生徒会室へ
「それじゃあ行こっか、慎吾っち」
文化祭の出し物についての話し合いを終えて帰る準備していると、背後から鎌田に声をかけられた。
「何の話だ?」
いきなり振られた話題に、思わず聞き返す。
「何って文化祭の出し物の申請に行くんだよ。クラス委員の仕事だよ?」
「あー……そういえばそうだったな」
すっかり忘れていた。締切日は今日なのだから、申請も今日中に行わなければならない。
「それで、どこに行けばいいんだ?」
「生徒会室。文化祭の出し物は、生徒会長の許可が必要なんだって」
「へえ……」
生徒会長――つまりは舞華に会いに行くということか。それも俺と鎌田の二人で。
……色々とマズくないか?
数日前に翔と鎌田を含めた三人で出かけて以降、舞華の鎌田に対する嫉妬心は顕著なものになっていた。
ここ最近じゃあ、日記の内容は俺から鎌田の匂いがするしないかで大半が埋め尽くされている。
そんなこともあって、今舞華と鎌田を会わせたくはない。会わせれば、十中八九ロクでもないことが起こるだろう。
「なあ鎌田。お前は先に帰っていいぞ。生徒会室には俺が行くからさ」
なので、舞華と会うのを防ぐために鎌田を帰らせるようとするが、
「ダーメ。これはクラス委員の仕事だから、ちゃんと二人でやらなくちゃ。それに私知ってるんだよ。生徒会長が慎吾っちの妹だってこと。どうせ私を先に帰らせて、妹ちゃんとイチャイチャするつもりなんでしょ? 慎吾っちシスコンだもんね」
「違う!」
俺はただ鎌田の身を案じただけなのに、とんでもない誤解を受けてしまった。
確かに日記の中のあいつはこれでもかというほどデレデレだ……頭にヤンが付く方の。
しかもそれを表に出すことは決してない。普段のあいつは恐ろしいほど冷たいから。
「またまたとぼけちゃって。とにかく私は帰らないから。ほら早く行こう」
こちらの否定の言葉を相手にせず、鎌田は俺を促しながら廊下に出る。
こうなってしまっては、恐らく俺の要求は聞き届けられないだろう。
かと言って、ここで鎌田を一人で行かせるのは論外。こうなったら、俺が上手く立ち回って波風が立たないようにするしかない。
「はあ……」
一度溜息を吐いてから先行する鎌田を追って教室を出た。
教室を出て数分と経たず生徒会室の前まで辿り着いた。
「そういえば私、生徒会室に来るのって初めてかも。何か緊張しちゃうね」
「そうだな……」
鎌田の言葉に同意を示す。ただし、俺の場合は鎌田とは違う意味だが。
「とりあえず入ろうか」
言って鎌田は生徒会室の扉を数回ノックする。
しばらくすると聞き慣れた声で『どうぞ』という答えが帰ってきた。
「失礼しまーす……」
恐る恐るといった様子で生徒会室に足を踏み入れる鎌田に続く。
生徒会室内は、俺たちが普段利用している教室なんかに比べるとかなり変わった造りになっていた。
まず部屋の左右の壁際には本棚が二つずつ並んでおり、中には隙間なく本が敷き詰められていた。
部屋の中央には来客用と
そして部屋の最奥には、部屋の主である生徒会長――舞華がデスクでプリントに目を通していた。
室内に他の役員は見当たらない。何か用があって出払っているのだろうか。
俺たちがデスクの前まで行くと、舞華はプリントから目を離してこちらを見る。
「ようこそいらっしゃいました。ご存知とは思いますが、私は生徒会長の甘木舞華と言います」
「ええと……私は二年A組クラス委員、鎌田澪って言います。よろしくね?」
舞華が席に着いたまま軽い会釈と共に名乗り、鎌田も応じる形でなぜか緊張の面持ちながらも自己紹介を済ませた。
ちなみに舞華は俺の方には一切視線を向けていない。前回同様、いない者として扱うつもりだろう。
「鎌田さんですか。本日はどういったご用件で?」
「文化祭の出し物の申請をしに来たんだ」
言いながら、鎌田は制服の内ポケットから申請用紙を取り出して舞華に手渡す。
「そういえば、今日が締切日でしたね……記入洩れ等がないか確認したいので、少しお時間をいただけますか?」
「うん、いいよ」
軽く首を縦に振る鎌田に舞華は謝意を述べて申請用紙に視線を落とす。
「……ねえ慎吾っち」
申請用紙の内容を目で追っている舞華を眺めていると、横から鎌田が服の袖を軽く引っ張ってきた。
「何だよ?」
「妹ちゃん妙に冷たいというか……慎吾っちのこと無視してない? もしかしなくても、二人って仲悪いの?」
「……よく気付いたな」
思わず感心してしまう。こいつ、意外とよく見てるじゃないか。
「いや、ここまで露骨だと誰でも気付くよ。妹ちゃん、明らかに慎吾っちの方を見ようとしてないし」
「それもそうか」
「慎吾っちシスコンだから、てっきり妹ちゃんもブラコンだと思ってたんだけど……予想外れちゃったなあ」
「……だから俺はシスコンじゃないって何度も言っただろ」
そもそも、舞華はブラコンどころか色々と拗らせてヤンデレになってるしな。
「でも慎吾っち、よく妹ちゃんのこと考えてるよね。この前駅に買い物に行った時も――」
そこまで言って、鎌田は頬を朱に染めて俯いてしまった。いったいどうしたんだ?
「おい鎌田、大丈夫か?」
「う、うん大丈夫! 大丈夫だから気にしないで!」
未だに顔は赤いままだが本人が大丈夫と言ってる以上、俺がとやかく口を出すべきではない。なので深くは追及しないことにした。
「鎌田さん」
鎌田とそんなやり取りをしていると、舞華が声をかけてきた。
「申請用紙の内容を確認させてもらいましたが、特に問題はないのでこのまま通させてもらいます」
舞華が淡々と告げると、鎌田は胸に手を当てて安堵の息を吐いた。
俺も鎌田のように分かりやすいリアクションはしてないが、内心小躍りしたいほど喜んでいた。
何せ、鎌田と舞華の間で特に何の問題が起こることもなく穏便に話を済ませたのだ。少しくらい浮かれたっていいだろう。
「それじゃあ帰ろっか、慎吾っち」
用が済んだ以上この部屋にいる必要はないので、鎌田の言葉に従って扉の方に向かうが、
「兄さんまだここにいてください。お話があります」
なぜか俺だけ呼び止められた。先程までは無視してたのにいったいどうしたのだろう。
俺だけではなく、鎌田も目を丸くしてしまう。
「慎吾っちが残るなら私も――」
何か言おうとした鎌田。しかしそんな彼女を制するように、
「用があるのは兄さんだけなので、鎌田さんはそのまま退室なさって結構ですよ」
どこか突き放したような言い方で、俺と同じく部屋出ようとした鎌田に退室を促した。
「この時期になると暗くなるのは早いです。私は兄さんがいるので大丈夫ですが、女性が夜道を一人でいるのは危険なので早く帰られた方がいいですよ?」
舞華の言うことは最もだ。すでに時刻は六時を回っている。女子である鎌田は完全に暗くなる前に帰った方が賢明だ。
「で、でも……」
尚も食い下がり、どこか縋るような瞳を俺に向けてくる鎌田。
俺個人としては、このタイミングで舞華と二人は嫌な予感しかしないので残ってほしいところだ。
しかし残念ながら舞華の言うことが至極真っ当なため、俺から助け船を出すことはできない。
「舞華の言う通りだ。暗くなる前にお前は帰れ」
「……分かったよ。また明日ね、慎吾っち」
そうして不承不承ながらも、鎌田は部屋を出た。
そして室内には俺と舞華の二人きり。どこか張り詰めたような空気が室内を支配したが、その空気を破るようにして舞華が口を開く。
「兄さんはこの時期、私たち生徒会がどれだけ忙しいかご存知ですか?」
どこか怒りを滲ませたような問い。舞華は俺の答えも待たずに続ける。
「文化祭も近いこの時期、私たち役員は様々な業務に追われています。そんな時に期限ギリギリで申請用紙を出されるのが、どれだけの迷惑か理解していますか?」
「それは……」
「分かってるはずありませんよね。もし分かっていたのなら、こんなギリギリのタイミングで申請用紙を提出するはずがありません。こんなに遅いなんて、兄さんはクラス委員として何をしてたんですか?」
確かに文化祭の迫ったこの時期、忙しいことは俺も理解している。ここまで遅かったのには、クラス委員である俺に責任の一端があることも分かっている。しかし、
「そこまで怒るなよ……」
怒濤の勢いで責められ、思わずそんな文句を垂れてしまう。だがそれは下策だった。
「そこまで怒るな? 何ですか兄さん? 私、何か間違ったことを言いましたか?」
「いいえ……」
「なら口答えしないでください。不愉快です。そもそも兄さんは――」
こうして恒例の説教が始まった。普段とは違う生徒会室での説教だったが、特に何の衰えも感じさせない厳しい説教だった。
――当初の目的通り、舞華と鎌田の間で目に見えた争いが起こることもなく無事に申請用紙を提出できたが、果たして説教を食らうだけの価値はあったのだろうか?
舞華の説教を受けながら、俺はそんな益体もないことを考えるのだった。
『十月三日。
本日の放課後、またお兄様にお会いすることができました!
前回学校で会ってからまだそう日は経っていないというのに、何という幸運でしょう!
しかも今回は前回のような偶然ではなく、お兄様の方から自主的に会いに来てくださりました。これはお兄様も私に会いたいと思ってくださったということでしょう! そうに違いありません!
血の繋がりがないとはいえ、やはり私たちは兄妹。想いは通じ合ってるということですね!
舞華は幸せです。こんな形で改めてお兄様との強い絆を認識することができたのですから。
唯一残念なことがあるとすれば、それはお兄様のお隣という名の聖域を知らない女が汚していたという点でしょうか。
名前は鎌田というそうです。ここ最近お兄様のお口から出る名前と一緒ですね。恐らく同一人物でしょう。
数日前にお兄様からした知らない匂いも多分この女ですね。顔を見れば分かります。恥も外聞もなく、私のお兄様に群がる卑しいメスの顔をしています。
すぐにでもお隣のメスを細切れにしてやりたい衝動に駆られましたが、何とか我慢しました。
だってそんなことをすれば、お隣のお兄様に返り血が付いてしまうかもしれません。
血は洗っても中々落ちないので、お兄様が洗濯の際に苦労してしまいます。私はお兄様の負担になるようなことはしたくありません。
それにしても、お兄様はなぜこのような女と一緒にいるのでしょうか?
そんな疑問が浮かびましたが、答えはお兄様へのお説教の最中に分かりました。
きっと私に構ってほしかったのでしょう。だからあのメスを連れて私の元まで来た。私が怒るのも承知の上で。
全くお兄様はどうしようもないくらいに甘えん坊さんですね。家でいつも顔を合わせているのに、それだけで我慢できないなんて。
まあ私も五分に一回はお兄様のお顔を見たいと思うので、気持ちは分からないでもありませんが。
しかし今回の件、動機は可愛らしいですが手段がいけません。いくら温厚な私でも、お兄様が私以外の女と一緒にいることは容認できません。
大変心苦しいですが、これは久々に減点しなくてはいけません。
残り九十六点』
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