一時間も……今すぐにでもお兄様を取り返しに行きたいところですが、本当に駅に向かったかどうかは不明です。もし違った場合を考えると迂闊に動けません。
「そうですか。ありがとうございます」
軽い会釈をしてその場を離れます。次の目的地は校門です。校門でお兄様をお出迎えするのです。
きっとお兄様はあの女と長い時間一緒にいたことで疲れているはず。そこを私が出迎えて癒してあげるのです。
愛しい義妹のお出迎え。お兄様は感涙にむせび泣くこと間違いなしです。
更にはその一部始終をあの女に見せつけることで私とお兄様の確固たる絆を見せつけ、身の程を思い知らせることもできます。
ふふふ。あの女の悔しがる姿が目に浮かびます。
そこから一時間ほど、お兄様のことを想いながら校門のところでお兄様の帰りを待ち続けました。ですが、
「……遅い」
待てど暮らせどお兄様は帰ってきません。まさかあの女とどこか寄り道でも……これ以上考えるのはやめましょう。嫉妬で気が狂ってしまいそうです。
大丈夫。お兄様はちゃんと清い身体で帰ってきてくれます。私はただお兄様の帰りを信じて待てばいいだけです。
更に待つこと十数分。
「この匂いは……!」
私の鼻腔が愛しいお兄様の香りを嗅ぎ付けました。どうやら戻ってきたようですね。
一日千秋の想いで待った甲斐があったというものです。なぜ校門の前で立ち止まっているのかは分かりませんが、もう我慢できません!
お兄様に会いたいという衝動に従い、早速お兄様の元へ駆けようとしましたが――視界にあるものを捉えたため、途中で足が止まってしまいました。
――お兄様が、あの忌々しい女とまるで恋人のように手を繋いでいたのです。
最初は幻覚ではないかと思いました。ですが何度確認しても結果は変わりません。
私だって最後に手を握ってもらったのは九年三ヶ月と九日前だというのに、何て羨ま――許しがたいことでしょう!
今すぐあの女の四肢を引きちぎってやりたい。そんな猟奇的な欲求が私の脳裏を駆け巡りましたが、何とか耐えます。
今やろうとすれば、お兄様にまで被害が及ぶ可能性があります。お兄様を傷付けることは私も本意ではありません。
その後も私は校門の影に隠れ、二人が何事か話している様子を見ていました。しばらくすると、あの女はお兄様の手を引いて移動し始めました。
いったいどこへ……まさか人目に付かないところで何か良からぬことでもするつもりなのでしょうか? もしそうなら止めなくては!
私は気付かれないように注意しつつ、二人の跡をこっそり追います。
二人が向かったのは私の予想通り、人の目のない校舎裏でした。何かあってもすぐに対処できるよう、先程より近い距離にある木を背にして隠れます。
完全に木に身体を隠すことは無理ですが、夜の闇もあるので簡単には見つからないでしょう。
しかしなぜでしょう。しばらく会話を聞いてる内に何か違和感を感じました。
別に根拠があるわけではありません。強いて言うのなら、女の勘というものでしょうか。とにかく、このまま二人に会話を続けさせたら良くないことが起こる予感がします。
急いで止めなければ! そう考えて木から身を乗り出そうとしたところで、
「私――鎌田澪は甘木慎吾のことが一人の男の子として好きです」
「――――」
時が止まるかのような感覚が私を襲いました。
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