ふしぎっぎ!! UFO編

蔵之介

UFO編

 僕は、特別な用事がない限り、いつも決まった日常を過ごしている。


 毎朝6時30分に起きて、妻の弁当を作る事から僕の一日は始まる。


 7時、夢うつつで寝ぼけまなこの娘を抱いて、妻が起きてくる。

 娘のオムツを妻が替えている間に、僕は僕たちの朝食と娘の朝ごはんを用意する。


 娘の朝ごはんの前に、妻が出勤する。

 僕の作った弁当を持って、僕と娘を食わす為に妻は働く。


 娘の朝ごはんが終わると、娘をしばし教育テレビにお任せして、僕は掃除、洗濯、昼食作りとあくせく動く。


 それから娘が眠くなるまで少し遊ぶ。

 寝相の悪い娘が大人ベッドでゴロゴロするのを横目に見ながら、僕は資格の勉強をする。


 娘が起きると、昼食まで少し遊ぶ。

 最近は僕の後を付いて回って、碌にトイレにも行けなくなってしまった。


 上の歯が生えてしっかりもぐもぐ食べる娘の成長を噛みしめながら、めちゃくちゃになった床を掃除して、ようやく僕が昼ごはんを食べる番。


 ピタゴラ装置のビー玉に心を奪われている娘に、幼児向けのDVDを見せている間に、スマホ片手に昼ごはんを食べる。


 見ているのは、主に巨大掲示板のまとめサイト。

 ジャンルは問わない。

 事件、事故、ゲーム、アニメ、政治、生活。

 目に付いたもの、片っ端から読む。

 最近はツイッターというものにも手を出した。


 この一時間にも満たないほんの僅かな外との繋がりこそが、家に引きこもって育児に明け暮れる僕の唯一の息抜きだった。

 行儀が悪いといつも妻に怒られるけれど、なかなかやめられない。



 ふと、とある記事に目が止まった。





『へんな形の雲があったんだけど!?』


 海外の面白画像をたくさん集めたまとめサイトが面白い。

 その中に、まさに絵に描いたようなUFOの画像があった。

 昨今のCG技術の進歩は目覚ましい。背景に違和感なく溶け込んでいる。昔は画像も写真も荒かったから、合成なんてすぐに見破られたものだけど。

 本物か偽物かなんて、この際どうだっていいのだ。楽しめればそれでいい。

 そういや昔は事あるごとにUFOの特番が組まれていたもんだけど、ぱったり取り扱わなくなったのはこの映像技術の進歩とネット環境がそうさせたのだろう。

 もはやネットを徘徊すれば、このような類いの画像や動画なんて腐るほどあるのだから。






「UFO」を知っているだろうか。


 正式名称、未確認飛行物体。

 その名の通り、なんであるか確認されていない、正体不明の物体の事である。

 "UFO"はエイリアンクラフトという意味で使われることが多い。

 世界中で目撃例が絶えず、UFO愛好家なる者も多くいる。

 ここ近年、映像技術の向上により、そのUFOの種類も多岐にわたり、より鮮明に映し出され日々審議が交わされている。

 古代よりその存在は確認され、言わずもがなオカルト好きにはたまらない話題の一つだろう。






 ふと、思い出す。


 僕の話を聞いて貰えないだろうか。

 娘がボール遊びに夢中になっている間に。


 僕の体験した、ちっとも怖くはないけれど、ほんの少し日常から外れたお話を。






【UFO】





 金曜日、僕は学校が終わると一目散に帰ってくる。



 15時35分。下駄箱を突っ走り、学校の坂をつんのめるように爆速する。

 15時42分。学校の目の前にあるバス停は、運が悪いと生徒がごった返して乗れない。だから僕はその前のバス停に走る。


 定期券外だから追加料金を払わなきゃならないけど、そんなの構っていられない。


 このバスに乗らないと間に合わないのだ。



 バスに揺られて20分。バスは町に向かっている。

 町に着いたら乗り換えだ。

 このバスに乗ることさえできれば、僕の家まで直行で行けるバスに、スムーズに乗り換えができるのだ。


 少しでも遅れたら、一時間は待たなければならない。

 しかも直行でもなく、また違う町で乗り換えねばならないのだ。



 バスは学生と老人達を乗せて、夕方の混み合った道路を進む。

 片側二車線の県道。県民性なのか、バスも車も運転が荒い。



 16時55分。バスがようやく到着する。

 終点場なので、バスはぐるりと広いバス停を一回転。このゆっくりとした旋回が、もどかしくて堪らない。

 運転手の「ありがさんすた〜」の声と共に前の扉が開いて、最初から最後まで一番後ろに座りっぱなしだった僕は立ち上り、定期券をバババ!と見せて飛び降りる。




 家までの最後の小さな坂を登れば、左に曲がって3軒目が僕の家。



 母が居ようが居まいが、僕は家の合鍵を持っている。

 僕の帰る姿を見てシッポを振る雑種の愛犬の頭をひと撫でし、玄関まで出迎えてくれた雑種の愛猫を胸に抱いて、居間に滑り込む。



 17時。

 テレビをつけ、

 ああ、良かった、間に合った!


 大抵、オープニングの曲が流れている間に帰りつけるのだ。

 僕は聞き慣れた曲を口ずさみながら制服を脱いで、ようやく腰を落ち着けた。





 僕は高校生。


 恥ずかしながら、この年齢でとあるアニメにハマっていた。

 聞けば誰もが知っているロボットアニメだ。

 ロボットなのに戦いは肉弾戦で、無駄に熱くて恥ずかしい台詞が面白くて、キャラクターはみんな濃ゆくて、なにより泣ける。


 金曜日の夕方。

 僕はこのアニメのために一週間を乗り越えているといっても過言ではない。


 元々あまりアニメに興味のなかった僕が、何の気なしに見た一話で見事にハマって、それから毎週金曜日はこんな調子なのである。


 余談だが、この後にある女の子向けのアニメも何気に気に入っていたりする。小学生が赤ちゃんを育てる奮闘記だが、これもかなり泣かせてくるので観るときは注意が必要だ。




 この日も僕はきちんと間に合って、居間に寝転がってアニメを見ていた。


 季節は冬。

 17時も過ぎると、外は途端に暗くなる。


 物語は佳境に入っている。

 立て続けに主要人物が死んで、僕の涙腺は崩壊しまくりである。




 僕は今、中途半端な田舎の住宅街の一軒家に住んでいる。


 小学6年生の時、この地に越してきた。

 その前は町工場が立ち並ぶ労働者の町の市営団地に住んでいて、あと一年間そこにいれば、六年間を同じ小学校で卒業出来たのに転校してしまって、新しい小学校では全く馴染めなかった苦い思い出がある。



 地理的には、前の団地と今の家は隣同士の区である。

 車では20分ほどの距離だ。


 だけど、スーパーも公園も病院も散髪屋も何もかもあったあの大きな団地と違い、この土地は何もなかった。



 まず、田んぼか畑か山しかない。


 同級生は殆どが畑持ちで、昔話に出てくるような大きな家に住んでいる。

 山を一つ越えたら海があって、夏はチャリンコで波止場に泳ぎに行く。


 逆側の山を越えたら小学校で、5クラスもあった前の学校と違って2クラスしかない。

 また違う山を越えたら中学校だ。

 中学校だけバスの通る大通りに面していて、すぐそばを流れる小さな川を越えたら、前の小学校の校区になっている。



 個人がやってるスーパーは最近潰れてしまって、コンビニは車で10分以上もかかる。

 後は怪しい駄菓子屋さんがあるが、怖くて暗くて僕は数える程度しか行ったことがない。




 父がこの家を買った時、この地区唯一の新興住宅で、僕らの他に30戸ほどの家が立ち並んでいる。

 それ以上新たな家は建っていない。地主が新しい住民を好んでいないらしい。


 点滅信号を越えた先に昔からある県営住宅と、何かと問題に挙げられる同和地区があって、はっきりいってヤンキーばかりの治安の悪い地域だ。



 バスは行きも帰りも一時間に一本しかないので、この土地では車がないと生きていけない。


 だから僕の住む住宅街は、家族分の車があちこちに路上駐車がしてあって、警察も一切取り締まらないから無法地帯だったのだ。

 いずれ僕らも5台の車を停める事になるのだから文句は言えないし、数年後に実際そうなった。



 僕の家は、30戸ほど固まった住宅街の、坂の一番上にある。


 目の前は市が管理する空き地で、二メートルほどの丘になっている。

 草はボウボウと荒れ放題で、我が家の犬と猫の格好の遊び場だ。



 丘と僕の家の真ん中に、住人が使う名もなき道路が通っていて、勿論それは中央線すらない狭い生活道路だ。

 基本的に僕ら住宅街に住まう人しかそこを通らない。

 道路は狭く、軽自動車であっても二台同時すれ違うことはできない。


 信号避けでたまに知らない地元の人が走っている程度で、碌に車も通らないとても静かな場所に、我が家はあったのだ。





 僕が高校生だったこの時期、我が家には父と母と僕の3人しか住んでいなかった。


 兄は遠方に就職して寮に入っていたし、当時小学6年生だった妹は、色々と問題を抱えてここよりも遥かに田舎な土地に、山村留学に行っていた。



 母は相変わらずパート勤務で夕方しか帰ってこないが、この日は父の仕事の関係で一緒に出かけていて、要するに僕はこんな広い家に、ただ一人きりであったのだ。




 僕は人目も憚らず、思う存分アニメに感動して泣いて、とても満足していた。


 母が用意した晩御飯とカップラーメンを食べ、ひとりの夜を楽しんだ。



 犬のオレオを勝手口に入れ、猫のチコをコタツの中に突っ込んだ。

 寒い冬だ。

 オレオもチコも、思うがままにのんびりしている。





 時刻は確か20時前だったか。

 父と母はまだ帰らない。


 僕は居間に寝転がったまま、テレビを見ている。



 居間からは、カーテン越しに空き地の丘が見える。

 前に家がないので、こうやってカーテン全開にしても人目が気にならないのがいい。


 たまにシャアっと、ヘッドライトをつけた車が通る音がするだけで、とても静かでとても落ち着いた夜だった。






 そこで、僕は不思議なものを見るのだ。



 いい加減、テレビも飽きていた。

 何の番組だったのかは覚えていない。


 母に風呂を洗ってくれるよう頼まれていて、このあったかい空間から中々出れなくて、いつまでもグタグタしていた。




 ぼう、とテレビを眺めていた時、ふと目に二つの光が入ってきた。



 光の間隔から、最初は車のヘッドライトだと思った。

 父と母が帰ってきたのだろうか。

 やばい、まだ風呂掃除はやっていない。



 怒られる前にと、重い腰を上げた。


 チコはこたつの中で寝ている。僕の足を枕にしていたから、体勢が変わってゴロンゴロンしている。

 オレオは我関せずに丸くなっている。外犬だが冬は寒い。勝手口にラグを敷いて、夜はその上で過ごすのだ。




 ん?



 ヘッドライトが両親の車のものだったら、居間を通り過ぎて隣の和室の真正面で切り返し、バックで駐車場に入れるはず。



 おかしいのだ。



 ヘッドライトは、僕のいる居間を照らしている。


 そういえば、車のタイヤの音がしない。

 両親が帰ってきたわけじゃないのか?


 違和感が僕を怖がらせ、僕は中腰の姿勢のまま固まっている。



 だっておかしいのだ。



 先も述べた通り、僕の家の前を走る道路は名もなき生活道路。

 中央車線もなく、家と電柱に挟まれたアスファルトは細く、車は二台同時にすれ違う事すら叶わない。

 どちらかが寄って譲らないと、通れないのに。


 増して居間の真ん前の小道は、電柱が出っ張っていて更に狭くなっている。




 変なのだ。

 に。


 車がが。




 前は二メートルはある空き地の丘の斜面。飛び出た電柱。そのすぐ横は隣の人の路駐車。




 僕に向かって縦に車が真正面を向くなんて、絶対にあり得ない!



 そう理解した瞬間だった。


 二つの光が僕を煌々に照らしたのだ。

 それはヘッドライトを間近でハイビームにされたような眩しさだった。


 等間隔の光は、僕を照らし続けている。




 眩し過ぎて目が開けていられない。


 何の音もしない。


 テレビはずっと付いているのに、その音でさえも聞こえない。

 ただ、何故か台所の冷蔵庫の稼働音、あのブーンというノイズがやけに大きく聞こえていた。




 固まったまま考える。


 あれは、なんだ?




 間違いなく車じゃない。


 丘の上の空き地から僕の家を照らしているかとも思ったが、こんな夜にそんなことを仕出かす意味も分からないし、なにより空き地の入り口はボヤ騒ぎがあってから封鎖されている。

 それに丘は二メートルもある。どう考えたって角度がおかしい。




 怖い、眩しい。


 怖い、なぜ僕を照らす。


 どうしてずっと照らすのだ。




 そういえば、猫は心霊的な気配を察知するという。田舎はこういった話が多いから、その類なのかとコタツの布団を捲り上げたが、肝心のチコがいない!



 さっきまでこの中で僕の足に爪をひっかけて寝ていたのに!!



 勝手口を振り返って惰眠を貪るオレオを見る。こいつはさっきから僕の状況など丸無視で呑気な態度だ。

 あてにはならないが、ここに僕以外の誰かの存在がいる事に安心する。



 何の嫌がらせなのだと思った。

 落ち着いてくると、余裕も出てくる。


 こんな夜に眩しいったらありゃしない。



 庭に出て行って、文句の一つでも言ってやろうかと思った。



 居間の大窓を開ければ庭に出られる。

 役に立たないオレオしか味方はいないが、一人きりより遥かにマシである。



 僕は意を決して立ち上がり、窓へと近づこうとした。



 その時、ある事に気づく。


 この光が道路も庭も通り抜けて、僕が今まさに開けようと思った窓のすぐ

にいる事を。



 僕は愕然と竦んだ。


 庭を入ってくるなんて!それに光の位置は一定だ。

 家の前にはフェンスも目隠し用の木もある。乗り越えたとすれば光は上下するだろうし、、僕はいま何を考えた?



 そもそもフェンスも目隠し用の木もあるっていうのに、どうしてこんなにハッキリと光のライトが見えるのだと。



 もう大混乱だった。




 その光は最初から窓を隔てたほんのすぐ側にいたのだ。

 僕のすぐ近くに。




 そして僕はその正体をUFOだと決めつけた。




 だってそうだろう?


 心霊現象だったら僕は発狂する自信がある。

 生身の人間で不審者か泥棒だったら、僕の命の危機だ。


 でも、UFOだったら、それよりは少しだけ怖くない。

 テレビで観たことがある。宇宙人はちょっとだけ拐って何か変なものを埋め込んですぐに帰してくれると。

 幽霊や泥棒よりマシじゃないか!




 僕は居間のど真ん中に踏ん張って、二つの光がと対峙した。


 光はどんどん強くなって、僕を包み込む。




 ああ、飲み込まれる。


 拐ってもいいから、来週の金曜日までには帰してほしい。

 あのアニメのクライマックスを見逃すわけにはいかないのだから。



 そんな事を思いながら目をぎゅうと瞑り、瞼の外側の白い光が瞬いたのを感じる。





 来る!


 そう強く思った瞬間だった。




 ゴインと急に頭に衝撃が走ったのだ。


「痛っ!」


 驚いて目を開ける。



「立ったまま寝るな。風呂掃除はどうした」


 野太い聞き覚えのある声に身体がビクつく。

 目の前に作業服姿の父が立っている。

 凄く不機嫌そうな顔。


 その後ろで母が笑っている。



 我に返るのは早かった。



「え!おかえりなさい!すぐやります!!」


 いつのまにか両親が帰っていた。


 付けっ放しのテレビの音が戻っている。

 くだらないバラエティ番組のわざとらしい笑い声が耳につく。



 父の鉄拳パンチが飛んでくる前に、慌てて風呂場へ向かった。

 仕事帰りの父は本当に怖いのだ。





 窓の外は何もなかった。


 あれだけ眩しかった光は無くなって、冬の真っ暗な夜があるだけだった。




 ■■■




 風呂上がり、土産の饅頭を頬張りながら僕はさっきの出来事を両親に語っていた。


「車のライトを見間違えたんよ。それよりあんたが立ったまま寝てた方が変やわ」


 母が笑う。

 父は黙って夕食を食べている。


「ほんとやって!それに考えられんやん?居間を照らすとか無理やん?道路を縦に止めるスペースとかないやん」


 必死に説明するも理解してくれない。

 子供の戯言。いや、夢と思っているのだろう。


 僕はもう高校生で子供じゃない。



「ライトは僕を真正面に照らしてたんよ!うちにはフェンスも木もあるやん。車高が高くないとあり得んやろ?」


「じゃあパジェロだ、それ」


「パジェロ」


「車高高い。でかい。パジェロやん」


「だから車の音すらしなかったんだって!!」



 結局最後まで両親はこの不可思議な現象を信じてくれなくて、犯人はパジェロと結論づけられて僕は二階の自室に追いやられてしまった。



 光に包まれた一瞬で僕は連れ去られてしまったのだろうか。

 それとも両親が帰ってきたから未遂に終わったとか。


 なんにせよUFOに攫われると記憶を失うというので今更僕に確かめる術はないのだけど。




 何となく釈然としない気持ちを抱きながら僕は眠りにつくのであった。


 怖さが尾を引いて電気を消すことは出来なかったけれど。








 この話には続きがある。




 あの日より数週間が経った。


 ようやく怖い気持ちが薄れて電気を消して眠れるようになった頃だった。




 僕はまた、あの光を見る事になるのだ。




 僕の自室は二階。

 居間の真上にある。



 時刻は夜中。僕は夜更かししてライトノベルを読み耽っていた。

 あれはハマるとやめ時が分からない。この巻を読んだら寝ようと思ったその手が次の巻を取っているものだ。



 静かな夜。すごく遠くに暴走族のバイクの爆音が聞こえるのみで、いつもと変わらない夜だった。



 あの時と同じ、冷蔵庫のノイズがした。

 僕は瞬間的に思い出し、本を放り投げて電気を消した。


 布団を頭から被って、窓から外を覗く。




 僕を探しにきた。

 見つかってはいけない。


 何故かそう強く思った。




 光が唐突に現れた。


 道路をゆっくりと進み、僕の家の居間の前で止まる。



 二階からは光の様子がよく見える。



 ライトが二つ。車のように等間隔に並んで。


 光は居間を照らす。

 両親はすぐ隣の和室で眠っている。


 誰もいない真っ暗な部屋を、探るように照らし続ける。



 すると光は庭のフェンスを通り抜けて、居間の窓にへばり付いた。




 何がパジェロだ。フェンスを貫通するパジェロなんて聞いた事がない。





 それに。


 UFOですらない。





 上から食い入るように見つめても、光以外は何も無かった。てっきり光の発生源、機械的な何かがあると思っていたのに。

 あるのは二つの光だけ。



 何しに来たんだ。

 何故、僕に執着するんだ。


 あの光は何なんだ。

 あれに見つかったら、僕はどうなる。




 その時だった。


 三つ目の光が、二階の僕の部屋の前を横切ったのだ。





 僕はまさか三つ目があるなんて思わなくて、余りにビックリしてベッドから転がり落ちてしまったのだ。


 僕の部屋の前を一度は通り過ぎた光がまた舞い戻ってきて、僕の気配を探り出す。




 僕は怖くて怖くて。




 一階の二つの光がふわりと浮いて僕の部屋を照らした時。


 僕は居ても立っても居られなくて部屋から飛び出し、春休みで家に帰って来ていた妹のベッドの中に転がり込んだ。


 スヤスヤと寝行っている妹の小さな体をしっかり抱きしめて、これで攫われるなら一人きりじゃなくて妹も一緒だと、勝手に妹を巻き込んで安堵する。




 開けっ放しの僕の部屋から光の瞬きが漏れていたが、一時間もするとそれも収まり静かになる。





 僕は部屋に戻らなかった。



 よくあるだろう?

 一度去ったと見せかけて、実は監視して張っていた罠だったとか。



 妹を抱きしめて僕は眠った。


 朝、何がなんだかといった表情の妹に叩き起こされるまで。







 結局あの光がなんだったのかは分からない。

 不可思議な体験はあれきりで、あの後一度も現れていない。


 大人なった今、自分の車を持つようになって何度かあの光が再現できるか実験した事もあるが、やはり縦になる事が不可能で車のライトという可能性がゼロになっただけである。



 あの時、両親の帰りがもう少し遅かったら。


 あの時、妹がいなくて部屋に僕は一人しかいなかったら。




 僕はどうなっていただろう。




 絶対に家に帰してくれるのなら、少しだけ攫われても良かったと思う。

 だって満を持して迎えたアニメの最終回が、主人公とヒロインのこっ恥ずかしい必殺技で終わって、とても観ていられるものじゃなかったからである。



 ちなみにあの日から1ヶ月は、僕は部屋の電気を消すことが出来なかった。



 いずれにせよ、人外魔境のモノなのは間違いないだろうから。

 僕を怖がらせるには充分だ。





 ■■■



「ただいま」


 19時50分、妻が帰ってきた。

 娘が千鳥足で妻に駆け寄る。抱きしめ合う二人を見て幸せだと僕は思った。


「おかえり。今日のご飯は餡掛け肉団子と卵巾着だよ」


 僕の一日。

 娘が寝たらこれで終わりだ。






「あの最終回を見るなって警告に来てくれた親切な宇宙人だったりしてな。よくいうやん?UFOの中身は未来人だって」


 よく染みた巾着の汁をボトボト零しながら妻が言う。


「あれは師匠の最期が最終回だと何度言えば」


 妻と僕は8つも離れているのに、好きなアニメが被っている事こそが不思議だ。


「じゃああれは不本意な終わり方をするアニメの度に出てくるってこと?あの後一回こっきりだったのに」


 だよねえ。そしたら私の周りを四六時中光が飛んでる羽目になるわな。


 そう言う妻はゲーマーである。

 なかなか彼女の納得するエンディングを迎えるゲームに出会わないらしい。

 彼女の至高とする「ドラクエ3」を超えるゲームなんて早々ないと思うけども。






 唐突に現れ、突然消えた光は僕の錯覚だったのだろうか。



 でも世の中では理屈では説明出来ない摩訶不思議な事がたくさん存在する。


 僕が遭遇した光がその一つだったとしても、それほどおかしな事ではないのかもしれない。





 それにしても、あの時僕は本当に攫われなかったのかな。



 どうしてだろう。




 そこはかとなく僅かに残る記憶に、のだけど。




終わり。

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