第5話

 それから少女は素直に塾に通うことになった。部室に行くとあの少年が待ち構えていそうで、また、そうでなかったとしても会うだけで気まずくなりそうで嫌だったのだ。

 彼と少女の唯一ともいえる接点が美術室であったので、そこさえ避けていれば会う確率はかなり少なくなる。絵を描きたい気持ちを抑え、しばらくの間はおとなしくして母を満足させようと思ったのは、先日の罪悪感からでもあった。

 とはいえ、勉強を避けて絵ばかりに神経を注いでいた彼女が塾に行って即座に適応できるはずもなく、慌しい時間を過ごす羽目になった。再び通いだしたそのときからすでに周りにはおいていかれており、ノートを取ることに一生懸命で話に集中できずその日習ったことさえ頭に残らずまたおいていかれる。そもそも勉強の仕方が身についていないのだ。少女はまったく身にならない塾通いを続けてもんもんとし、絵を描きたいという欲だけが大きくなるのを感じていた。


 そんな状態で受ける模試の結果がよいものであるはずもなく、返ってきた用紙には志望校合格率二〇パーセントと表記されていた。こんな紙があることをおそらく母親は知らないだろうから、と少女はその用紙を握りつぶしてカバンの奥底にしまった。

 自分が本当に行きたい大学になら実技試験で簡単に合格できるのに、と少女は母が指定した国立大学に受かるための勉強にはやくも疲れを感じていた。

 そして、少女が向かった先は美術室であった。イーゼルを立ててまっさらなカンバスを乗せ、パレットに取り出した絵の具を混ぜ合わせて絵筆でそれを塗りたくる。一心不乱に、夢で見た光景を写しだす。理論理屈ではなく感覚で、計算などせずに思いつきで色を混ぜていく。カンバスに余白がなくなってようやく少女は手を止めた。

「なに……これ」

 そうやってできた絵は乾く前に違う色を重ね塗りされたせいで混ぜ合わされ、紫のような、焦げ茶色のような、限りなく黒に近いさまざまな色で構成された混沌のようだった。

「違う! 違う!」

 少女はその絵を破り、それ以上形を変えることがなくなるほど力を込めて丸め、床に叩きつけた。転がるゴミを見て力が抜けたように崩れ落ち、自分が描きたい絵はこんなにも醜いものではない、と泣きじゃくった。

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