告白
「ここまで来れば大丈夫か……?」
一旦立ち止まり背後の駅を振り返る。
すっかり暗くなった空の下、街灯の光に照らされた駅の周辺には、先程鎌田に絡んでいたガラの悪い男たちは影も形もない。
「はあ……」
ようやく緊張が解け、盛大な溜息を吐き出す。どうやら、男たちは追ってきていないようだ。
男たちに絡まれてる鎌田を見てとっさに助けに入ったが、意外と何とかなるものだな。
まあ俺がしたことと言えば、鎌田を自分の彼女と偽っただけ。話の流れからとっさに出た嘘だったが、上手くいって良かった。
「鎌田、大丈夫か?」
見たところ特に問題はなさそうだが、念のため確認してみる。
「…………」
しかし返事はない。鎌田は俯いたまま顔をあげることはない。
「鎌田?」
「…………」
されど鎌田はうんともすんとも言わない。
「鎌田さーん?」
「…………」
へんじがない。ただの しかばね のようだ。
「いやいやいやいや」
自分のアホな考えを振り払うように、全力で頭を左右に振る。
「おい、本当にどうしたんだ鎌田?」
気を取り直して鎌田の肩を数回揺する。すると鎌田はようやく顔をあげた。
――どこか不満げな様子で。
「な、何だよ……?」
なぜか不服そうな面持ちの鎌田に、思わずたじろいでしまう。俺、何かこいつを怒らせるようなことしたのか?
「か、鎌田……俺、何かお前を怒らせるようなことしたか?」
俺なんかが考えても答えが出るはずがないので、直接本人に訊くことにした。しかし、
「ふん……」
そっぽを向いてしまった。いったい何が不満なんだ?
最早意味不明だ。もうこのまま置いて行ってやろうか? という考えが一瞬脳裏をよぎったが、先程の件もあったせいでそれは躊躇われる。
「――んでよ」
どうしたものかも困り果てていると、ポツリと鎌田が何事か呟いた。しかし小さすぎて聞こえない。
「悪い鎌田。聞こえなかったからもう一度言ってくれ」
両手を合わせて頼んでみたが、なぜか鎌田は表情を曇らせた。意味が分からん。
昔親父が女心は男には解けない永久の謎と言っていたが、まさか今この瞬間実感させられることになるとは……。
かつての親父の言葉の意味を噛みしめていると、何を思ったのか鎌田が再び口を開く。
「……さっきみたいに呼んでよ」
「さっきみたいに?」
さっきみたいにというと……まさか名前で呼んでほしいということなのだろうか。
しかしあれは男たちに彼氏と偽った際に、信憑性を持たせるためにしたこと。なぜ鎌田が今それを要求するのか、意味が分からない。
「呼んでくれないと、もう返事しない」
「えー……」
何か段々面倒臭いことになってきたぞ。最早こいつの言動は理解不能だ。下手に理解しようとするよりも、素直に従った方が早い。
家族を除くと名前で呼んだことがあるのは翔くらいだ。女子を下の名前で呼ぶのは、お年頃の男子としては少し恥ずかしいが仕方ない。
「……さっさと帰るぞ、澪」
「…………! うん!」
鎌田威勢のいい返事と共に、満面の笑顔を作った。――思わずドキッとしてしまうほどの。
「やっと着いたか……」
真っ暗になった空の下、窓から漏れた蛍光灯の光が学校に、俺は思わず疲労の籠った言葉を吐き出した。
ただ一、二時間程度の買い出しに行っただけなのに、色々あったせいでかなり疲れた。
時間が気になるのでスマホを取り出したいが、残念ながらそれは叶わない。
理由は単純で両手が塞がっているから。右手にはレジ袋。そして左手は、か――澪と繋がったままだった。
別に俺は進んで澪と手を繋いでるわけではない。何度か離すようにお願いはしたが却下されたのだ。俺なんかと長時間手を繋いで何が楽しいんだ?
「澪……そろそろ手を離すぞ」
流石に学校の連中に見られるのは恥ずかしい。あと片手で荷物を持つのはキツい。右手が生まれたての小鹿のように震えてる。
「嫌だ」
しかし俺の願いは聞き届けられなかった。
「おい離せ」
再度離すように言うが、澪は全く動いてくれない。
それどころか、逆に握る手の力を強くしてきた。おかげで力づくで離そうと試みても、抵抗されてしまった。
「お前、何がしたいんだよ……」
澪の行動の意味が理解できず途方に暮れていると、
「そんなに手を離してほしい?」
澪がそんなことを言い出した。
「当たり前だ」
俺は首を力強く縦に振る。
こんなんじゃ、恥ずかしくて校内にも入れない。
「なら、一つだけでいいから私の言うことを聞いて」
何でそんなことをわざわざしなくちゃいけないんだと文句を言いたいところだが、実際に言うと話が面倒な方向に拗れそうになるのでやめておく。
「……何をすればいいんだよ?」
澪の人となりはよく知っているので、そこまで変なことを要求されるとは思わないが、念のため確認しておく。
「黙って私に付いてきて」
「……そんなんでいいのか?」
「うん……ダメ?」
「いやダメってことはないけど……」
ダメとは言わないが、わざわざお願いするほどのこととも思えない。第一、その程度のことなら、こういう手段を取らなくても聞いてやるのに。
まさか、俺はこの程度のことも聞いてやらないケチな奴だと思われているのだろうか? もしそうなら地味にショックだ。
「なら付いてきてくれる?」
「別にいいけど……」
了承すると、澪が俺の手を引いて校内に足を踏み入れた。
迷いない足取りで進む澪。まさかこのまま校舎まで行くのかと思ったが、そんな俺の不安はすぐに取り除かれた。
澪が向かったのは校舎内ではなく、人気のない校舎の裏側。街灯の光が届くことはなく、窓から漏れる蛍光灯の光だけが唯一この場を照らしてくれる。
澪はどういうつもりで俺をこんなところに連れてきたんだ?
周囲を見回しながらそんなことを考えていると、不意に左手に込められていた力が消えた。澪が俺から距離を取ったのだ。
これでやっと解放されたわけだが、
「ねえ、慎吾っちって私のことどう思ってる?」
「どうって……普通にいい奴だと思ってるぞ」
質問の意図が全く読めないが、正直に思ってることを口にした。
翔以外だと学校でまともに話すのはこいつくらいだ。時折うっとおしいこともあるが、いい友達だと思っている。
「それって好きってこと?」
「……まあ好きか嫌いかで言えば」
「そっか……」
「澪?」
何だか今日のこいつは様子がおかしい。どこがと訊かれると答えに窮するが、何となく違和感がある。
「ねえ慎吾っち、今から大事な話をするから……聞いてくれる?」
今まで見たこともないほど真剣な表情の澪。なぜだろう。特に根拠があるわけではないが、このまま話を続けると何か取り返しのつかないような事態になる気がする。
だが俺は澪の真剣さに気圧されてしまい、無言で頷くことしかできなかった。
俺の脳内に警鐘が鳴り響く中、澪は話を続ける。
「ねえ。一年前、初めて話した時のこと、覚えてる?」
「ああ……」
忘れるわけがない。一年前のあれがきっかけで、こいつとは今のような親しい関係になったのだから。
「あの時からずっと言いたかったことがあるんだ。それはね……」
そこで一旦俯いた後、少し頬を朱色に染めながら顔をあげ、
「私――鎌田澪は甘木慎吾のことが一人の男の子として好きです」
――何一つ飾ることない真摯な言葉。そしていつもとは違う丁寧な言葉遣い。それがかえって、彼女の本気を嫌でも俺に思い知らせた。
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