買い出し

「どうしてこうなった……」


 以前翔に付き合わされて来た駅の中にあるスーパーで、俺は自身の現状を嘆いた。


「どうしてって、備品と今日の夕食を買うためでしょ?」


 答えたのは同行者である鎌田。


 今鎌田が言ったように、俺たち二人は現在買い出しのためにこの場にいる。


 一時間ほど前、備品の在庫がないことが発覚したためその追加の買い出しだ。


 ついでなので今夜のクラスメイト全員分の夕食も買いに行かされることになった。


 ちなみに今夜はカレー。大人数でも作るのがそう難しくない上に腹もかなり膨れるので、今回のような状況にはピッタリだ。


 メンツが俺たち二人だけなのは、単純に作業の人手をあまり減らせないことと、俺と鎌田がクラス委員であることが理由だ。


「それにしても、人が多いね」


「そうだな」


 カゴを乗せたカートを押しながら、鎌田の言葉に同意する。


 鎌田の言う通り、スーパーはかなりの人で溢れかえっていた。おかげで進むのも一苦労だ。


 ポケットから取り出したスマホで確認してみると、時刻は午後の五時。スーパーが最も混んでる時間帯だ。


「これはちょっと時間がかかりそうだね」


「さっさと終わらせるぞ」


「うん、了解」


 そして俺たちは目的の買い出しを開始した。






「ふう、たくさん買っちゃったね」


 そう呟いたのは、両手に大きなレジ袋を手にしている鎌田。


「そうだな。さっさと帰ろう……重い」


 同じく大きなレジ袋を二つ手にした俺は、両手の重たい荷物にうんざりしながら促した。


 大量の人混みと長いレジを終えた俺たちは現在、スーパーを出て駅中を歩いていた。


「もう、情けないよ慎吾っち。男の子でしょ?」


「知るか。重いものは重いんだ」


 買ったのは不足している備品とカレーの材料。


 備品はともかくカレー材料はかなり重い。まあクラスメイト全員分なのだから当然だが。


 唯一幸いなのは、米は学校側が準備してくれたことだろうか。


 ここにクラスメイト全員分の米まで追加してたら、俺は持ちあげることすらできなかっただろう。


「えー……せっかく外に出たんだから、ちょっとくらい寄り道しない?」


「はあ?」


 こいつはいきなり何を言ってるんだ?


「だってこのまま帰るのは何か勿体なくない? その辺の喫茶店とかで少しお茶するだけでもいいからさ」


「まだ他の奴らが作業してるのにそんなことできるかよ」


 本音を言えば俺もこのまま鎌田の言う通りどこかでくつろぎたいところだが、こうしてる今もクラスメイトたちは明日に差し迫った文化祭に向けて準備を進めている。


 そんな彼らを差し置いて自分だけ楽をするのは、流石に罪悪感があるというものだ。


「そんなこと言わないでさ。ちょっとだけ、ちょっとだけだから……ね?」


「ちょっとだけって……第一こんなに重い荷物持って動き回れるわけないだろ」


「でもせっかく二人きりなんだし……」


「二人きりだからどうした。とにかく、できるだけ早く帰るぞ。俺は腕が痛いんだ」


 鎌田は尚も食い下がるが、俺の腕はすでにギリギリだ。こんなものを持ったまま長時間ウロウロするなんて、こいつは俺に死ねとでも言いたいのか?


「もう、慎吾っちも一応男の子でしょ? この程度で弱音なんて情けないよ?」


「いやいや、こんな重いもの男でもキツいぞ。むしろ何でお前はそんなに平気なんだ? 重くないのか?」


「重いとは思うけど、慎吾っちが言うほどではないと思うよ?」


 鎌田はその場に立ち止まり、両手の荷物を上下に動かす。その動きは荷物の重さを感じさせない軽やかなものだ。


「化け物かよ……」


「……慎吾っち、女の子にその言い草はないんじゃないかな?」


「わ、悪い」


 ジト目を向けられたので、先程の失言を謝罪する。流石にデリカシーがなさすぎたか。


「もう! 慎吾っちには罰として私に付き合ってもらうからね! ちなみに拒否権はないから!」


「えー……」


「いいから行くよ! ほら!」


 露骨に顔をしかめた俺の手を強引に引いて、鎌田は再び歩き出した。






「……どこに入ろうかな」


 人の出入りが少なくなってきた駅中を散策しながら、鎌田はボソリと呟いた。


 寄り道をしたいと言った鎌田だが、未だにどこの店にも入ってない。もう二十分近く歩きっぱなしだ。


 ちなみに俺は最早両腕の感覚がない。いい加減どこかの店に入って休みたいところだ。


「なあ鎌田。いつまで歩き続けるんだよ? その辺の喫茶店でいいから早く入らないか?」


 うんざり気味な声音でそう提案するが、


「喫茶店はなしかなあ。よく考えたら、この後みんなで夕食だからやめておくよ」


「なら帰るか?」


「ううん。せっかくここまで来たんだから、何か楽しいことをしてから帰りたいかなあ」


「楽しいことって……例えば?」


「例えばって言われるとちょっと思いつかな――あ!」


 鎌田が唐突に大声をあげて立ち止まった。


 鎌田の突然の奇行に、俺のみならず周囲の通行人も奇異の視線を向ける。


 しかし当の本人は気にした様子もなく、ある一点を指差す。


「慎吾っち、あそこにしよう!」


 鎌田が指差した方向を見る。するとそこには、


「……ゲームセンター?」

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