第7話

 塾にも行かず、部室にも寄らず、少女は暗くなっても家に帰らずに街を徘徊していた。月よりもネオンのほうが明るい通りを俯いて歩いていると、人とぶつかりそうになったり、赤信号に捕まって立ち止まらされたり、変な人に声をかけられたり、街路樹の根元に空き缶が捨てられていたり、そのすべてが自分のせいに思えた。

 少女は呪詛を吐きながら早足で無目的に歩き、気がついたときには繁華街から住宅街に移っていた。ライトが切れかけた街灯が照らす道では月明かりが鮮明に見え、心なしかいつもより月が大きく見えていた。スーパームーンの時期かどうかなどと、少女に考えている余裕はなく、ただ家に帰りたくない思いだけで住宅街の入り組んだ道を縫うように歩いていた。

 何も考えていないと足は行き慣れた道を自然と選択していくらしく、彼女がたどり着いた場所は公園だった。幼い彼女が遊んだ場所であると同時に、絵を描くきっかけとなった場所でもある。

 この公園は夏になるとひまわりが咲き誇る花壇があり、少女が住まう自治体の名物のようなものだった。

 小学生だった彼女はその美しさを永遠に残しておきたい、と色鉛筆を取り、未熟な腕で写生して、それを夏休みの課題として提出した。その絵はとある小さなコンテストで市長賞に輝き、少女は家族や学校のみんなから褒め讃えられた。彼女が、芸術は人を笑顔にするものであると実感した瞬間であり、また、絵を描くことを職業にしたいと夢を願わせた瞬間でもあった。

 しかし、その瞬間に立ち会っていたはずの母から否定され、荒んだ心の少女では美しい思い出を脳に蘇らせることはできなかった。

 彼女はただ、なにも思うことなく位置の低いブランコに腰掛けて、揺られることもなく、虚ろな瞳で地面を見つめ続けていた。

 そのとき、誰かが静かな足音とともに公園の中に入ってきた。

「こんばんは、お嬢さん」

 少女は顔を上げ、焦点の合わない瞳でその人を見た。背は高いが線は細く柔らかで、やや長い髪を顔にかけて柔和に微笑むその見た目は女性的でさえあった。

「私が力になりましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る