「ええええええええええええええ!?!?!?」
池田蕉陽
第1話 青天の霹靂
目が覚めると、そこには知らない天井があった。白ではなく、灰色でコンクリートのようだ。
ここはどこかと考えるより先に、俺は上半身を起こそうと腹筋に力を入れた。
しかしどうしたことか、俺の体は起き上がらない。申し訳程度にピクリと動いただけだ。
今気づいたが、鼻に違和感がある。チューブを通されているようだ。その先を辿ろうと首を左に動かす。幸いにも首は動いたが、それだけでも大分辛かった。
チューブの先は心電計があり、画面上で波打っている。どうやら俺は生きているようだ。当たり前だ。
しかし、なぜ俺がこんな状況なのかは理解が出来ない。何かが起きて、俺の体をこうさせたのは確かなはずだ。でも、その何かが分からない。俺は試しに記憶を遡ってみる。
確か俺は高校の文化祭を楽しんでいた。彼女が出来て初の文化祭だからかなり舞い上がっていたのを覚えている。ノリで彼女の
そうだ、俺は舞と体育館の舞台で漫才をしていた。
それからの記憶が無い。つまり俺は漫才の途中で異変が起きたのだろうか。漫才が終わった記憶が無いので多分そうなのだろう。
でも一体なにが……?
その時だった。
足音が聞こえてくる。徐々にこちらに近づいてくるようだ。医者か看護師だろうか。そこで1つ疑問が生まれた。
本当にここは病院なのか?
不自由な体のせいで辺りを見渡すことは出来ない。首だけでは限界がある。心電計があるので病院かと思ったが、病院にしては少し違和感があるのだ。それは天井と心電計の背後の壁だ。病院だと白のはずなのに、ここはコンクリートで内装されているようなのだ。地下室をイメージさせられる。こんな病院も存在するのだろうか。
思考を巡らせていると、いつの間にか足音は俺の傍で止んだようだ。
少し緊張が走った束の間、俺の視界の左端からひょいっと顔を覗かせてきた。俺より歳上で若い女だった。長い髪が垂れ下がり、俺の顔に少し当たっているのかもしれない。不確かなのは皮膚に感覚がないからだ。
俺はビクッとしたが、もちろん体は反応しない。
数秒間、その女と見つめ合う形になると、次第に女の目はみるみると開いてきて、しまいには女が大きな声をあげた。
「あ、朝奈!!! 朝奈!!!」と俺の顔を見ながら呼んだ後、女は顔を上げ、俺の視界から消えると「お、起きた!!! 目を覚ましたよ!!!」と、どこかにいるその朝奈とやらに叫んだ。一瞬俺が朝奈なのかと困惑したが、すぐに違うとわかった。
やがて、遠くの方から激しい足音が近づいてくる。同時に声も聞こえてきた。
「夜奈、目覚ましたってほんと!?」
最後の方は近くから聞こえてきて、すぐ傍にいるようだった。
「ほんとよ見て!」
再び視界の左端から顔が現れた。
え?
俺は少し呆気に取られた。さっきの女の顔と全く一緒だったからだ。同じやつがしたのかと思ったが、よく見ると若干違った。髪型も今はポニーテール。双子のようだ。雰囲気からしてこちらが姉と推測した。
「う、うそ……」
姉の方は信じられないようで、目を丸くし口元を手で覆った。
一体なにがどうなっているんだ。俺はこの双子姉妹とは初対面だ。ではやはり医者関係の者だろうか。双子姉妹は衝撃のせいか中々口を開けないので、代わりに俺が開いた。
「こ、ここは……」
ひどく弱々しい声が咽喉から漏れた。自分ではもっと大声量を放ったつもりだったので、俺は愕然とした。自分の身体の深刻さを物語るようだ。
「な、なんて?」
聞こえなかったようで姉が耳をこちらに傾けた。
「ここは……」
俺はさっきより出来るだけ大きな声を上げたつもりだったが、先程と大して変わらなかった。無駄に体力を消耗して、どっと疲れた。
それでも何を言ってるのかは伝わったようで、姉は教えてくれた。
「ここは、病院みたいなものです」
結局病院なのか。変わった内装をしている。
それから双子姉妹は俺に顔が見えるように、右側に椅子を並べて座った。首を右に動かせば、瓜二つの姉妹の顔が並んでいた。
「それより坂井さん、覚えてますか? 自分の身に何が起きたのか」
一瞬なぜ俺の名前を知っているのかと疑問に感じたが、俺は患者なので当然かと納得した。
次いでもう一度、記憶を巡らせてみる。しかし、やはり思い出せなかった。
「分かりません」
変わらず虫のような声量で答える。
「坂井さん、文化祭で漫才をしている最中に上からスポットライトが落ちてきて、そのまま坂井さんの頭に直撃したんです」
そうだったのか。頭に直撃したせいでその記憶は消滅しているのだろう。今は皮膚の感覚がないせいで残っている頭の痛みも分からない。スポットライトの小さな機器ごときで、ここまで重症にさせられるとは、よほど打ちどころが悪かったのだろう。
そこでふと気にかかった。
「ま、舞は? 舞は無事ですか?」
隣で一緒に漫才をしていたので、舞にも被害は及んでいるのかもしれない。俺はどうか無事でいてくれと祈った。
「その事も含めて、順を追って説明します。驚くかもしれませんが、全部本当のことです」
姉の方が少し眉を
ゴクリと唾を飲み込んだ後、姉が説明を始めた。
「坂井さん、あなたは80年間眠っていました」
「ええええええええええええええ!?!?!? 80年も!?」
奇跡の回復と言うべきか、驚きすぎたせいもあるのか、俺の喉だけ魔法のように元に戻った。こんなことあるのか。いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも80年間眠っていただと? じゃあ俺は今何歳だ? 漫才をしていた時は18だったから、98歳だ。長寿じゃないか。今この状態のせいで自分の体を確認することはできないが、皺だらけのはずだ。対して俺の脳みそは80年前のままのようで、体はじじい、中身は高校生状態である。
あまりにも非現実的すぎて、にわかに信じられなかった。しかし、この双子姉妹が嘘をつく理由もないと思った。
俺はそれから次々と驚愕の事実を矢継ぎ早に知らされた。
「2018年、坂井さんは漫才の最中にスポットライトが落ちてきて意識不明の重体になりました。そして2019年、坂井さんが植物状態の時に世界は豹変しました。アメリカから人口ウイルスが蔓延して、日本、いや世界はゾンビだらけになりました」
「ええええええええええええええ!?!?!? ぞ、ゾンビ!?」
「坂井さんの彼女さん、舞さんはあなたを護りながらも、必死にゾンビ化した世界を生き抜きました。仲間を見つけ、グループを結成し、物資を取りに行ったり、時には他のグループと殺し合いもしました。そして、2034年、世界がゾンビ化して15年が経ったころ、舞さんの仲間の1人である研究者はゾンビを駆逐できるウイルスの開発に成功しました。世界は平和を取り戻しました。しかし、ゾンビはいなくなったものの、世界は荒れ、人口が減り、人類滅亡の危機はまだ残っていました。これからどう生きていけばいいのか、全員が頭を悩ませている時に新たな青天の霹靂が訪れました。舞さんとその仲間たちは異世界召喚されたのです」
「ええええええええええええええ!?!?!? い、異世界召喚!?」
「召喚されたのは舞さんと植物状態の坂井さんを含め6人でした。舞さん達は、舞さん達を召喚した本人である王と話をしました。王は言いました。この世界の魔王を討伐してくれたら、元の世界に返し、さらにその世界の再構築を手伝おう、そう言いました。そこで王の息子である勇者が仲間に加わり、6人で魔王討伐の旅に出ました。坂井さんはずっと城で眠っていました。舞さん達はそこで新たな出会いと別れを繰り返し、レベルアップを重ねました。そして2040年、異世界召喚されて6年、舞さんは坂井さんとではなく、勇者と結婚をし、子供を授かりました」
「ええええええええええええええ!?!?!? 俺捨てられたんか」
「2040年、舞さんが子供を産んだ年、ついに魔王城に到達しました。しかし、全員死んでしまいました」
「ええええええええええええええ!?!?!? 呆気なさすぎひんか?」
「勇者と彼女さんにできた1人の女の子。その子の名はアリサ。2055年、アリサは両親の仇を取ろうと、仲間を集め魔王討伐の旅にでました。2060年、何が起きたのかアリサと魔王は結婚して、子供を授かりました」
「ええええええええええええええ!?!?!? どんな展開やねん!?」
「魔王とアリサとその子供は世界から逃げるように、現在の地球に転移しました。地球はあの時のままで、荒廃していました。そして、地球に転移したその日、遠い惑星から宇宙人が侵略してきました」
「ええええええええええええええ!?!?!? まだあんの!?」
「2060年に宇宙人との戦争が始まりました。相手は大勢いるのに対して、こちら側は魔王、アリサ、子供はまだ小さかったので2人しかいませんでした。魔王とアリサは呆気なく殺されてしまいました。しかし、子供は宇宙人の手によって育てられました。子供の名前はユピラ。元気な男の子でした。頭には向こうの世界の住民の特徴である触覚が生えていました。そして2075年、賢かったユピラはタイムマシンを開発させ、偶然にも2018年の坂井さんの文化祭に訪れることになりました」
「ええええええええええええええ!?!?!? 来てたん!? そう言えば頭から触覚みたいな生えたやつおったわ。あれ飾りちゃうんかい」
「ユピラは超能力をあやまって使ってしまい、舞台の上のスポットライトを落としてしまいました」
「ええええええええええええええ!?!?!? お前がやったんかよ!!」
「ユピラは焦って元の世界に戻りました。タイムマシンを壊し、2078年に宇宙人と結婚し、双子の子供を授かりました。それが、私たちです。ちなみに坂井さんは私たちが生まれた後、異世界から地球に転移され道に捨てられていました」
「ええええええええええええええ!?!?!? 逃げたん!? てか君たちそいつの子供なん!? あと俺の扱い雑すぎるやろ」
「そして20年が経ち、現在2098年。坂井さんは目覚めました」
「いや、眠ってて良かったわ」
俺は強くそう思った。
「ええええええええええええええ!?!?!?」 池田蕉陽 @haruya5370
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます