街の見学

 箱車は停止と発進を繰り返し、その度に人が乗り降りする。何度目かに止まったときに、秋江が手を引いて箱車から降りた。また別の地下通路のようだ。連れられるまま進み階段の上り下りをすると、今度は黄色い箱車がやってくる。同じように箱車が停止と発進を繰り返したところで、秋江がここよと言って降りた。


 なぜ、わざわざ地下を行くのだろうか。これはどこに進んでいるかを悟られないようにするための措置か? 我が城も城の周辺はわざと道を直交させず、複雑に曲がりくねるようにしてある。それと同じような防衛上の措置ということだろうか? 秋江は迷わず通路を何度か曲がり階段を上っていく。地上に出たときにはヴァルクレアは思い切り息を吸って吐いた。


 多くの人が行きかい、特に罠が仕掛けられているわけでもなく、凶悪な怪物に出くわしたわけでもないのに、そんなダンジョンを踏破したときと同様の疲れを感じていた。そんな心労を秋江は知るはずもなく、弾む声で言った。

「おいしいお菓子のお店があるの。少し買っていきましょう」


 おいしいお菓子か。声の響きから秋江の期待を感じ取る。これは楽しみだ。しばらく歩いた先の店を秋江が指し示す。壁一面が玻璃でできており、扉も玻璃でできていた。暗いためか中は良く見えないが人がそれなりにいるようだ。おいしい菓子と聞いて逸る心のままにヴァルクレアは秋江より一歩先んじて店に向かって進み……扉にゴンとぶつかった。


 目から星が飛び散った。くう。なんだ魔法の不調か? 痛む頭をさすっていると、

「ヴァルクレアちゃん大丈夫?」

 あいまいに恥ずかしそうな笑みをうかべながら秋江にコクリとしてみせると、扉が内側にさっと開かれて、店の者とおぼしき中年の女性が声をかけてきた。


「お客様、お怪我はありませんでしたか?」

 見ると女性は扉に手をかけて支えていた。この世界のすべての扉が魔法でひとりでに開いたり閉じたりするわけではないのか。秋江が店の人に大丈夫ということを告げ騒がせたことを詫びるのを聞きながらヴァルクレアは思っていた。


 それでも、この帽子というのを身に着けていたから多少は衝撃を吸収したようだな。そうでなければ顔面を強打していただろう。極わずかとはいえ防御力を有している装備だったのだな。兜は蒸れるし視界が利かないので好まないヴァルクレアだったが頭部の装備についての認識を改める。


 秋江は玻璃の展示台のところで注文をし、しばらく待って金を払い四角い包みを受け取っていた。隅で待っていたヴァルクレアのところに来ると、店の扉を引いてヴァルクレアを通してくれる。


 先ほどの道を戻るようにして歩いていった。道は箱車の通るところと人が通るところが分かれいている。それでも、すぐ脇をすごい速度で通り過ぎる箱車を見て、ヴァルクレアは危なくないのか気になった。秋江はなんともないような顔をしている。この世界の住民には見慣れた光景なのだろう。


 道には人と箱車があふれていた。立ち並ぶ建物も高さを競うようにひしめき合っている。どうやらここはこの街の中心部らしい。物売りの声や良く分からない音が鳴り響き、鼻の奥を刺激する少し嫌な臭いがする。


 箱車の通る場所を横切り、道を曲がると秋江はヴァルクレアとつなぐ手を入れ替える。わざわざなぜだろうといぶかっているとヴァルクレアは閃いた。秋江の行動は箱車が行きかう側から遠い所にヴァルクレアが身を置く様にするための措置であるのだ。


 ヴァルクレアは先ほどの自分の推測を訂正する。この世界の人間もあの物凄い速度で走る金属の塊を気にしていないのではなく、危険だと認識しているのだ。その上で、より弱い少女である自分を比較的安全な位置に置こうとする秋江の気遣いに感心する。そして、改めて秋江の行動に気を付けると、例の四角い物を凝視しながら突進してくる人にヴァルクレアがぶつからないようにしていることにも気づいた。


 赤の他人にここまでの配慮をするとは、この女は聖女か何かか? 感銘を受けると共にそのいたわりの対象が自分であることという事実は、ヴァルクレアの体を暖かいもので包んでいた。


 道をまた曲がると池のほとりに出る。池の周囲には箱車は入ってこれないようでヴァルクレアは肩の緊張を解いた。あの嫌な臭いも薄らいだ気がする。道の端の方にも謎の箱がいくつか見えるのに気づく。金属ででき正面の玻璃の向こうに色とりどりの円筒形の物が陳列されている箱だ。先ほどまでの道にもいくつもあった。秋江の住むところの近くでもいくつか見かけた気がする。あれは一体何なのだろうか。まだまだ自分には見慣れないものが多くあるな。


 しばらく歩くと正面に何かの入口の門が見えてきた。着いたわよという秋江の声にここが目的地であることに気づく。多くの動物が見られるという話に闘技場のようなものを想像していたヴァルクレアは意外な気持ちになる。


 中に入って見ると檻の中に様々な鳥や動物が収容されていた。ヴァルクレアが知っている動物に似ているものもいれば、全く見たこともない動物もいた。羽を持っているのに不器用に歩く鳥や成人の3倍以上の背丈を持つ首の長い動物、人の何倍もの体重を持つ動物がいる。ここは動物を見て学ぶ施設だと秋江は言う。


 見ているだけでは良く分からないのだがな。実際に戦ってみないと相手の強さを計ることはできない。毒を持つものもいるし、鋭い牙や爪を隠しもつものもいるのだ。まあ、見て相手の名前が分かるだけで心の平静を保つこともできるからな。正体の分からない相手との戦いは精神的な負担が大きい。


 この相手と戦うならどうすればいいか。それを常に考えながら動物を見て歩くヴァルクレア。もちろん、大抵の相手は脅威とは考えられないので、眉間に皺を寄せたりはしない。傍目には年若い母親と動物園に来て目を輝かせている小さな女の子にしか見えない。


 いくつか見て回ったところで、秋江が休憩をしようという。通路脇の長椅子に横並びに座りながら先ほど買ったお菓子を二人で食べた。僅かに温もりが残る茶色の円形の菓子はふんわりとしており、中には黒い豆を甘く煮て半ば潰したものが入っていた。外側の生地も何か良い香りがして口当たりがいい。あっと言う間に一つ食べてしまった。


 飲み物が欲しいと思っていると秋江が立ち上がり、あの謎の金属製の箱に近づいていき、表面の突起に触って、カードを取り出しかざす。するとして何かが落ちる物音がする。それを繰り返すと秋江が屈んで覆いを除け、中から円筒形の物を2つ取り出した。それを持って戻ってくると円筒形の先の部分を触りヴァルクレアに差し出す。


 受け取って見ると円筒は金属でできており、非常に良く冷えていて、その先の部分には穴が開いている。秋江の様子を見て見るとその部分に口を当て、円筒形のものを斜めに掲げていた。真似をしてみるとヴァルクレアの口に液体が勢いよく流れ込んできて少しむせる。飲み下して見ると乳を混ぜた茶だった。お菓子に良く合う。秋江に勧められるままに、ヴァルクレアはそのお菓子をあと2つも食べた。


 お腹も膨れたので、また見学を再開する。坂道を上っていると、空中高いところの柱にぶら下がった箱車が通っていくのが見える。あれは空中を進むこともできるのか。引く馬がいないことも面妖だが、それが空中を進んでいるとなるとヴァルクレアの理解は追いつかない。口をポカンと開けて見送ることしかできなかった。


 その後もいくつかの動物を見て回った。大型の獰猛な猫や黒い巨大な猿人、灰色で長い鼻と大きな耳を持つ巨大な動物など、お菓子を食べる前に比べて、戦うとした場合の難易度の高そうなものがいた。多くのものを見て疲れただろうと気遣う秋江が、そろそろ帰ろうと言い出したのに合わせて帰ることにする。出口に近い所では多くの人が列をなしており、パンダという動物を見るために並んでいるのだと聞いた。


 それほどまでして見たいとはどのような動物なのだろうか。興味が湧いたがあの列では見るまでにどれほど時間がかかるか分からない。秋江が言うように色々な物を見すぎて少し疲れたのも事実だ。


 動物園というところを出て、広場を抜け、居並ぶ店の中の一つに入った。不必要なまでに明るい店内で、秋江が店員とやり取りし、代金を払って、料理を受け取った。空いていた卓に座り、パンに野菜やチーズなどを挟んだものを食べた。この世界の食べ物としては可もなく不可もなくといったところ。


 店を出てまた地下へと下り、箱車に乗り降りして、気付くと今朝来た地下通路に戻っていた。同じ道筋を辿っていないと思うが、ヴァルクレアにも自信はない。地上に出て少し歩き、秋江の住むところが見えてきたときは安堵の溜息を漏らした。たった数日だが、ここが我が家のように感じる。


 部屋に入って、椅子に座っていると猛烈な眠気が襲ってきて横になってしまう。秋江がすぐ近くにいる気配があり、安心して目を閉じることができた。大丈夫。秋江なら自分をきちんと保護してくれるだろう。ヴァルクレアは眠りについた。


 


 

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