放課後の寄り道その1

「ちょっと付き合ってくれよ、親友」


 翔が声をかけてきたのは、ホームルームを終えて教室を出ようとした時のことだった。


「……どこに行くんだよ?」


 どうせ断っても強引に付き合わされるのは分かり切っているので、特に反論せず目的地を訊ねる。


「実はちょっとほしい本あってな。一緒に本屋まで来てくれ」


「ほしい本……漫画か?」


 こいつに小説を読む趣味があるとは思えない。となると、残る可能性は漫画のみだ。


「いや漫画じゃない。そうだな……男ならば誰もが持ってる本とだけ言っておこう」


 いつものチャラ男らしい軽薄そうな雰囲気は鳴りを潜め、厳かな声音でそう告げた。


 男ならば誰もが持ってる本……いったい何の本だろう? 俺には想像もつかない。


 一応俺も、漫画と数こそ少ないがラノベなら持っている。しかしそれらは、男ならば誰もが持ってるというほどのものではない。


 しかもこいつの真剣な表情……絶対に何かあるはずだ。


「どうして俺も一緒に行かなくちゃいけないんだ? 本を買うだけなら一人でも行けるだろ?」


「いや、その……一人で買いに行くのが恥ずかしくてな。一緒に行ってくれないか?」


 こいつはいったいどんな本を買いに行くつもりなんだ? 一人で買いに行けない本なんて、十中八九まともなものじゃないだろ。やっぱり断ろうかな……。


「頼むよ! 俺たち親友だろ!?」


 俺が乗り気でないことを察したのか、身体に縋り付いてくる翔。うっとおしい上に、クラスメイト(主に女子)の視線が痛い。


 ただでさえこいつとの間にはホモ疑惑があるのに、それを助長するような真似は控えてほしい。


「おい放せ!」


 何とか振りほどこうもするが、腰の辺りをガッチリ掴まれているので上手く力が入らない。


 何の本を買うつもりかは知らないが、所詮は本。そんなもので、どうしてこいつはここまで必死になれるんだ?


 翔の様子を確認するが、テコでも動かないといった感じだ。……仕方ない。


「……付き合ってやるよ。だから放せ」


「親友……!」


 俺の言葉を受けて、翔は歓喜の表情を作るのだった。






「慎吾っちいいいいいいいい!」


 ――それは、校庭を横切り校門の前まで着いた時のことだった。


 俺の名前を叫びながら鎌田がとんでもない速度で駆けて寄ってきたのだ。


 息を乱しながら俺の前に立つ鎌田。いったい何の用かは知らないが――とりあえず手刀を頭に叩き込むことにする。


「痛い……! いたいけな乙女に向かっていきなり何するの、慎吾っち!?」


 鎌田は涙目で頭を押さえながら抗議してくるが、そんなの知ったことではない。


「それはこっちのセリフだ。人の名前を叫ぶのはやめろ。変に注目が集まったじゃねえか」


 周囲を確認すると、校門付近の生徒たちの視線が俺に集まっている。これじゃただの悪目立ちだ。


「ううう……ごめんなさい」


「だいたいお前はだな――」


「まあまあ、そう怒ってやるなよ。そんなに怒ってばかりじゃ人生損するぞ?」


 項垂れる鎌田に更に言葉を重ねようとしたところで、翔が割って入ってきた。


「澪ちゃんだって悪気があったわけじゃないだろ?」


「もちろんだよ! 流石は翔っち! 私のこと分かってるう!」


 確かに悪気はなさそうだ。反省もしていないようだが。まあこれ以上何を言っても、こいつには馬の耳に念仏。大した効果はないだろう。


「……次からは気を付けろよ」


「うん! もちろんだよ!」


 快活な笑みを浮かべる鎌田。……本当に気を付けるのかは怪しいところだが、気にしても仕方ない。


 気を取り直して、鎌田に訊ねる。


「それで? 人の名前を叫んでいったい何の用だよ?」


「二人共、教室で本屋に行くって話をしてたじゃん? 実は私もほしい本があるの。せっかくだから私も付いて行っていい?」


「俺は別に構わないけど……」


 特に断る理由もないはずだが、言い出しっぺは翔なので意見を聞くために翔の方を見る。


 するとそこには、翔が見たこともないほどの青白い顔で口をパクパクと開閉させていた。


「ど、どうした翔?」


 心配になって恐る恐る声をかけてみる。すると、


「ちょっとこっち来い!」


「はあ……!?」


 なぜかいきなり首根っこを掴まれ、鎌田から少し離れたところまで引きずられる。


「これだけ離れれば大丈夫か……なあ、今から大事な話をするから聞いてくれ」


「わ、分かった……」


 『いきなり何をするんだ!』と文句を言いたかったが、翔のただならぬ剣幕に圧倒されて思わず首を縦に振ってしまった。


「俺、ほしい本があるって言ったよな? ……実はそれ――エロ本なんだ」


「……何だって?」


 今ちょっと目の前のイケメンがおかしなことを口走った気がしたので、確認のために聞き返す。


「いやだから、今から買いに行くのはエロ本なんだって」


「おい、エイプリルフールはまだ半年以上先だぞ?」


「いや冗談じゃなくてマジなんだって……」


 困り顔になる翔。そこには、俺を騙そうなどといった意志は感じられない。


 しかしなるほど。確かにエロ本は『男ならば誰もが持ってる本』と言っても差し支えないな。


 ちなみに俺はエロ本を持ってない。昔は何冊か持っていたが、舞華に見つかって捨てられた。もちろんお説教付きで。


 あの時の舞華は本当に怖かった。具体的にどれくらい怖かったのかというと、その時のトラウマのせいでエロ本を所持できなくなるくらいだ。


 閑話休題。


「お前の言ったことが事実だとして、どうしてエロ本買うのに俺を誘うんだよ……」


「こういうことは、親友であるお前が一緒じゃないとダメなんだよ!」


 親友だからこそ巻き込まないでほしかった、という本音は隠しておいた方がいいだろうか……。


 しかも人を連れて買いに行くのがエロ本。これがウチのクラス随一のイケメンだと思うと、色々な意味で泣けてくる。


「それでだ。今からエロ本を買いに行くのに、女子同伴というのはマズいだろ? どうにかして澪ちゃんの申し出を断れないか?」


「適当な理由を付けて断ればいいんじゃないか?」


「えー……何かそれは可哀想じゃね?」


「ならどうするつもりなんだよ? まさかバカ正直に、エロ本を買いに行くから付いてこないでとは言えないだろ?」


「うぐ……」


 俺の言葉に唸りながら俯いてしまう翔。


 ――そこから俺たちが目的の本屋に向かうのに、三十分ほどの時間がかかるのだった。

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