昼休み

 家から全力疾走をしたおかげで、何とかホームルームには間に合った。


 ただギリギリだったので、校門前で挨拶運動をしていた舞華にゴミでも見るような目で睨まれたが。


 一応間に合ったのだから怒らないでほしいところだが、どうせ無駄だろう。あいつは俺の言い分などまともに聞いちゃくれない。一方的に説教を食らっておしまいだ。


 普段なら家に帰ると叱られるのは確定なので鬱になるが、今日の俺は違う。


 今の俺は、今朝読んでしまった舞華の日記のことで頭がいっぱいだ。


 今後の身の振り方をしっかり考えなければ、あのヤンデレ義妹は何をするのか分からない。


 ヘタをすると殺されたりなんてことも……、


「ははは、まさかな……」


 自分の突拍子もない発言に苦笑が浮かんでしまう。いくら舞華でもそこまではしないはずだ。……しないよな?


「はあ……」


 結局どうすればいいのか分からず、溜め息が漏れてしまう。


「よう、親友!」


 日記のことで頭がいっぱいになってる俺に声をかけてくる人物がいた。


かける……」


 染めた髪に着崩した制服。そして女受けのいいイケメン。所謂チャラ男だ。


 それが俺に話しかけてきた男――新島にいじまかけるの特徴だ。


「何の用だ?」


「一緒にメシでもどうかと思ってな」


「何だ、もうそんな時間か?」


 教室の時計を確認してみると、すでに昼休みの時間帯だった。


 どうやら考え事をしてるうちに午前中の授業は終わったようだ。俺もメシを食べるべきだが、


「どうしてお前とメシを食わなくちゃいけないんだよ?」


「お前がボッチだからだよ。可哀想だから一緒にメシ食ってやるよ」


 余計なお世話と言いたいところだが、反論しようのない事実なので何も言い返せない。しかし、


「俺なんかよりも、お前とメシを食いたがってる奴がいるんじゃないか?」


「確かにいるけど、俺はお前と食う方が楽しいからな。悪いけど他の奴らは断らせてもらったよ」


 他の奴らというのには、恐らく女子も含まれているはずだ。そいつらよりも俺を優先するとは……もしかして、こいつはホモなのかと疑いたくなる。


 翔は外見の良さもあってクラス内カースト上位の人間だ。対して俺は、クラス内カースト底辺の根暗。一見すると対照的な俺たち。


 そんな俺たちがこうして軽口を交わせるのは、ひとえに中学時代からの付き合いというのが理由だろう。


 翔と俺は、中学時代三年間同じクラスで仲も良かった。当時の翔は今のようなチャラ男ではなく、俺と同じ根暗だった。


 今のようなチャラ男になったのは、高校生になってから。所謂高校デビューというやつだ。


 せっかくクラス内カースト上位に食い込めたのだから、俺みたいな奴との関係もなかったことにすればいいのに、なぜか未だに俺に頻繁に声をかけてくる。


 まあ俺もこいつのことは嫌いじゃないので別に構わないが。


「ほら、さっさと食べようぜ」


「分かった分かった」


 自分の机を後ろに向けて、誰も座ってない後ろの席と向かい合う形にする。翔は空いてる後ろの席に座った。


 くっつけた机の上に弁当を広げる。


「お前の弁当は相変わらず美味そうだなあ……」


「そっちは相変わらず購買のパンか。もし良かったら、お前の分も作ってやるぞ? 一人増えたところで作る手間は変わらないしな」


「マジで……!?」


 俺の弁当に羨望の眼差しを注いでいた翔が、いきなり立ち上がり俺にグイっと顔を近づけてきた。


 軽い気持ちで言っただけだが、まさかここまで過剰な反応を示すとは驚きだ。


「お、おい、少し近い。離れろ」


「あ、ああ、悪い悪い。つい嬉しくてな」


 謝罪しながら席に座り直す翔。


「でも本当にいいのか?」


「問題ない。それより、お前苦手なものやアレルギーが出るものはあるか? あったら言ってくれ」


「いや、特にないな」


 つまり食べ物に関しては、特に気を遣わなくていいということか。なら、弁当の中身は俺と一緒でいいな。


「それじゃあ、早速明日から持ってくる」


「おう。最高の弁当を期待してるぜ、親友!」


 満面の笑みを作る翔。


 少し過剰な期待をされてる気もするが、できるだけ裏切らないように努力しよう。


 そんな決意を固めながら、俺は弁当に箸を伸ば、


「慎吾っち!」


 そうとしたところで、何者かが俺の首に腕を回してきた。


 本来ならここで驚いたりするものだが、俺は決して動じたりしない。


 なぜなら犯人の声には聞き覚えがあったから。というか、俺のことを『慎吾っち』なんて呼ぶ奴は一人しか心当たりがない。


「何をしてる、鎌田かまた……」


 首に回してる腕の主――鎌田かまたみおを睨む。


 女性であることを加味しても小柄な体格。髪は栗色のポニーテール。舞華を綺麗とするなら、鎌田は可愛いといった顔立ち感じの顔立ちだ。


 そんな彼女が可愛らしい顔を不服そうに歪めている。


「もう。いい加減鎌田なんて他人行儀な呼び方しないで、澪って呼んでよ。私たちの仲じゃん?」


「俺とお前はただのクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない。あと腕を退けろ」


「相変わらず冷たいなあ。まあ慎吾っちらしいと言えば慎吾っちらしいけど」


 やれやれとでも言いたげに肩を竦めながらも、鎌田は俺の首回りから腕を退けようとしない。


 腕とはいえ女子との身体的接触は、年頃の男子の心臓に悪いのでやめてほしいところだ。


 鎌田は俺がクラス内で唯一まともに話す女子だ。……恐らく、舞華の日記に出てきた女というのもこいつのことだろう。


 可愛らしい容姿と誰とでも分け隔てなく接する親しみやすい性格のおかげで、クラスの中心となってる。


 クラス内カーストは当然上位で、翔と同じく本来は俺なんかが気軽に話せるような奴じゃない。いくら親しみやすい性格だとしてもだ。


 そんな奴がなぜ俺に気安く話しかけたり、軽くとはいえボディタッチをしてくるのかといえば、恐らく去年のが原因だろう。


 以降、こいつとは現在のような関係になったのだから。


「いったい何の用だ?」


「用がなくちゃ、話しかけちゃダメ?」


「ダメだな」


「むう……ツレないなあ」


 頬をリスのように膨らませて不満を口にする鎌田。


「まあ一応用はあるんだけどね。実はさっき二人が至近距離で見つめ合ってるって聞いたから、ここまで走ってきちゃったよ」


「何で俺たちが見つめ合ってるだけで、お前が走る必要があるんだよ?」


「だって慎吾っちと翔っちの二人だよ? 『慎×翔』が実現するかもしれないって思ったら、女の子なら誰でも駆けつけちゃうよ!」


「おい待て! 『慎×翔』って何だ!?」


 まるでBLのカップリングのように感じるのは、俺の気のせいじゃないはずだ。


「あれ、慎吾っち知らないの? イケメンの翔っちと根暗の慎吾っち、意外だけど斬新なカップリングってことでウチのクラスでは有名だよ?」


「ふざけんな!」


 何だその扱いは? 俺はクラスメイトの女子にいったいどういう男だと思われてるんだ?


 教室内を見回す。なぜかクラスメイトの女子たちが一斉に視線を明後日の方向にやった。


「……おい翔。お前は知ってたのか?」


「あー……まあ一応は。でも気にする必要はないと思うぞ? 騒いでるのはウチのクラスの女子だけだし」


 それを気にするなで済ませるのは無茶だと思ったが、翔の何もかも諦め切った表情を見てたら何も言えなくなってしまった。


「それで? 二人は見つめ合いながら何の話をしてたの?」


「別にお前の期待するような話はしてない。ただ俺がこいつに弁当を作ってやるって話をしてただけだ」


「弁当!? それってつまり、二人はもうデキちゃってるの!?」


「違う! 俺はいつも味気のないパンばかり食ってる翔が可哀想だから、作ってやろうと思っただけだ!」


「何だ、つまらないの。それにしても、慎吾っちのお弁当か……」


 俺の言葉に不服な態度を示した後、今度は俺の弁当を見る。


「ねえ慎吾っち、その弁当私にも作ってくれない?」


「はあ? いきなりどうした?」


 唐突な鎌田の申し出に首を傾げる。鎌田の意図が読めない。


「だって慎吾っちのお弁当、いつ見ても美味しそうだったんだもん……ダメ?」


「いや別にダメってわけじゃ……」


「本当に? じゃあお願いね!」


 結局半ば強引に鎌田の分の弁当を作らされることが決まってしまった。


 こうして、明日から弁当を追加で二人分作ることになるのだった。



 

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