第3話


 暗くなった坂道を歩くふたりを照らす明かりは街灯と月だけであった。

 十字路を左に折れて踏切を越え、春になったら満開に花開く桜の木を通り過ぎて住宅街に続くまっすぐな道を歩いた。

「まだ絵を描いてるってことは、やっぱり芸大に行くの?」

「親は反対してるけどね」

「それでもすごいよ。僕にはできなかった選択だから」

 ふふ、と少女は笑った。

 たとえ多くの人から反対されている夢であっても、たったひとり応援してくれている人がいるというだけで、彼女にとっては自信に繋がるのだった。

「京都だから、すこし遠いんだよね」

「芸大なら東京にだってあるのに、なんで京都なの?」

「なんでだろうね」

 少女は月を見上げた。まるで、そこに答えが書かれているのだというように。

「呼ばれた気がしたの」

「?」

「あ、また変なこと言ってるって思ったでしょ」

「そんなことないよ。……そっか、呼ばれたんだね」

 うん、と少女はこの夏休みをかけて見て回った大学たちを思い出し、なかでも刺激的であった京都に思いを馳せて微笑んだ。

「ねえ……」

 ふたりが別れる三叉路に差し掛かったとき、少女はすこし後ろを歩いていた少年の声を聞いて振り返った。俯いていた少年は肩を強ばらせたまま少女の目を見ることなくことばを続けた。

「僕、ずっと君のことが……好きだったんだ」

 少女は驚いた。まさか、このタイミングだとは思わなかったから。

「そう……なんだ。全然気がつかなかったな」

 少女はそう言って、硬い表情で微笑んだ。

 しかし、彼女のセリフは嘘であった。

 彼女は以前から少年の好意に気がついていた。彼の行動に、ことばに、眼差しに、その好意がにじみ出ていたから。

 だが、少女は彼の好意に答えるつもりはなかった。彼は好みのタイプではなかったし、受験や部活でそれどころではないと思っていた。しかし、彼の好意が彼女にとって自信につながる重要なものであったから、みすみすそれを失うのは惜しいと思い、あるていどの接近は許すが、告白のチャンスを与えるようなことはしていなかった。成功すると思われてしまえば、彼は思いの丈を少女にぶつけてくるだろうし、脈がないとばれてしまえば彼は諦めてしまうだろう。少女はその絶妙なバランスを維持していたつもりだった。

 しかし、ときたま一緒になるていどであったただの帰り道が、卒業というタイムリミットの接近によって告白に耐えうる特別なシチュエーションになってしまうとは思ってもいなかったのだ。

「だからって、どうかなりたいわけじゃないんだ。ただ、僕の気持ちを知っておいてほしくて」

 少年はそう言って駆け出し、少女の横を通り抜けて去っていった。

「あー、もう」

 少女はまた答えを出さなくてはいけない問題を突きつけられた苛立ちで悪態をつき、空を蹴った。

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