第6話

「すこし、いい?」

 ある日の放課後、また塾に行かなくては行けないのか、と少女が鬱々とした気分で机の上を片付け、席を立ったときのことだった。彼女の友達、すくなくとも誰かに紹介するときはそう呼んでいた、クラスメイトが腕組みしながら少女を睨むようにして立っていた。

 その後方には廊下から教室の中を覗うような姿勢で他クラスの女子がいた。彼女たちの目つきは一様にクラスメイトと同じもので、少女を敵かなにかのように睨んでいた。唯一違うものがあるとしたら、同じ美術部でありながらほとんどことばを交わしたことのない隣のクラスの少女がおどおどとしているくらいだった。

 それでも、彼女は他クラスの少女たちに守られるような布陣の中心にいて、首謀者ないし、今回の用事の中心人物であることは明白であった。


「あんた、告白されたのに返事してないんだって?」

 あの少年はそんなことまでこのクラスメイトに話していたのか、と少女は落胆した。甘やかされて育ったような顔つきの彼はきっと、自分の思い通りに動かない少女に腹を立て、遠まわしに彼女たちを使って少女を追い詰めているのだろう。

「この子が彼のこと好きだってこと、知ってるよね?」

 少女はおどおどとしている中心人物を見やった。名前しか知らない彼女の好きな人など知っているはずもない、と彼女はわめきたてるクラスメイトを白けた気分で見ていた。

「あんたが相手ならって身を引いたのに。断るどころか返事もしないなんて、この子の気持ち考えたことあるの?」

 私の気持ちはどうなるのだろう、と少女は思った。それは、怒りをぶつけてくるクラスメイトに対してだけではなく、少女の意見を叩き潰して自分の考えを押し付けてくるあらゆるものに対する怒りだった。

「うるさいなあ」

 少女の投げやりなことばに驚いたクラスメイトは目を見開き、ことばに詰まった。

「だったら告白すればいいじゃん、自分から」

「そんなことしたら、彼を困らせるでしょうが。だからまず」

「そんなこと言って、ただビビってるだけじゃん。相手のこと考えてるようなこと言って、要するに自分が振られたくないだけなんでしょ」

 おどおどとしていた少女は両手で顔を覆って泣き出した。

「自分の臆病を人のせいにしないでよ」

 クラスメイトが少女の頬をぴしゃりと叩いた。

「サイッテーだよ、あんた」

 なぜか叩いたクラスメイトのほうが瞳に涙を浮かべ、少女を睨んでいた。それを見たとたん、少女は自分の高ぶっていた気持ちが急速に冷えていくのを感じた。残ったものは、どうせ自分が全部悪いんだ、という諦めのような、被害妄想にも近い自暴自棄な考えだけだった。そんな考えはやがて自身の心を燃やし、理性が保てなくなるだけだ。しかし、彼女の近くにはそれを止めてくれる人間がいなかった。

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