第4話

 少女が家に帰ったとき、母は夕食の準備のためにキッチンに立っていた。少女は自分の部屋に向かう前、リビングに立ち寄った。

「ただいま」

「ずいぶん早いのね」

 おかえりも言わないのかよ、と少女は舌打ちし、テーブルの上に置かれているかごの中からクッキーをひとつ取り上げ、包装紙を破って口に運んだ。

「またご飯の前にそんなの。手は洗ったの?」

 少女は生返事し、新聞のテレビ欄に目を通して今夜見たい番組があるかどうかを確かめた。

「どうせまた塾に行かないで絵でも描いてたんでしょ。受験生なのにそんなんでいいと思ってるの?」

「明日は行くよ」

「いくら絵なんて描いたって芸大になんて行かせられるお金、うちにはないわよ。先生だってあんたの絵じゃ無理って言ってたんでしょ?」

「うるさいなぁ」

「あんたのために言ってるんでしょうが」

「わた……」

 私のこと思ってるんなら、行きたいところに行かせてよ、と少女は言いかけて、口をつぐんだ。

「自分が行けなかったからって、私に八つ当たりしないでよ」

 代わりに少女の口をついて出たことばは彼女自身予想していないものだった。

 確かに彼女の母は若いころ、芸大に行きたいと思いつつも経済的な理由か、才能の問題かは定かではないが、希望した進路を進めなかった。そして、そのことを思い出すたびに不平を漏らしており、少女は母に同情していた。同時に、娘に同じ思いをさせたくないはずだと思い、母はどんな進路であっても応援してくれるだろうと期待していた。

 しかし、現実はそうはならなかった。いま母はかつて自分が体験した気持ちを娘に味わわそうとしていたのだ。彼女は本心から娘の将来を心配しているつもりなのだろうけれど、少女は納得できず、不満を募らせていた。それが、さきのままならなさからくるストレスのせいで抑えきれなくなったのだった。少女は自分の失言に気がついて母を振り向くと、彼女は傷ついたような表情で娘を見ていた。

 傷ついているのは私なのに、と少女は母の顔を見て悲しくなり、俯いたまま一目散に自室に逃げ込んだ。鞄を机の足元に投げるような勢いで置き、ベッドに倒れ込んで枕を抱き寄せ、顔をうずめてため息をついた。


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