高鳴り
いきなり抱き付かれて目を白黒させた俺だが、その後は何事もなくプリクラを終えることができた。
ちなみに抱き付いてきた理由を訊ねてみたが、
「お、乙女の秘密!」
などと抜かして、まともに答えてくれなかった。とても気になるところだが、本人に答える気がないのなら仕方ない。
俺は多少の違和感を残しながらも追及は諦めた。
「えへへ……」
そして現在、印刷されたプリクラを手に、鎌田はニマニマとダラしなのない笑みを携えていた。
何がそんなに嬉しいのかは分からないが、そういう反応をしてくれると一緒に撮った身としても悪い気はしない。
「おい鎌田。さっさと帰るぞ」
未だにプリクラに視線を奪われている鎌田に声をかける。約束通り最後にプリクラに付き合ったのだ。これ以上ここにいる理由はない。
「あ、ちょっと待って慎吾っち」
入り口に向けて歩き出そうとしたところで、鎌田から待ったがかかる。
「帰る前にお手洗いに行ってもいい?」
「お手洗い? なら俺は先に出てるから、終わったら入り口に来いよ」
「はーい」
軽い調子で返事をしてた鎌田。そんな彼女を背に再び入り口に向かおうとしたが、なぜか肩を掴まれた。
「何だよ? まだ何かあるのか?」
そう言って振り返ると、なぜか鎌田が先程買った備品や食材の入った二つの袋をこちらに突き付けてきた。
「……何だこれは?」
「流石に食品を持ったままトイレに行くのはマズいから、持っておいてくれない?」
「…………」
今持ってる分だけでもかなりキツいのに更に追加で持たせるとは、こいつは鬼か?
こんな量持てば俺の腕がもげてしまう。本来ならお断りしたいところだ。
しかし俺と鎌田が持ってる食材は、後でクラスのみんなで調理するもの。当然俺の口にも入る。
流石にトイレに持って行った食材を食べるのは躊躇われる。
「はあ……」
なので、渋々とではあるが鎌田から袋を受け取るのだった。
――それから十分後。
「……遅い」
ゲームセンターの入り口前にて、鎌田を待っていたが一向に来る気配がない。
女は化粧直しなどの理由でトイレが長いと聞いたことがあるが、鎌田は化粧などしていなかったのでそれはないだろう。
……もしかして、何かトラブルにでも遭遇したのだろうか?
そこまで考えてこれ以上待つのは時間の無駄だと悟ったので、ゲームセンター内に再び足を踏み入れる。
鎌田はトイレに行くと言ってたので、忙しなく周囲をキョロキョロと見て回りながらゲームセンター内のトイレを目指す。
道中には鎌田らしき人影はなく、目的地のトイレが視界に入り始めた頃。
「ん……?」
女子トイレの前にたむろする男たちと、それを見物していると思しき人だかりを見つけた。
少し気になったのでそちらをよく見てみると、
「……鎌田?」
トイレに行くと言って別れたクラスメイトを見つけた。
「なあなあ、俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」
軽薄な笑みを携えながら、ガラの悪い男たちの内の一人がそんなことを言った。
「結構です」
対して私――鎌田澪はきっぱりと拒否した。しかし男は顔色を変えることなく続ける。
「そんなこと言わないでさ? 絶対楽しいから遊ぼうよ」
断ったのにしつこい。今の私はきっと露骨顔をしかめているだろうに、どうしてこんなことが言えるんだろう。彼らの目は節穴なのだろうか?
「知り合いを待たせるから結構です」
「それって彼氏?」
「違います」
「じゃあいいじゃん。あ、もしかして知り合いって女の子かな? もしそうなら、その子も一緒でいいからさ」
ヘラヘラとしながら言葉を並べる男。このくだりは何度目だろう。
トイレを出たところでいきなり話しかけられたが、もう十分近く同じようなことを繰り返している。
この男は私の話を本当に聞いてるのか疑わしくなる。
今頃慎吾っちを待たせてしまっているだろう。目の前の男のことよりも、そちらの方が気になって仕方ない。
約束通り入り口前に来ていない心配しているかもしれない。もしそうならこんな時に不謹慎だが、嬉しいなんて思ってしまう。
「あのさ……こんなに誘ってるんだから、少しくらいは遊んでくれてもいいんじゃないかな?」
頬が緩みそうになるのを抑えようとしていると、男の声に少しずつではあるが苛立ちが混じり始めている。
そっちから随分と勝手だと思うが、そんなことを言っても彼らは納得しないのだろう。
最早相手をする意味はない。そう思った私はこの場を立ち去ろうとするが、
「おいおいどこ行くんだよ? 俺の話まだ終わってないよ?」
強引に腕を掴まれた。周囲の男たちも、私を逃がすまいと私を中心に円を作っている。
ここまで来ると流石に怒りを抑えることも難しくなってくる。なので、
「やめてください!」
思わず声を荒らげながら、掴まれた腕を力任せに振り払ってしまった。
「……この野郎」
男の口から怒りを滲ませた声が漏れた。
マズい。対応の仕方を間違えてしまったかもしれない。
「ちょっとこっち来い」
先程以上に強い力が私の手首の辺りに加えられた。
「痛い! は、離して!」
何とか振りほどこうともがくが、私の力では目の前の男に敵わない。助けを求めるように周囲に視線を送る。
流石にここまで騒げば目立ってしまい、周囲にはにわかに人だかりができていた。
しかしその中の誰一人として私を助けようとはしてくれない。私と目が合いそうになると、露骨に視線を逸らすだけだ。
余計なことをして巻き込まれたくないのだろう。気持ちは分かる。私も逆の立場なら同じことをしてたはずだ。
けどどうしよう。それではこの状況を打破する方法がない。
「さっさと来い!」
男が私の手に更に力を込めたため、私は踏ん張ることができなくなる。
誰か助けて! 胸中でそう叫ぶと、それに答えるように男と私の間に見知った人が現れた。
「何だお前……?」
男が訝しげな視線を彼――慎吾っちに向けた。
「し、慎吾っち、どうしてここに?」
「お前が来るのが遅いから心配になってな。……ったく、何やってるんだよ」
呆れ混じりに慎吾っちがそんなことを言う。
こっちにも事情があったのだから、そんなことを言わないでほしい。でも、助けに来てくれたのは嬉しく感じてしまう。
「何だよ、お前そいつの知り合いか?」
男が威圧的な態度で口を開いた。
慎吾っちが来てくれたことは嬉しいけど、それだけで現状は何も変わらない。
いったいどうするつもりなのだろう? 私は慎吾っちの背中に視線を注いでいると、
「――悪いけど、こいつは俺の彼女だから。なあ、澪?」
「――――」
同意を求めるように、私にそんなことを訊ねてきた。
そして慎吾っちは答えを待とうとはせず、私の手を引いて急ぎ足でその場を離れる。
男の手はいつの間にか力が抜けていたので、あっさりと解放された。
そのまま決して振り返ることはせず、私たちは手を取り合ったままゲームセンターを出た。
慎吾っちが何度もゲームセンターの方向を振り返りながら駅内を早足で移動する中、私の心は別なことに囚われていた。
未だに握っている慎吾っちの手の感触。以前は嬉しいやら恥ずかしいやら、色々な感情がごちゃ混ぜになって、赤面しているのが自覚できるほど顔が熱くしてしまった。
けど今顔が熱いのは別の理由。あの時以上のものが、私の顔赤く染めている。
今私の顔に熱を灯すもの。それは、
『悪いけど、こいつは俺の彼女だから』
――ドキドキと高鳴る胸の鼓動。それが今の私を支配する熱の正体だった。
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