文化祭前日
時は流れ文化祭前日の金曜日。
今日は文化祭前日ということもあって、廊下をたくさんの生徒が行き来しており学校内は慌ただしい様子だ。
そしてウチのクラスも例に漏れず、前日だというのに俺を含めてクラスメイトが忙しなく働いていた。
「おーい! 誰かガムテープ貸してくれ!」
「こっちはカッター頼む!」
「はいはーい! 今持ってくよ!」
「こっちもお願い!」
皆、各々の作業に取り組んでいる。かくいう俺も、現在は二年A組の教室でお化け屋敷に使うダンボールを指定されたサイズに切っているところだ。
ちなみにお化け屋敷で使う場所も二年A組の教室だ。本来ならばもう少し広い場所がほしいところだが、いかんせん申請用紙を出すのが遅すぎた。
教室よりも広い場所は当の昔に他のクラスに取られてしまっていた。おかげでお化け屋敷と言っても大した広さの教室を使う羽目になっている。
しかしその分短い作業期間でもそれなりのものが作れたは、結果オーライと言えるだろう。
遊園地なんかで見かけるようなものに比べれば大したことはないが、まあ文化祭の出し物としては上等な部類だろう。
ギリギリではあるが、ウチのクラスは泊まり込みの申請はすでにしているので、徹夜で作業すれば明日までには終わるはずだ。
そんなことを考えていると、クラスメイトの女子がこちらに駆け寄ってきた。
「ねえ甘木君。澪知らない? さっきからみんなに訊いて回ってるんだけど見つからないの」
「鎌田が?」
作業を中断して軽く教室内を見回す。確かに鎌田の姿は見当たらない。いったいどこに消えたんだ?
「困ったなあ。クラス委員の澪に訊きたいことがあったのに……」
「クラス委員? なら俺が話を聞こうか?」
「え、どうして甘木君が聞いてくれるの?」
「俺もクラス委員だし」
「……あ」
何とも間の抜けた声をあげる女子。
こいつ、俺がクラス委員であることを完璧に忘れてたな。
いやまあ、クラス委員の仕事のほとんどを鎌田に任せて軽い手伝い程度しかしてなかった俺が悪いんだけどさ。
それでもせめて誰がクラス委員なのかぐらいは覚えていてほしかった……。
「……それで用件は?」
落ち込んでいても仕方ないので、やってしまった! という表情の彼女に話を先に進めるよう促す。
「あ、うん。実はガムテープとかみたいな細々とした備品が足りなくなってきてるから、新しい分がほしいと思って。クラス委員の澪が管理してるって聞いたんだけど……」
「ああ、備品か……」
確かに管理は鎌田に任せていた。というか、任せっきりにしてたな……。
「悪い。管理は全部鎌田に任せてたから俺も分からない」
「そっかあ……じゃあ仕方ないね」
それだけ言い残して、女子はその場を後にした。
「さてと」
鎌田の所在が少し気になるが、現状見つからない以上仕方ない。作業に戻るとするか。
そう考えて再び作業を始めようとしたその時、
「調子はどうだ親友?」
翔が背後から声をかけてきた。
「ボチボチだな。お前は?」
「こっちも似たような感じだ。ずっと同じ作業ばかりで少し飽きてきたけどな」
翔は肩を竦めながら、疲労を滲ませたような溜息を吐いた。
ウチのクラスはいくつかに分けた班ごとに作業を分担している。俺と翔は同じ指示された通りに色々なものを切ったり貼ったりする班だ。
この班は一度決まったら変更はない。つまりずっと同じような作業を続けることになる。
「あ、そういえばお前鎌田がどこにいるか知らないか? さっきから見当たらないんだよ」
先程の女子との会話を思い出したので、一応確認してみる。別に答えを期待しての問いではない。しかし、
「澪ちゃんなら、さっき他のクラスの男子に呼ばれてどっかに行ったぜ」
「他のクラスの男子に?」
先生に呼び出されたとかなら分かるが、今日は文化祭前日。他のクラスだって忙しいだろう。
そんな時に、他のクラスの男子が鎌田にいったいどういう用件なんだ?
「その他のクラスの男子ってのは、鎌田にどんな用があるんだ?」
「さあ? 俺も遠目に見ただけだから詳しくは知らねえよ。まあ大体想像はつくけどな――っと、本人が帰ってきたみたいだぞ」
翔の視線を追う形で教室の出入り口の方を見る。するとそこには翔の言葉通り、鎌田がいた。
鎌田の方も俺たちの視線に気付いたようだ。こちらに駆け寄ってくる。
「やっほー、慎吾っち、翔っち。作業は捗ってる?」
「まあまあだな――って、そんなことよりこのクソ忙しい時にどこに行ってたんだよ?」
「ちょ、ちょっと他のクラスの男子に呼ばれてちょっと屋上まで……」
屋上は普段一般の生徒は立ち入り禁止になっている場所だ。ただ鍵が数週間前から壊れているらしく、一応入ろうと思えば入れる。
まあこの時期になると屋上は肌寒い上に、教師に見つかれば反省文と説教が待っているのでわざわざ行く物好きはいない。
なので、そんな場所に鎌田と他所のクラスの男子が行く理由がよく分からない。
「こんな日に何の用だったんだ?」
流石に気になったので訊ねてみる。すると、
「え、ええと、それは……」
なぜか鎌田はばつの悪いといった表情を作った。普段はあまり見せない鎌田の表情に、少し目を丸くしてしまう。
いったい何があったんだ? 謎は深まるばかりだ。
もっと詳しく訊きたいところだが、今の鎌田の様子を見る限り、あまり話したくなさそうだ。
「なるほどねえ……」
そんな感じで首を捻っていると、翔がニヤニヤと腹立たしい笑みを向けてきた。
「……何だよ?」
「いや、真面目に考えてるお前が面白くてな」
「うるさい。そんなことを言うなら、お前は分かったのかよ?」
「もちろん」
「へえ……なら教えてくれよ」
流石にムカついたので、少し挑発的な口調になってしまう。しかし、
「ああいいぜ――って言いたいところだけど、一応澪ちゃんにも許可を取ってからな。いいか澪ちゃん?」
翔は俺の挑発的な口調に臆することなくあっさり頷くと、鎌田の方に向き直り確認する。
「そ、それはちょっと……」
「でもここで話しておかないと、親友が変な誤解をするかもしれないぜ? それは嫌だろ?」
「ううう……」
口ごもる鎌田にそう言いながら、なぜか翔は俺に視線を寄越す。
……どうしてこっちを見る?
そんな疑問が浮かんだと同時に、とうとう観念したのか、鎌田が無言で首を縦に振った。
「よし、それじゃあ親友にも教えてやるよ。澪ちゃんが呼び出された用件はな……告白だよ」
「……鎌田が?」
「ち、違うよ! 私はされただけ! 告白したのは相手の方!」
「わ、悪い悪い……」
とんでもない剣幕で迫った鎌田に少し気圧されながらも謝罪する。
まあよくよく考えてみれば、呼び出したのは相手の男子なのだから告白したのもそうだろう。
鎌田が言い辛そうにしてたのも納得だ。告白云々なんて、そう簡単に口にできるものではない。
「それにしても鎌田が告白か……一応おめでとうって言った方がいいのか?」
「何で私が告白を受け入れたっていう前提で話を進めているのかな?」
満面の笑みを浮かべる鎌田。笑っているはずなのに、怒ってるように見えるのはなぜだろう?
「違うのか?」
「違うよ! 好意を持ってくれたのは嬉しいけど、丁重にお断りさせてもらったよ!」
鎌田が先程以上の剣幕で否定する。何かマズいことでも言っただろうか?
「にしても、どうしてこんな時期に告白なんかしたんだ?」
「そりゃあ簡単だ。文化祭前日に告白して上手くいけば、文化祭の二日間の内どっちかにデートできるだろ?」
なるほど。告白する側も意外と考えてるんだな。
俺の疑問に答えてくれた翔の言葉に、思わず感心してしまう。
「それに澪ちゃんモテるからな。今日だけで結構な男子に告白されたんじゃないか?」
「うぐ……! そ、そういう翔っちだって、女子からの人気はかなり高いよね! 色んな女の子に告白されたんじゃないの!?」
意趣返しと言わんばかりに、鎌田がそんなことを言った。
しかし当の翔はというと、鎌田のように動揺するでもなくなぜか苦々しい表情になる。
「あー……俺の場合は親友とセットでっていう子が大半なんだよな」
「おいこら。それはどういうことだ?」
頭の中で『慎×翔』というおぞましい単語が再生されたが、今の話とは無関係であることを願いたい。
「…………」
「おい、黙ってないでこっちを見ろ」
声をかけるが翔は全く応じない。これは完全に無視する気だな?
腹立たしいが、これ以上追及するとヤブヘビな気もするので諦めることにしよう。決して、今の話を聞いて目を輝かせている鎌田が怖いからではない。
「あ、そういえば鎌田、備品がどこにあるか知らないか? 他の班で足りなくなってきてるらしいぞ」
話を逸らすために、先程鎌田を探していたクラスの女子の用件を伝える。
「え、もうないの? 困ったなあ……流石に文化祭前日だともう残ってないよ」
鎌田は作業中のクラスメイトたちの方を見ながら、困った調子で言うのだった。
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