文化祭の出し物

「それでは、君たちにはこれから文化祭の出し物について話し合ってもらう」


 それは、翔の買い物に付き合ってから数日後のことだった。


 時刻は午後五時過ぎ。そんな放課後と言ってもいい時間帯に、二年A組の担任教師である茅野かやのしずか(二十九歳と十五ヶ月)が教卓に両手を置きながら、俺たちA組の生徒に言った。


 放課後ともなれば本来は部活動に勤しむような者もいるはずだが、ウチのクラスの生徒は誰一人欠けることもなく揃っている。


 なぜ全員揃っているといえば理由は単純。先生が放課後に話があるから残るようにと、俺たちに言ってたからだ。


 窓から差し込む夕日を浴びながら、先生は続ける。


「皆も知っての通り、ウチでは三週間後に文化祭が行われる。この文化祭は近隣の方々の評判も良く、主催者側である生徒たちも楽しみにしていることだろう」


 先生の言葉に、何人かの生徒が同意するように首を軽く縦に振る。


 確かに先生の言う通りだ。俺の記憶が正しければ、去年の文化祭はクラスのみんなが一丸となって取り組んでいた。


 まあ根暗で翔と鎌田ぐらいしか友達のいない俺は、教室の隅で一人地味な作業をしていたが……。


 そんなちょっと泣きたくなるようなことを思い出していると、先生が暗い表情を作る。


「しかし悲しい知らせがある。三週間後に文化祭を控えながらも、この二年A組は――未だに文化祭の出し物が決まっていない!」


 先生の爆弾発言。しかしクラス内では周知の事実だったので、俺たち生徒に動揺はない。


 本来ならば、今は出し物を決め終えてその準備に取りかかっていなければならない時期。


 それなのにどうしてウチのクラスは未だに出し物すら決まってないのかというと、原因は出し物の案の募り方に問題があった。


 他所のクラスが挙手制で案を出している中、ウチのクラスは紙に書くアンケート形式を採用してしまった。


 しかも、恥ずかしがらずにより良い案を出してほしいという理由で無記名で出すことも義務付けた。


 結果として狙い通り、様々な案が出てきた。文化祭の定番と言えるようなものから、頭を抱えたくなるようなくだらないものまで色々と。


 だがそこで一つの問題が発生した。確かにたくさんの案を欲していたが、それにしたって案があまりにも多すぎたのだ。


 全員が自由気ままに案を出した結果と言えるだろう。おかげで今日まで、案を絞るのに時間を費やしてしまった。


「しかも今日は出し物の申請期限の締切日。悪いが決めるまでは帰れないと思ってくれ」


 生徒たちから不満の声が漏れる。しかし先生は気にした様子もなく話を進める。


「それから一つ謝らなくてはならないことがある。本来なら私も君たちとの話し合いに加わらなくてはならないが、間の悪いことにこれから職員会議だ。後のことはクラス委員に任せてあるかので、しっかりと話し合うように」


 最後にそれだけ言い残して、先生は教室を出た。


 後に残ったのは生徒たちは、しばらく先生の出て行った方を見ていたが、徐々に視線がクラス委員――鎌田に向かう。


 鎌田はクラスメイトの視線に応えるかのように立ち上がり、教壇まで向かう。


「ええと、それじゃあこれからみんなで文化祭の出し物について話し合いたいと――って、何やってる慎吾っち!」


 教卓の前に立った鎌田が吠えると同時に、鎌田に集まっていた視線が俺に向く。


 俺のような根暗は不特定多数の視線は苦手なのでやめてほしい。


「慎吾っちもクラス委員なんだから、早くこっち来てよ!」


「……分かったよ」


 クラス委員というのは、男女からそれぞれ一人ずつ選出される。このクラスにおいて男子のクラス委員というのは、意外なことに俺だ。


 普段の俺からは想像もつかないだろうが、実は俺には一度でいいからクラスのみんなを引っ張っていけるような人間になりたいという願望が――などということはなく。


 ただ委員を決める日に風邪で休んでいたので、勝手に押し付けられただけだ。


 不服だが、俺のようなヒエラルキー最底辺の男に反論など許されるはずもなく、渋々とではあるが受け入れる羽目になった。


 正直やめられるのなら今すぐにでもやめてやりたいところだが、


「はあ……」


 半ば強引に決められたとはいえ、任された以上は全うするしかない。例えあまり役に立たないとしても。


 溜息と共に重たい足取りで鎌田のいる教壇まで向かい、隣に立つ。


「もう。慎吾っちはもう少しクラス委員の自覚を持ってよ!」


 頬をリスのように膨らませて怒る鎌田。


 押し付けられただけの仕事に自覚を持てというのは無茶な話だと思うが、それをこいつに言っても仕方ない。


「悪かった悪かった。次からは気を付けるよ。それよりも、時間もないから早く始めよう」


 鎌田の説教を適当に流しながら、話を進めるよう促す。


「むう……それじゃあ慎吾っちは、この前の話し合いで絞った案を黒板に書いて」


「了解」


 頷きながら、手渡されたA4サイズの紙に書かれていたものをそのまま黒板に写していく。


『メイド喫茶』


『ウエディング喫茶』


『猫耳喫茶』


『お化け屋敷』


「……これは酷い」


 自分で書いたにも関わらず、思わずそんな感想が漏れてしまった。


 しかしこんなふざけたとしか思えないものでも、一応度重なる話し合いの末に生き残った案だ。


 最初の頃にあった(自主規制)や(放送禁止用語)に比べれば、百倍マシだ。


 まあマシというだけで、四つ中三つが全然まともじゃないが。正直一つに統一して普通の喫茶店にした方がいいと思ったが、主に男子から反発された。


 喫茶店とはいえ、メイドとウエディングドレスと猫耳は全くの別もの。それぞれに異なった趣がありそれは他では表現することのできない――などとクソ長い解説を聞かされ、結局統一は受け入れられず現在に至る。


「ええと……それじゃあ今から文化祭の出し物について話し合いたいと思います!」


 教卓に手を付き、鎌田は身を乗り出す。


「多数決が一番手っ取り早いけど、まずはみんなの意見も聞きたいな。何か意見がある人ー?」


 鎌田が意見を募ると、数人のクラスメイトが手を挙げた。


「結構多いね……それじゃあ左から順番に言ってもらおうかな」


 鎌田の指示を受けて、挙手していた生徒が左側から順に口を開く。


「僕としてはメイド喫茶推したいところですね。メイドには、僕たち男のロマンがあります」


 メガネの縁に手を置きながら、これ以上ないくらい真剣な表情を作る男子生徒。


 名前は忘れたが普段は大人しい、悪く言えば目立たない地味な生徒だった。


 そんな彼が率先して意見を述べている様は、俺だけではなく他のクラスメイトも少し驚いてるようだった。


 しかし彼そんな周囲の反応に気付いた様子もなく続ける。


「ウエディングドレスや猫耳なんかとは比較にならないほどの魅力が、メイドにはあります!」


 拳を固く握りしめ熱弁する。しかしそんな彼に異議を申し立てる者がいた。彼と同じく挙手していたクラスメイトたちだ。


「ちょっと待てよ。どうしてウエディングドレスがメイドなんかに劣るんだよ? ウエディングドレスこそが最強だろ!」


「そうだそうだ! メイドなんか秋葉原に行けばいくらでも見れるだろ! 猫耳こそが至高の存在だ!」


「それなら猫耳なんて、その辺の野良猫の耳で十分だろ! ウエディングドレスにしたって、結婚は人生の墓場なんて言葉があるくらいだ。絶対にまともじゃねえよ!」


 ヒートアップしていく醜い口論。まあ熱く語り合ってるのは数人だけで、大半のクラスメイトはことの成り行きを冷めた様子で見ていた。


 そこから三十分ほど醜い争いは続いた。


 終わりの見えない不毛な話し合い。そろそろ誰かが止めるべきじゃないか? などと考え始めた時、不意に教室のドアが開かれ、


「ああ良かった。まだいてくれたか」


 職員会議に行ったはずの先生が教室内に入ってきた。


 突然の先生の登場に、言い争っていた奴らも静かになる。


 その場の全員の視線が先生に向く中、鎌田が話しを切り出す。


「どうしたの先生? 職員会議はもう終わったの?」


「いや職員会議は抜け出してきた。実は君たちに言い忘れていたことがあるんだ」


「言い忘れていたこと?」


 鎌田が首を傾げる。


 わざわざ職員会議を抜け出してきたということは、十中八九重要なことなのだろう。


 先生は一度案の書かれた黒板に視線をやり顔をしかめた後、鎌田ではなく席についてる生徒たちの方を向く。


「……文化祭の出し物の申請が今日までというのは覚えているな?」


 つい先程聞いたばかりのことだ。忘れるはずもなく、全員が頷く。


「……実は食品の取り扱いをする出し物は、申請の締切日が他よりも早いんだ」


「え……」


 そんなどこか呆けたような声をあげたのが誰かは分からない。


 だが誰もそんなことは気にも止めなかった。それよりも問題なのは、今の先生の発言だ。


「ちょっと待って先生。それじゃあ、今私たちがしている話し合いは――」


「無駄ということになる」


 先生の遅すぎた報告に俺――いや、俺たちは口を揃えて、


「「「「ふざけるな!」」」」


 ――結局二年A組の出し物は、消去法でお化け屋敷となった。


 メイドやウエディングドレスや猫耳について熱弁していた彼らの時間はいったい何だったのだろう……。

 

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