ゲームセンターにて

「ほらほら慎吾っち! 早くこっち来てよ!」


「おい待てよ鎌田!」


 ゲームセンター内を元気良く駆ける鎌田を呼び止めようとするが、全く聞き入れてくれる様子がない。


 ……あいつも荷物は同じくらいの重さのはずなのに、どうしてあんなに動けるんだ?


 俺も走って追いかけたいところだが、鎌田と違って非力なので、荷物のせいで上手く動けない。


「ったく……」


 そんな彼女の様に思わず溜息が漏れてしまう。あいつはたかがゲームセンターでどうしてここまでハシャげるんだ?


 前回もこことは違う場所ではあるが、鎌田とゲームセンターに行ったことがある。確かその時も異様にハシャいでたな。


 ほんの一、二ヶ月前のことを思い返していると、


「慎吾っち! これやろう、これ!」


 先を歩いていた鎌田が有名な太鼓ゲームの前で立ち止まっていた。


「俺そのゲームあまり上手くないぞ?」


「いいよ別に。私がやりたいだけなんだから」


 そう言って鎌田は両手のレジ袋を足元に置いてお金をゲーム機に入れた。


「はあ……」


 ここで断ってごねられても面倒だ。渋々とではあるが、俺も鎌田に追従する形でゲーム機の前に立つ。


「えへへ……」


 俺が隣に立つと鎌田が何ともだらしない笑みを浮かべていた。


 そんなにゲームセンターで遊ぶのが嬉しいのか?


「それじゃあ始めるよ!」


 そうこうしてる内にゲームが始まった。


 ちなみに結果は俺のボロ負け。スコアの差が圧倒的だった。






「おい鎌田。そろそろ帰るぞ」


「えー……まだ三十分くらいしか経ってないよ? 遊び足りないよ」


 鎌田はふくれっ面になる。


 確かにゲームセンターで三十分というのは物足りないかもしれない。


 しかし俺たちはあくまで買い出しのためにここまで来たのだ。これ以上は、学校で今も作業をしているクラスメイトたちに悪い。


「俺たちがここまで来たのは買い出しのためだろ? ゲームセンターぐらいまた付き合ってやるから、さっさと帰るぞ」


「本当!?」


 なぜかグイっと詰め寄る鎌田。近い近い。


 だが鎌田はそんな俺の心情を知るはずもなく、口を開く。


「本当にまた付き合ってくれるの!?」


「あ、ああ、本当だ……」


「本当の本当に!?」


 何度も確認してくる鎌田。そんなに俺のことが信用できないのだろうか?


「本当の本当だよ。約束してやる。だから今日はもう帰るぞ」


「うん、分かったよ! じゃあ最後に一つだけ、一つだけ遊ばせて? そしたらすぐに帰るから」


「……これで最後だぞ?」


「うん!」


 パッと表情を輝かせた後、鎌田はキョロキョロと周囲を見渡す。恐らく、最後に遊ぶゲームを探しているのだろう。


 しばらくは視線をあちこちにさ迷わせていた鎌田だが、とあるゲームを視界に捉えるとそちらに駆け出した。俺もあとを付いて行く。


 鎌田が向かったゲームはピンクを基調とし、女性の姿がプリントされたカーテンのようなもので中と外を仕切られた筐体――プリクラだ。


「ほらほら、慎吾っちも早く来てよ。一緒に撮ろう?」


「……俺も?」


 何かの冗談だと思いたいところだが、鎌田が手招きしてるので本気だろう。


 プリクラは本来女同士、もしくは恋人で利用するもの。彼女でもない相手と撮るのは男子高校生にはハードルが高いので、お断りしたいところだが、


「鎌田、撮るならお前一人で撮れ」


「えー……せっかく二人で来たんだし、記念に撮ろうよ。一回だけ、一回だけでいいから……ね?」


 こんな感じで鎌田は両手を合わせて懇願してくる。


 たかがプリクラごときでどうしてそこまでするんだ? 俺なんかとプリクラなんか撮っても楽しくも何ともないだろうに。


「俺なんかとでいいのかよ?」


「……慎吾っちがいいんだよ」


 鎌田が何事か呟いたが、小さくて聞き取れなかった。


「ん? 悪い、聞こえなかったからもう一回言ってくれ」


「な、何でもないよ! そんなことよりどうするの? 一緒に撮ってくれるの?」


 なぜか少々顔を赤らめながら、鎌田が多少大きめの声で訊ねた。


「……分かったよ。ここまで来たら最後まで付き合ってやるよ」


 俺もここまで頼まれて断るほど鬼ではない。一回くらいならいいだろう。


「ありがとう慎吾っち!」


 謝意を口にした鎌田は、早速仕切りのカーテンを潜り抜けて中に入る。俺もそのあとに続いた。


 中に入るとまずは荷物を端に置いて金を入れる。すると画面が変わり、色々と見慣れない項目が現れた。どうやら、撮るに際して設定を決めるらしい。


 俺はプリクラのやり方なんて知らないので、その辺りは鎌田に全部お任せしようと思ったが、


「ねえねえ慎吾っち。どんなフレームがいい?」


「お前の好きにしろ。俺はこういうのは初めてだからよく分からん」


「そんなこと言わないでさ。今のプリクラはフレームも色々あって面白いんだよ? ほらほら、これなんてオススメだけどどうかな?」


 隣の鎌田が執拗に選ばせようとしてくる。恐らく俺が選ぶまでやめるつもりはないのだろう。


「じゃあこれで……」


 なので画面も見ずに適当に選ぶことにした。すると、


「し、しし、慎吾っち……!?」


 いきなり鎌田がすっとんきょうな声をあげた。


 いったいどうしたのかと思い隣の鎌田の様子を窺うと、口を開閉させながら、これまで見たことがないほど赤面していた。


「……大丈夫か鎌田?」


「だ、大丈夫じゃないよ! 慎吾っち正気なの!? 本当にをフレームに私とプリクラ撮りたいの!?」


 鎌田が画面を指差したので、そちらに視線を寄越す。


 画面の中には周囲をピンク色、中央をハート型に切り取られたものが映っていた。ハート型の部分には画面を見つめる俺が見える。


 もしかしなくても、これはカップルで撮るものなのだろう。


 これなら鎌田が動揺したのも納得だ。彼氏でもない男子が、カップル専用としか思えないようなプリクラのフレームを選択したのだ。当然の反応と言えるだろう。


「あー……悪い鎌田。適当に選んだら変なのになっちまったな……流石にこれで俺と一緒にプリクラは嫌だろ? 少し勿体ないけど――」


「こ、これでいいよ……」


「……何だって?」


 予想とは違った返答に、思わず聞き返してしまう。


「だ、だからこれでいいよって言ったの! た、ただのプリクラなんだから、別に何の問題もないもん!」


 捲し立てるように言葉を吐く鎌田に、俺は多少気圧されてしまう。先程まではあんな反応をしてたのに、いったいどういう心境の変化だろう?


 だが鎌田がいいというのなら、多少気恥ずかしくはあるがこちらとしても反対する理由はない。


 鎌田と並んでフレーム内に収まるように中央に寄る。しかしそこで一つ問題が発生した。


「収まり切らないな」


 フレームのハート内に収まり切らず、俺と鎌田の肩がそれぞれ見切れてしまっていたのだ。


「し、慎吾っち、もう少しこっちに寄ってくれないと……」


「いや、これ以上近寄るとだな……」


 確かにもう少し中央に寄れば俺もフレームに収まり切るだろうが、それをしようとすると鎌田とかなり接触してしまう。


 一応俺も思春期。多感なお年頃というものなので、女子との接触は色々な意味でマズい。


 第一、鎌田も彼氏でもない男にこれ以上近づきたくはないだろう。


 何か解決策はないかと考えていると、


「えい……!」


 何を思ったのか、鎌田が腰の辺りに手を回していきなり抱きついてきた。


 抱きつかれたと同時に押し付けられた胸の感触が、制服越しに届く。妙に柔らかいその感覚に嫌でも鼓動が高まるのが分かる。


「こ、これでちゃんと撮れるよね!?」


 狼狽する俺に、鎌田は恥ずかしそうにしながらもしたり顔を作るのだった。

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