放課後の偶然

 昼休みの騒動の後、残りの授業を受けた俺はホームルームを終えて教室を出る。


「あ、おい待てよ親友!」


 教室を出たところで翔が俺の肩を掴んで呼び止めた。


「一緒に帰ろうぜ?」


「……どうして俺なんだ?」


「お前が俺の親友だからに決まってるだろ?」


 何を当たり前のことを聞いてるんだ? という表情をされてしまう。


 こいつの中では、俺と一緒に帰ることはどういった位置付けなのだろう?


「どうせ帰り道も途中までは一緒だしいいだろ?」


「まあ俺は別にいいけど……」


 チラっと教室の方を見ると数人の女子がこちら――主に俺に視線を向けていた。しかも微妙に恨めしそうな目付きで。


 クラス内カースト上位のイケメンはモテるのだ。……親友と呼ばれてる俺に嫉妬の視線が集まるほどに。


「どうしたんだよ? 早く行こうぜ」


「あ、ああ……」


 未だに俺に負の視線を送ってくる女子たちに胸中で詫びながら、俺は翔の背を追ってその場を後にする。


 俺たちのクラスは二年A組で校舎の三階に位置する。靴の入った下駄箱に行くには、二階の職員室の近くを通る必要がある。


 ちなみに生徒会室は職員室の隣だ。


 ――だから、生徒会長である舞華に遭遇することは何もおかしいことではない。


「…………」


 一階と二階を繋ぐ階段前で偶然会ってしまった。舞華は両手で紙束を抱えている。生徒会の資料か何かだろうか?


 舞華の冷めた視線が俺に突き刺さる。とてもではないが、家族に向けるものではない。


 今朝読んだ日記の内容が夢だったのではないかと疑いたくなってしまった。


「あれ? 舞華ちゃんじゃん。久しぶり」


 翔が舞華に気軽に声をかける。翔は中学時代からの知り合いということもあって、舞華とは顔見知りだ。


「ええと……どちら様でしょうか?」


 困惑顔を作る舞華。しかし無理もないだろう。なぜなら、二人が最後に会ったのは中学時代。つまり高校デビュー前だ。あの頃と今では、翔の外見は大分変わってしまっているので、舞華が覚えてないのも無理はないだろう。


「俺だよ俺。新島翔。昔よく遊びに来てたけど、覚えてない?」


「……ああ、新島さんですか! これは失礼しました。昔と外見がかなり変わっていたので気付きませんでした」


「そういえば高校生になってから会うのは初めてだな。舞華ちゃん元気にしてた?」


「はい、ご覧の通り。今日も生徒会の仕事は忙しいですが、生徒会長として頑張らせてもらってます」


 俺には一度も向けられたことの笑顔を作る。俺との扱いの違いに涙が出そうだ。


「おい親友、何黙り込んでるんだよ。せっかく妹が生徒会の仕事を頑張ってるんだから、何か一言くらい言ってやれよ」


「え……」


 俺が舞華に?


 舞華を見る。先程までと変わらず、俺への視線は冷徹なもの。どんな言葉をかけたところで、まともな答えが返ってくるとは思えない。


 しかし同時に、これはいい機会だとも思った。ここで何かしら言えば、恐らく舞華は日記に書くはずだ。日記の内容次第では今後の舞華への対策にもなるかもしれない。


 とりあえずエールでも送ってみるか。このタイミングで貶すようなことは言うべきではないだろうし。


「ええと、その何だ……生徒会の仕事、頑張れよ」


「…………」


 一応褒めてみたが、舞華の能面のような表情に変化はない。


 それどころか何も言わず翔に向き直る。


「それではまだ生徒会の仕事が残っているので失礼します。新島さん、久しぶりに会えて嬉しかったです」


「あ、ああ、俺も会えて良かったよ。仕事頑張ってね、舞華ちゃん」


「はい。ではまた」


 軽い会釈をした後、舞華はその場を離れた。後に残ったのは、唖然とした様子の翔と何となく気まずい気持ちにさせられた俺のみだった。






「本当に悪かった!」


「お前に悪気がなかったのは分かってる。だから気にするな」


 両手を合わせて謝罪する翔に、気にするなといった感じで手をヒラヒラと振る。


 俺たちは現在、帰り道の途中にあるファーストフード店にいた。


 俺はまっすぐ帰りたかったが、何やら先程舞華に無視された件に罪悪感を覚えたらしく、奢るからと強引にファーストフード店に連れ込まれた。


「そ、そうか? お前がそう言うなら……それにしても、まさかお前と舞華ちゃんがあそこまで悪かったなんてな。昔はもう少しマシじゃなかったか? 少なくとも、無視されるなんてことはなかっただろ?」


「あいつは昔からああだよ。まあ、今日みたいに学校で話すのは初めてだったけどな……」


 そもそもさっきみたいに学校で会ったりすること事態が珍しい。たまに会うことがあっても、決して言葉を交わしたことはなかった。


「俺にはあんなに愛想良かったのに……お前、舞華ちゃんに何したんだよ?」


「別に変なことは何もしてない」


 だから特に嫌われるような理由はない。……病的なまでに好かれる理由もな。


「本当かよ? 俺にも妹がいるけど、あそこまで酷い扱いは受けないぞ」


「お前妹がいたのか? 初耳だな」


「そういえば言ったことなかったけか? まあ、お前のところの舞華ちゃんとは比べることもおこがましいくらい可愛げがないけどな。できるなら、舞華ちゃんと交換してほしいくらいだよ」


「そんなこと言ってるとますます嫌われるんじゃないか?」


「もうこれ以上ないくらい嫌われてるよ。この前だって友達と外で食べて帰ったら『遅い! どこで何してたの、このクソおにい!』ってキレられたんだぜ? 理不尽すぎるだろ」


 確かに理不尽だ。俺も舞華に似たようなことで怒られたりするので、翔の気持ちは痛いほど分かる。


「お前も大変なんだな……」


 その後も互いに妹の愚痴で盛り上がり、俺は少しだけ胸が軽くなったのだった。






『九月二十八日。

 今日は放課後に偶然にもお兄様と会いました。

 ああ、何という幸運でしょう! 家以外の場所でお兄様のご尊顔を拝めるなんて! もしかして、私は明日死んでしまうのでしょうか?

 ですが死んだとしても後悔はありません。だって学校でお兄様の制服姿を見ることができたのですから。

 家とはまた違った趣に、舞華は興奮を抑えるのに苦労しました。

 しかしそんな素晴らしいご褒美をくださったお兄様に、私は許されないことをしてしまいました。

 お兄様が私に頑張れと言ってくださったのに無視してしまったのです。

 ごめんなさいお兄様。私はお兄様に会えただけでも全身が震え上がるほどの喜びを覚えたのに、お兄様が応援してくださったことに天にも昇るほどの快感を感じてしまったのです。

 お兄様を無視してしまったのは、そんな状態でお兄様とお話しするがとてもとても恥ずかしかったからです。

 決してお兄様が嫌いというわけではありません。だからどうか私を嫌いにならないでください!』

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