第68話 二〇二三年マイベスト


 何やら、今年の上半期が終わってから、去年のベストを発表することが当たり前になってきたこの頃。まあ、今年度は、同題異話やったりなんなりでいろいろあったからなんて、毎度のことの言い訳を流しておきます。

 で、毎回書き始めると何週間もかかってしまうので、もっとさっくりと書き上げて、読みやすくするために、一つのジャンルに対する解説と感想を四段落に収める。……少し、記憶が薄れ始めている、というのも一つの理由だが。


 では、前置きが長くなってしまったので、そろそろ始めます。




・マイベスト小説  吉田修一『横道世之介』


 バブル景気で沸く時代に、長崎から大学進学のために上京してきた青年・横道世之介。平々凡々な若者である世之介の、初めて過ごす東京での一年を通して描かれる、出会いと別れ、恋と友情、そして生と死の物語。二〇〇八年から二〇〇九年に毎日新聞で連載されていた小説の単行本化。

 吉田さんの作品を読んだのは大学時代。課題で『最後の息子』のレポートを書いて、面白いなぁ、好きだなぁと思っていたが、そのあとは中々読まなかった。二〇二二年に芥川賞受賞作の『パーク・ライフ』を読んで、「これは本腰入れて読み進めないといけない作家さんだぞ」と思ってから、『横道世之介』が三作目だった。


 そして結論から言うと、私は号泣した。小説を読んでこんなに泣いたのは初めてだった。作中で描かれているのは、本当になんてことのない日常で、「こんなこと言葉にするまでもないだろう」というほどの出来事ばかりなので、時にはげらげら笑いながら読んでいた。それが最後で思わぬ形で結実するのだから、涙が止まらなくなってしまった。

 そのあとも、シリーズとしての『続横道世之介』、この年に発刊された完結作の『永遠と横道世之介』も寂しさと満足感とともに読み終えた。正直、泣いた度で言えば『永遠と横道世之介』のほうが上なのだが、やはり第一作の『横道世之介』があってこそだよなと思ったので、今年のベストに演出させていただいた。


 次点。カズオイシグロ『わたしを離さないで』、川上弘美『ぼくの死体をよろしくたのむ』、尾八原ジュージ『みんなこわい話が大すき』。




・マイベスト漫画  茶んた『サチ録 サチの黙示録』


 天使と悪魔が一人の人間の善行と悪事をそれぞれカウントしていき、どちらが多いかで人類の存続を決める人間神判が開かれることになった。だが、それぞれの代表として、天使のランと悪魔のボロスが審査する人間は、稀代のクソガキ・サチだった! ジャンプ+で連載中のコメディ漫画。

 XのTLで流れてきたのを何気なく読んで、めちゃくちゃはまってしまった漫画。初登場時からピンポンダッシュをしまくっていた主人公のサチはもちろん、人類を滅亡させたいのに真面目すぎる悪魔のボロス、自身の食欲に正直すぎて自堕落な天使のランのレギュラー二人、級友たちや学校の先生たちと、非常に魅力的なキャラクターに溢れている。


 ギャグはキレッキレで、声を出して笑ってしまうシーンも多数。個人的には、サチが日記を書く回が好き。でも、人情噺も時々出てきて、ほろりと来る場面もたくさんある。同じ話で、すごく笑っているのに、ラストのほうでぽろっと涙が出てくることもある。でも、最後にちゃんと笑って終われるのが好きだ。

 サチの事情、ランやボロスの過去や背景も細かく描かれていて、ゲストキャラもちょっとした一言や行動で、こういう人だなぁとわかってくるのも素敵だ。それに、セリフや心情語がなくても、表情だけで気持ちが伝わってくる場面も多く、抜群に漫画が上手い。今後も楽しみな一作である。


 次点。萩尾望都『11人いる!』、荒木飛呂彦『岸部露伴、ルーブルへ行く』。


 


・マイベスト映画  『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(二〇〇一年)


 ニューヨークの一角に立つテネンバウム家には、長男・チャス、長女・マーゴ、次男のリッチーと、それぞれビジネス、演劇、テニスの天才がいた。時が経って子供たちが大人になると、家主のロイヤルがチャスに追い出され、妻のエセルとも事実上の離婚状態になってから、家族はバラバラに。しかし、ロイヤルが寿命宣告をされたと、家に戻ってきてから、家族は再集結する。ウェス・アンダーソン監督作品。

 アンダーソン監督は、『グランド・ブダペスト・ホテル』で大ファンになり、『犬ヶ島』と『アステロイド・シティ』は映画館で見に行ったくらい。でも、最初のほうの作品はまだ見ていなかったので、長編二作目のこちらを観てみた。


 三兄弟は間違いなく天才なのだが、みんな人生の壁にぶつかっている。チャスは飛行機事故で最愛の妻を亡くしてから、子供に対して異常なほど過保護に。マーゴは、数年間脚本を書いていないスランプ状態、リッチーは現役引退をしたばかりである。そして、父のロイヤルも家族に対する愛はあるのだが、自己中心的でデリカシーがない発言も多数。妻も、彼とは早く分かれて、恋人と結婚したいと、家族は本当に崩壊寸前である。

 さらに、物語が進むにつれて、それぞれの秘密が判明してから、ますます関係は拗れて行ってしまう。これからどうなるんだと、気をもんでいるところで、物語はロイヤルの本音で大きく変化する。登場人物たちのファッションや画面の構成もおしゃれで、脚本以外でもアンダーソンの監督の魅力が爆発していた、非常に素敵な一編だった。


 次点で、『岸部露伴、ルーヴルへ行く』、『アステロイド・シティ』。




・マイベストドラマ  『ブラッシュアップライフ』


 地元の市役所に勤める平凡な女性・近藤麻美は、三十四歳のある日、友達二人とカラオケに行った帰りに交通事故に遭い、亡くなってしまう。死後の世界の案内人から、来世はオオアリクイだと言われた彼女は、徳を積んでそれを回避するために、もう一度自分の人生をやり直すことに。バカリズムさんが脚本、安藤サクラさんが主演のタイムリープSFコメディ。

 バカリズムさんのネタがもともと好きで、ドラマ脚本も『素敵な選TAXI』や『黒い十人の女』を見たり、映画化された『架空OL日記』は劇場で見たりしていたが、『ブラッシュアップライフ』はこれまでで一番好きな脚本作品となった。


 タイムリープがテーマなのだが、出来ることは個人の範囲にとどまっていて、不倫を止めるとか、痴漢の冤罪を晴らすとか、そういうことくらいだ。それよりも、友達との会話に比重を置いているようで、何度も同じ会話が出てくるけれど、そのやり取りがいつみても楽しく感じられる。彼女たちのグループの一人になれたような気分だった。

 しかし、物語後半で、麻美も知らなかった新事実が判明し、物語は大きく動き出す。何度も彼女が人生をやり直しているために、コミカルになってきたが本当は大切なことにも、視聴者は気付かされるという構成にも唸る。そして、友情というのは、何か大きな出来事があったとか関係なく、日々の積み重ねで出来ていくのだとしみじみ感じ入った。だからこそ、麻美の最後の決断と、最終回の感動が強く輝いていた。


 


・マイベストアニメ  『ウマ娘 プリティーダービー ROAD TO THE TOP』


 異なる世界の名馬たちの名前と魂を引き継ぐ少女たち、ウマ娘。その一人のナリタトップロードは、一生に三度しか挑戦できないクラシックレースで頂点を取ることを夢見ていた。クールなクラスメイトのアドマイヤベガ、天才肌の下級生のテイエムオペラオーというライバルたちと共に、トップロードの挑戦が始まる。競走馬美少女化育成ゲーム、ウマ娘のメディア展開として、現在もYouTubeにアップされている全四話のアニメ。

 ウマ娘のメディア展開は、アニメや漫画でも、主人公の現役の全てを描いているのだが、今作はクラシック戦線という三回しか挑戦できないシビアなレースに挑戦するというストーリー。まあ、史実をなぞっているのだから、結果はわかっているのだけど、それでものめりこませるドラマ性だった。


 まず、主人公のトップロードが、真っ直ぐで努力家で、前向きな子だから、見ていて気持ちいいし、素直に応援したくなる。だからこそ、挫折しかけた姿に胸が痛むが、それを立ち直らせてくれた周囲の人たちのやさしさと言葉にグッとくる。

 また、それぞれのキャラクターの背景も事細かく描かれている。ナルシストなオペラオーにも、人には知られていない苦しみがあり、アヤベも、生まれてくるはずだった双子の妹への罪悪感をずっと抱えている。トップロードの姿とともに、そんな彼女たちの救われる様子も描かれていて、そこもまた惹きつけられた。


 次点で、『ウマ娘 プリティダービー season3』、『カイバ』。 




・マイベスト短編アニメ  『うまゆる』「第12話 鎖威拒宇血夷武!波羅離螺!(さいきょうちいむ!ぱらりら!)」


 YouTubeにて配信中のウマ娘のミニアニメ。当時発表されたばかりのシンボリクエスエスとタニノギムレットの二人を中心に、多種多様なウマ娘たちが登場し、ドタバタ劇を繰り広げるコメディもの。

 ウマ娘のコンテンツ色々見てきたけれど、この『うまゆる』で一番笑ったかもしれない。ちなみに、そのお話はベストに選んだ十二話ではなく、第四話の「ツヨシ、びるどあっぷ!」である。なんともベタな展開だったが、笑いが止まらなかった。


 でも、ベストが十二話なのは、ある意味、ウマ娘にとってタブーを犯したという内容だったからだ。簡単に言うと、ウマ娘たちが暴走族のような格好の三組に分かれて、ヤンキー漫画っぽいやり取りを交わすのだが、その組み分けには元ネタがある。日本の大種牡馬の三頭、サンデーサイレンス、トニービン、ブライアンタイムズの子孫たちである。

 ウマ娘において、史実の血縁ネタは匂わせはあっても、がっつり取り上げたことがなかったので、こういう描き方は目から鱗だった。キャラたちのセリフでも、こっちの競馬のことを明らかに意識したものもある。意味が分からなくても、コメントで解説があるので、これもまた二度楽しい一本だった。




・マイベストバラエティ  『私のバカせまい史』六月八日放送分


 プレゼンターの方が、重箱の隅をほじくるような物事の歴史を調べて発表する番組。例えば、ヒコロヒーさんが「口裂け女の逃避行」をまとめたり、ロバートの秋山さんが旅館などにある馬油シャンプーの謎に迫ったり。MCはバカリズムさんで、準レギュラーは霜降り明星のせいやさんとさらば青春の光の森田さん。

 ベストに選んだ回は、スピードワゴンの小沢さんが、全国のライブハウスに内田有紀さんのサインがあるのだが、内田さん自身はそこでサインを書いていない、では、この偽サインを書いたのは誰なのか、というミステリーに迫っていた。


 サインは楽屋やスタッフ用トイレの中にあるために出演者によるもの、日付から、その日にライブに出たバンドをthe pillowsと175Rの二組まで絞り込むことが出来た。そこから、実際にバンドのメンバーに直撃したり、遠回りなアンケートで「内田」「有」「紀」と書かせてその筆跡を見比べたりして、「犯人」に迫っていく。

 そして、175RのSHOGOさんが一番筆跡が近いことが判明した。SHOGOさんから一度断られたり、実はフィリピンでお店をやっていると言われたりしたが、わざわざフィリピンまで行って、白を切るSHOGOに同級生の証言も持ってきてまでして、彼が「犯人」だと認めさせた。……通してみると、馬鹿馬鹿しいものの、怪しい人物を追い詰めるミステリーの手段としては、ありなのかもしれないと、ちょっと感心した回であった。


 次点で、『水曜日のダウンタウン』十一月八日と十一月十五日放送「名探偵津田・第二弾」、『ランジャタイのがんばれ地上波!』五月十日「2代目MOROHA選手権」。




・マイベストラジオ  『霜降り明星のオールナイトニッポン』十二月九日放送分


 霜降り明星がM-1を撮った翌年に単発番組として放送後、金曜日のZERO枠でスタート。その二年後には枠が昇格した。四十分近くあるオープニングトークと、職人さんたちが盛り上げる四本の大喜利コーナーが特徴。

 二〇二三年は、霜降り明星にとって、波乱の年になった。まず、四月に粗品さんが離婚。九月にはせいやさんが結婚を発表。他にも、せいやさんがお休みを取り、粗品さんが一人二役で放送したという伝説の回もあった。


 そんな一年も終わりかけた十二月九日での放送では、粗品さんだけがあいさつをして、せいやさんがいないと伝えられる。実は、現在大阪にいて、リモートで参加。最初は中田カウス師匠の物まねでボケていたが、後に大阪にいる本当の理由が告げられる。せいやさんの奥さんが、出産したのだ。

 念願の第一子誕生! しかし、リモートのせいで音質が結構悪い! という、感動的だかちょっと気の抜けた環境に。でも、ラジオで報告したかったから、金曜日に生まれてよかった、空気が読める子だというせいやさんに、粗品さんが衝撃の一言――「この日は、おやじの命日!」。最後まで、笑いと感動に包まれた回であった。


 次点で、『空気階段の踊り場』四月四日「もぐら、ネトゲのオフ会へ行く」、『マヂカルラブリーのオールナイトニッポン0』十月十九日「きしたかのの高野、リボルバー・ヘッドのゲスト回」。




・マイベスト音楽  Vaundy「不可幸力」


 二〇二〇年に配信限定でリリースされたVaundyさんの楽曲。SpotifyのCMソングでもあった。最初は暗い印象のラップが続くが、サビになると曲調が大きく変化し、CMで耳馴染みのある部分が流れ出す。雲が割れて晴れ間を見たような、とてもすがすがしい気持ちになれる。

 去年くらいまで、サビは知っていたけれど、全体は全く聞いたことのない一曲だったが、とあるネット動画で見て、いい曲だなぁとマイリストに入れて、何度か繰り返して聴きながら、じっくり味わっていた。


 そうやって、歌詞を咀嚼し、意味を考えてみると、段々「自分が今書いている同題異話SRのシリーズにあっているのでは?」という風に思えてきた。二〇二三年度の同題異話SRの参加作品は、何度生まれ変わってもであって、別れる二つの魂の話を考えていて、「どうやっても幸せになる」という曲のメッセージが、自作と重なっていったのだ。

 そんな風に、同題異話SRと「不可幸力」を切り離して考えることが出来なくなったので、書いたのは今年だが、三月の「さよならを覆す最高の方法」のテーマ曲がこちらになったくらいだ。そうして、二〇二三年の私の創作を表す一曲になった。


 次点で、あいみょん「愛の花」、YMO「音楽」。




 以上、九ジャンルのマイベストを選出した。毎回になってしまうのだが、出てくる人の名前に偏りが出てしまう。特にこの年は、アンダーソン監督と霜降り明星の年だった。ちなみに、ウマ娘とバカリズムさんはその前から頻出している。

 今年はそんなことないように、いろいろと食わず嫌いせずに見聞きしていきたいぞーと思うのだが、半分すぎて、そんなことはないような気もしてくる。下半期はもっと視界を広くしていきたい。


 ではでは、今年の残りも、どうぞよろしく。




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る