買い物と宅飲み

 ヴァルクレアと秋江は連れだって、以前帽子を買った店に出かける。ヴァルクレアは秋江のコートという長めの服を借りて着ていた。短衣だけだと目立つし、少々寒いからというのが理由だ。棚一杯に色とりどりの衣料が積まれた店に着くと秋江は小物を数点買ってから、次々と品物を手に取ってヴァルクレアに当ててみはじめる。


「クレちゃんは好きな色とかある?」

「好きな色?」

「うん。服の好み」

「いや、今まではそんなに色が選択できるわけではなかったから」

「そっか。じゃあ、私の見立てで選ばせてもらうね」


 籠一杯に選び終わると秋江はヴァルクレアを連れて店の一角に連れて行く。カーテンで仕切られた小部屋にヴァルクレアを上げると秋江は試しに着て見るように言った。

「じゃあ、私は外で待ってるから」


「十分に広いし、ここに居ればいいだろう?」

「え? だって、裸になるのに?」

「もう一緒に風呂にも入ったではないか」

「それは、クレちゃんが小さかったからで、大人同士で裸を見せるのは変だよ」

「そ、そうなのか?」


「え? クレちゃんて平気なの?」

 秋江がびっくりした声を出す。

「城では侍女が服の脱ぎ着をしていたし、女同士ではないか。別に男性に見せるのでなければ私は気にしないぞ」


 あっけにとられた様子の秋江を見て、ヴァルクレアは怪訝そうな声を出す。

「そんなに驚くことか?」

「んー。子供ならともかく大人で裸を見て平気と言うことはあまりないかな」

「そうか。秋江、いや、あっちゃんが困るというなら外で待っててくれ」


 秋江がカーテンを閉めて出て行くと、ヴァルクレアは短衣の上下をためらいなく脱ぎ捨てる。秋江に渡された物の中から小さい布をつまみ上げた。丸めると手の中に納まりそうになるぐらいの小さな布切れをぐにーっと引っ張ってみる。大きな穴が一つと小さな穴が二つ空いていた。まあ、これはつまり二つの穴に足を入れるということなのだろう。


 引っ張り上げて見ると腰の部分を覆った。どうやら間違ってはいないらしい。薄くて軽く履いているかいないか非常に頼りない感じだが、これはそういうものなのだろう。さて、次のこれは何だ? 球を半分にしたような形の布が二つくっ付いており、そこから紐状のものが数本出ている。そういえば、似たような形状のものを秋江が胸のところに当てていたような気がするが、どう身に着けるのかさっぱり分からん。


「あっちゃん。これはどうつけるんだ?」

 カーテンを少し開けて中を覗き込んだ秋江が絶句する。ほぼ裸といっていい状態でヴァルクレアが立っていたからだ。引き締まっていながら力を感じさせる体つきだった。それでいてスラリと長い手足も相まってマッチョという感じはしない。

「クレちゃん、ひょっとしてブラって着けたことない?}

「これをブラというのか。見たことも無いぞ」


 秋江はため息をついて靴を脱ぎ中に入って来ると、ヴァルクレアにブラを着けてやる。

「ありがとう」

 そう言ってヴァルクレアはにこりと笑う。


「じゃあ、時間がかかりそうだし、手伝うね」

 秋江はヴァルクレアが衣類を着るのを手伝ってくれる。貫頭衣はともかく、穴に小さな円盤を通すものや、金属がより合ってくっつく器具は自分一人ではどうしていいか分からなかったのでとても助かった。


 秋江と同じような色とりどりの軽い衣類に身を包んでいるとヴァルクレアは異世界の住人になった気がする。肌をチクチクと指すことが無く本当に快適な衣類だった。同じものをいくつか着たが、実は大きさが微妙に違っていたようだ。最もぴったりと合ったものがどれかと聞かれて選ぶ。


「じゃあ、これでいいわ。ジーパンの長さを調整する以外はサイズの問題なさそうだし、脱いで元の服を着て。あ、下着は脱がなくていいから」

 コートを着て小部屋の外に出ると秋江が脱いだ衣類を持って待っていた。その代金を払うと、長さを直してももらっている間に次は履物を買いに行くという。


 スニーカーという軽くて足の踝までを包む履物を買い、先ほどの店に戻ってみると長さの調整が終わっていた。もう一度履いてみるかという問いに秋江がそうねと返事をして、もう一度先ほどの小部屋に入った。ヴァルクレアが履いてみるとぴったりと足首のところで揃っている。


「じゃあ、これとこれに着替えちゃって」

 言われるままに着替えて外に出ると秋江が手を叩いて喜んだ。

「こうしてると普通の女の子みたい。とっても似合ってるわ。それじゃ、帰りましょう」


「もう少し見たいものがあるのだがいいだろうか?」

「いいけど、何が見たいの?」

「何か武器を置いているところはないだろうか。腰に何も下げていないと落ち着かなくてな」


「ぶ、武器? 拳銃とか? 無理だよ。ここじゃ持っちゃダメなの」

「ケンジュウというのが何かは知らないが、小剣でもあると嬉しい。無ければ短剣でも構わない」

「えーとねえ。クレちゃん。ここはそういう物は持っちゃいけないんだ。だから売ってるお店は無いんだよ」


「では、どうやって身を護るのだ?」

「そういう時は警察を呼ぶんだよ」

「呼べばすぐ来るのか? そうか、ならば、あの時も警察を呼べばよかったのか」

「あの時?」


「ああ、私があっちゃんに会う前に見すぼらしい格好の男につかみかかられてな」

「え? 何か変なことをされなかった?」

「うむ。魔法で吹き飛ばしたから大丈夫だ」

「魔法で吹き飛ばした?」


「私の得意な呪文なんだ。詠唱無しで即時に打てる。今度やってみせよう。ここで放っては誰かや物を傷つけることになるからな」

「う、うん。そうだね。良く分からないけど目立つことはしない方がいいと思う。とりあえず武器を売っているお店はないということで納得した?」

「仕方ないな」


 1階に降りてそのまま帰るのかと思ったら、秋江は食料品を売る市場に向かう。

「ね? まだまだお話することいっぱいあるし飲み物買っていこう。クレちゃんはお酒飲める?」

「ああ、飲めるぞ」


 それを聞いて秋江は満面の笑みを浮かべる。

「それじゃ、明日は仕事無いし、思いっきり宅飲みしちゃおう」

 秋江は籠に玻璃の細長い容器を2本と袋に入ったものをいくつか入れた。

「いやー、楽しみだな。家なら帰る心配しなくていいし、一人酒は悪酔いするから普段はそんなに飲めないんだよねえ」


 買った物のお金を払い終えて袋に入れると秋江は空いた方の腕をヴァルクレアの腕に絡ませる。

「よしっ。さあ、いざ家に帰ろう」

 性別を問わず、このような距離感で人と接した経験の無いヴァルクレアは困惑する。ただ、横目で嬉しそうな秋江の様子を見るとまあこれも悪くないかと思った。


「いつでも寝られるように先にすること済ませちゃおう。クレちゃんシャワー浴びてきて」

 家に帰ると秋江が言った。言われるままシャワーを浴びて出てくるとさっき買ったばかりのパジャマという夜着が用意してあった。


 しばらくすると秋江もシャワーを浴びてきて、大きな音をさせて髪を乾かし始めた。

「クレちゃんもドライヤー使って。髪の毛濡れたままだと風邪ひいちゃうよ」


 低い卓に向かい合わせに座る。秋江が澄んだ麦わら色の液体を二人の玻璃の杯に注いだ。杯を掲げながら、秋江が言う。

「かんぱーい」

 ヴァルクレアが口に含んでみると葡萄でできたお酒だった。滓もなくすっきりとした味わいだ。


 皿から細長い物を取り上げ、細く裂きながら秋江が訊ねる。

「さっきの話だけど、クレちゃんの住んでいるところって普段から武器を携帯しているの?」

「そうだな。何かしらの物は持っていると思う。城の中であれば、巡邏している兵士もいるが、基本的に自分の身は自分で守る」


「そうかあ。クレちゃんは王様だけど自分で武器を手にして戦うの?」

 ヴァルクレアは秋江が手にしている物を自分も手に取って香りを嗅いでみる。匂いが薄いがこれはチーズだ。爪の先で裂いて口に入れてみると乳と塩気の味がする。酒に良く合いそうだ。

「当然だ。私が一番強いからな。特に魔王と呼ばれるものの相手は私がする」


「え? そうなの? そういうのは勇者とか騎士隊長とかそういう人がするんじゃないの?」

「私の方が剣だけでも強い。ましてや魔法を組み合わせたら騎士隊長が5人束になってかかっても私には全く敵わないだろう」


「えー。こんなに可愛い女の子なのに? 確かによく見ると腕とかしっかりしているけどね」

 杯をクイと開けて卓に置くと、秋江がついと手を伸ばしてきて、服ごしに二の腕を触る。可愛いという言葉と秋江の手触りにヴァルクレアはふえ、という変な声をあげた。

「やっぱりすごく引き締まってる。あ、そうだ。さっき思い切り踵で踏んじゃったところは痛くない?」


 秋江が体をよじって、ヴァルクレアの右足の甲を見る。

「大丈夫だ。素足だったからな」

「本当にごめんね。夢中だったからつい」

「自分の住居に見知らぬ他人が居たのだから無理もない。魔法で攻撃をされなかっただけマシだと思う」


「私は魔法なんて使えないよ」

 秋江が杯を空けて言った。そして玻璃の容器からまた注ぐ。

「そんなことは無いだろう。即時に魔法を使うのは得意ではないかもしれないが、様々な魔具を作って使用しているではないか」


「んー。魔具っていうけど、別に魔法がかかっている物なんてここにはないと思うよ。全部買ってきたものだし」

「別に秘密にしておきたいならそれでもいいが、例えば、部屋を出るときに、イッテキマスという呪文を唱えて鍵をかけているではないか」


「ああ。あれはね。うーん。説明するのは難しいな。あれ? もう1本空いちゃった。二人だと空くのが早いなあ。ちょっと待っててね」

 秋江は立ち上がると新たな杯と酒の容器を持ってきた。

「今度は赤ね」


 しばらく話をして気づくと秋江の目がとろんとしている。今までさんざん魔法だ、魔法じゃないとの言い合いをしていたが、杯を重ねていくうちに口調が怪しくなり今では半分目が閉じている。そして、床にころんと寝転ぶと腕を枕にして、目をつぶってしまった。


 ヴァルクレアはごく薄い塩気のきつい燻し肉をつまんで食べる。口の中で脂が溶け甘さが広がった。少量酒を口に含むとなんとも相性がいい。ヴァルクレアは口当たりのいい酒の味に驚きながらも飲み過ぎないように気を付けていた。酔って正体を失くしたら危険だ。様々な理由から用心する必要があった。改めて、この部屋に構築した魔法の檻が作用しているのを確認する。


 すうすうと寝息をたてて寝ている秋江の姿を見てヴァルクレアはふっと笑う。余程ヴァルクレアを信用しているのか、あまりに無防備すぎる。まだ会って数日しか経っていないというのに。


 ヴァルクレアはぐにゃりとした秋江の体を抱え上げ、壁にぶつけないように用心深く寝室に運ぶ。秋江の吐息が耳をくすぐった。そっとベッドに降ろし枕をあてがって毛布をかけてやる。口の中で何か呟く秋江を残して、飲み食べしていた部屋に戻る。長椅子に身を横たえるとヴァルクレアも眠りについた。


 

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