放課後の寄り道その2

「へえ……駅の周辺ってこうなってるんだ」


 興味深げに周囲に忙しなく視線を動かす鎌田。


 俺たち三人は現在、学校から少し歩いたところにある駅の近くまで来ていた。


 なぜ鎌田がいるのかというと、結局翔は上手い断り方が見つけられず付いてくることになってしまったからだ。


 男二人と女一人という組み合わせ。この面子で目的がエロ本などと、いったい誰が思うだろうか?


 しかも鎌田と翔は容姿抜群。端から見れば、二人は恋人にしか見えない。俺なんかただのお邪魔虫だ。居心地は半端なく悪い。


 いっそ二人だけで行けばいいのに、などと思ってしまうが翔に頼まれてここまで来たのでそれはできない。


「おい翔。目的の本屋はまだか?」


「もう少ししたら着くから急かすなよ。何か用事でもあるのか?」


「いや別に用事はない。ただ、義妹いもうと待ってるだろうから、早めに家に帰りたいだけだ」


 そう言うと、鎌田が手を当てた口元から意地の悪い笑みを覗かせる。


「慎吾っち、もしかしてシスコン?」


「違う。あまり遅いと文句を言われるんだよ」


 実は駅は学校を挟んで家とは反対方向にある。普段舞華は生徒会の仕事が忙しく、帰ってくるのは遅い。


 だが遅いと言っても、他の生徒に比べると下校時間が少しズレるだけ。寄り道してる俺より遅くなることはないだろう。


 早く帰って夕飯を作っておかないと『ご友人と遊ぶのは構いませんが、夕食の準備を疎かにするとはどういう了見ですか? 兄さんは私を餓死させるつもりですか?』などという舞華のお説教をくらってしまう。


「へえ、慎吾っちの妹ってそんなに厳しいんだ。……愛されてるねえ」


「どこがだよ。どう考えても嫌われてるだろ」


「そんなことはないよ。本当に嫌いなら、そもそも相手すらしてくれないよ。そうやって怒ってくれるのは、愛情の裏返しだと思うよ?」


「むう……」


 なるほど。鎌田の言うことも一理あるな。確かに舞華の大の男が泣きたくなるほどの罵詈雑言も、見方を変えれば一種の愛情表現と見えなくもないこともないかもしれない……。


 まあ愛情表現は、あのヤンデレ日記だけですでにお腹いっぱいだが。


「あ、二人共、見えてきたぞ」


 鎌田と二人で話していると、翔が声をかけてきた。


 翔の視線を追ってみると、駅から数店舗空けた場所にポツンと小さな店を構えていた。


 年季を感じさせる古い作りの店だ。小さい店舗のため、品揃えもあまり良さそうには見えない。


 本屋なら他にもっと大きくて品揃えのいいところがあるのに、なぜここを選んだのだろうか?


「おい翔、本当にここの本屋なのか?」


 俺が訊ねると、翔が手招きしてきたので近寄ってみる。すると翔が鎌田には聞こえないほどの小さな声で耳打ちしてくる。


「ああそうだ。ここの店主の婆さんは年のせいでボケていてな。客が学生でもエロ本を売ってくれることで有名なんだ」


「そ、そうか……」


 制服姿のままでどうやって買うのか疑問だったが、そういう理由なら納得だ。


「それでだ、親友。手筈通り、澪ちゃんのことは頼んだぜ?」


「分かってる。お前が本を買ってる間は、俺が鎌田の気を引き付けておけばいいんだな?」


 結局鎌田の同行を断れなかった翔だが、代案として本を買ってる間、俺が鎌田の気を引き付けておくことになった。


 そもそも俺を誘ったのが一人だと心細いという理由だったのにの一人になるのはどうなのかと思ったが、他にいい案が思い浮かばなかったので仕方ない。


「そうだ。頼むぜ親友。上手くいったらお前にも読ませてからよ」


「いや俺は別に――」


「期待して待ってろよ。じゃあちょっと行ってくる!」


 俺が言い終える前に、翔は本屋へと駆けて行った。


「あ、翔っち待ってよ」


「ストップだ鎌田」


 翔の後を追おうとした鎌田の肩を掴んで呼び止める。


「何慎吾っち? 翔っちが先に行っちゃたから、早く追いかけようよ」


「ええとだな……」


 さてどうしたものか。翔に頼まれたものの、実際のところ鎌田の気を引くための策なんてものは考えてない。


 こういうのは本来、翔みたいなイケメンがやるものだ。俺のようなクラス内カースト最底辺の男に女子の気を引くなんて高等技術、難易度が高すぎる。


 しかしぐだぐだ考えてても何も始まらない。とりあえず鎌田を本屋から引き離すとしよう。


「なあ鎌田。お前ほしい本があるって言ってたけど、それって今すぐに買わなくちゃいけないものか?」


「別に今すぐ必要ってわけじゃないけど……それがどうしたの?」


 俺の言葉の意図が掴めないのか首を傾げる鎌田。


 今すぐ必要じゃない。つまり今は暇ということだ。それなら


「なら一緒にこの辺りを見て回らないか? せっかく普段は寄り付かない駅まで来たんだ。お前も色々と見てみたいだろ?」


「え……!?」


 俺の提案に、なぜか鎌田は頬を染めた。


 何かおかしなことを言ったかと思って振り返ってみるが、特におかしなところなかった気がする。


「か、翔っちはどうするの? 置いてくのは可哀想じゃない?」


「あいつはエ――本を買いに行ってるし放置していいだろ」


 むしろ翔はそれを望んでいるはずだ。


 しかし鎌田は尚も食い下がる。


「で、でも、翔っち抜きってことは二人きりなんだよ? いいの、私なんかとで?」


「提案したのは俺なんだ。嫌なら最初からお前にこんなことは言わない」


 鎌田のおかしな質問にキッパリと答えてやる。すると眼前には、


「そ、そっか。えへへへ……」


 何ともだらしない笑みを、しかも幸せそうに浮かべている鎌田がいるのだった。


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