第60話 二〇二一年マイベスト
二〇二二年の六月になってしまったが、今年もやります、去年のマイベスト。一応、毎年の恒例として、去年の読書冊数と読書目標発表の後に、紹介していたのだが、今回は、同題異話の解説とカービィの生誕メッセージを挟んでの開催である。
二〇二一年、何を見たり聞いたり読んだりしたのか、正直記憶が薄れつつある部分はあるのだが、最後までお付き合いいただければ幸いである……これ、私のエッセイの常套文句だな。
・マイベスト小説 ミヒャエル・エンデ『モモ』
とある町の片隅にある、廃墟の円形劇場に住み着いた少女・モモ。町の人々に支えられて暮らし、子どもたちとも仲良く遊ぶモモは、人の話を聞く天才でもあった。そんなある日、突然現れた灰色の男たちが、人々の時間を奪い始める。
一九七三年にドイツで刊行された児童文学の傑作。去年の読書のテーマは「図書館の積読」だったので、途中まで読んだ本や借りたけれど読めなかったをちゃんと読了しようという目標を持っていた。『モモ』は、小、中学生の時に、何度か借りたけれど、結局読み切ることが出来なかった本だったので、改めて再挑戦してみたのだ。
当時の私にとっては、「分厚いな……」と思っていた本なので、読むのには抵抗がまあまああった。だが、思春期の自分からの宿題だからと、二〇二一年も終わりかけに借りて読んでみた。実際には、非常にすいすいと読めた。そして、とんでもなく面白かった。
まあ、「児童文学の傑作」と目されていくらいの作品なのだから、これを読んでいる人の中には、「何を今更」と思っている人もいるのだろう。それでも、読みながら感じたことを、ここに書き残したいのだ。
『モモ』が刊行されたのは、五十年近く前なのだが、これがあまりに現在を予見していることに驚かされる。まず、灰色の男たちは、人間から時間を奪うために、「時間を節約する方法」を提案していくのだが、その方法が最近流行りの時短を連想させる。時間を奪われた人間は、仕事も心を込めずに投げやりになるようになり、町の建物も画一化されて、娯楽も一瞬で消費できるものを求め、子供たちは遊びよりも勉強に縛られてしまう。食べ物がいつもたくさんあって、客が次々とやってくるレストランなんて、「あ、あれだ」と考えてしまうほどだった。
一番ドキリとしたのは、ジジという青年のサイドストーリーだ。ジジは元々、観光ガイドをしていて、町の観光地に関する面白可笑しいホラ話を披露していた。その一方で、親友のモモには、彼女の為だけの物語を語ってくれる人だった。
そんなジジは、灰色の男たちによって、ただひたすらに一瞬で忘れ去られてしまう物語を書く脚本家にされてしまう。一見、成功者として立派な家に住み、秘書も抱えるジジだが、物語の構造を再利用しながら書いていることの虚しさに、自分自身だけが気付いている。だが、そう分かっていても、成功の味が忘れられず、灰色の男たちからの手中から逃げられずにいた。
物語をすぐに消費する世界、というのも、現代の一側面だろう。創作に熱を入れていたはずなのに、周りの評価を気にしたり、流行に振り回されたりして、自分の創作の本質を見失っている……私も、ジジのようになってはいないかと、思い返してしまった。
そんな風に、灰色の男たちのモモに対する包囲網は容赦なく、彼女の心はどんどん追い詰められていく。灰色の男たちのように、他者を喰い尽くす存在は、この世界にも確かにいる。そんな、巨大な力を持ち、狡猾な者たちに、勇気をもって立ち向かうモモの姿には、胸を撃たれる。
世界を丸ごと変えてしまうほどの大きな流れと力、それに対して、ちっぽけな私たちは何が出来るのか。そして、本当に大切なものは何なのか。そういうものを、改めて考えさせられる一作だった。
……とは言いつつも、私自身、ながらで色々やっていたり、「忙しい、忙しい」と言って、うやむやにしてしまったりしているものは多いなぁと、改めて反省してしまう。まあ、『モモ』を読んだことは、確かな財産だ。自分の中のモモを感じながら、この現代社会を生きていきたい。
余談だが、『モモ』の細々とした模様が特徴的な挿絵は、作者のミヒャエル・エンデ自身が描いたものである。また、エンデの父は画家であること、そして、彼は演劇学校に通い、役者の経験があるという。多彩な才能を持った人だったんだなぁと驚かされた。
次点で、川上未映子『夏物語』、恩田陸『ドミノin上海』、三浦しをん『まほろ駅前狂騒曲』、小林泰三『海を見る人』。
・マイベスト漫画 なか憲人『とくにある日々』
とある高校に入学した二人の仲良しな女の子、冷静で突飛な発想力を持つ、しいちゃんと、明るくて感情豊かな、きみどり。ちょっと可笑しな学校で、あるあるや発見やシュールが散りばめられた毎日を描いたコメディ漫画。
······と、上で紹介したのだが、「あるある」「発見」「シュール」が良い塩梅で共存している。読んでいて、懐かしい、すごい、何これと、様々な気持ちが去来してくる。
例えば、引き戸の上に黒板消しを仕掛けたり、流行語を作ってみたり、カニを見に行こうと外へ飛び出してみたりと、能動的で独特な青春が次々現れる。
知ってるけど見たことない、羨ましいけれど真似できそう、毎日ってすごくきらきらしていたんだなぁとしみじみ思う。そんな、不思議なあれこれだが、描かれている心情は細かくて、とくに小心者の感情は、共感してしまう。
私が好きなのは、3話。自分の筆箱が周りよりださいかもと授業中に意識し始めたきみどりが、周囲の席の人達にそそのかれるようにその筆箱を出してみるというエピソード。
ああ、私も似たような気持ちになったことがあるなあと思っていたら······この日常からの飛躍が非常に気持ちいいので、何度も読んでしまう。公式で読めるので、知らない方もぜひ。
他にも、この作品を象徴していると思えるのは、9話。行き当たりばったりで、見つけたものについて調べようと思ったしいちゃんときみどりは、車道に謎の白い点々があるのを発見する。その正体は、殆ど消えかかっている「止まれ」の道路標識だった。
こんな風に、普段なら見落としてしまうような日常の出来事を、観察して、考察して、発見して、確認していく。その自由研究的な細かなプロセスがすごく気持ちいい。
ちなみに、作者のなかさんは、けんという名前で、本作を宣伝しつつ、別の漫画も上げている。また、犬のかがやきという変名でもツイッター上で日常漫画をアップしている。
犬のかがやきの方のアカウントでは、作者の日記として描かれているはずなのでが、急に可笑しな生き物やあり得なすぎる展開や、唐突なレトロゲームパロディが起こるのが癖になって、定期的に遡って読んでしまう。
次点で、パピヨン本田『美術のトラちゃん』、ナガノ『ちいかわ』、高野雀『しょうもないのうりょく』、ともつか治臣『令和のダラさん』。
・マイベストレンタルDVD映画 『ザ・ファブル』
どんな相手でも六秒で倒せるという、現実離れした強さによって、裏社会では「寓話」とあだ名される殺し屋・ファブル。だが、ここ最近殺し過ぎてしまったため、ボスの命令によって、休業することに。
「佐藤アキラ」という偽名で、サポート役の女性を自分の妹「ヨウコ」という設定として、共に大阪のボスの知り合いの暴力団に世話してもらう。近所に住んでいる女性・ミサキの紹介で、デザイン会社で働き、一応順風満帆なファブルたちの一般人生活だが、暴力団のいざこざが、彼らの生活に波風を立たせていく。
原作は、ヤングマガジンで連載されていた南勝久さんの漫画。私は、途中まで集めていたので、映画の後半の方のストーリーは知らなかった。しかし、にわか原作ファンから見ても、結構再現度が高いと思う。
例えば、漫画の冒頭では、ファブルがマンションで二人の男を始末するシーンからスタートするのだが、そこがありえない動きですごくかっこいい。一方、映画では、ヤクザの宴会に侵入して、全員を殺害するという、派手でとんでもない映像なのだが、それによってファブルの強さと冷酷さとが十分に発揮されている。その後に、テレビに出ている裸芸人のくだらないネタで大笑いするファブルのシーンも含めて、完璧だった。
演じる岡田准一さんは、「最近の役柄は、侍か軍人、久々に来た現代人役は、殺し屋(ファブルのこと)」とバラエティで語るくらい、アクション俳優の地位を確立しているので、見ていて気持ちいいアクションが次々と繰り出される。特に、足元の金網からの攻撃を躱すシーンが印象的だ。
一方で、裏社会で暮らしてきたファブルが、一般人としての生活に馴染もうと四苦八苦する姿は、非常にコミカル。天然な言動やヘタウマな絵など、殺し屋のスイッチが入った時とのギャップがすごいのも魅力的。
そのように、バトルシーンとコメディシーンが中心の映画だが、暴力団員の人間ドラマも濃厚で負けていない。斜陽に差し掛かっている暴力団の現実や、二人の団員の間の絆と哀愁など、胸にぐっとくる描写もあり、ドラマも面白い。
他にも、ファブルたちのボスの思想や、ファブルを狙う殺し屋二人組のキャラクター性など、非常にぶっ刺さる要素がてんこ盛りだった。続編も見たいし、漫画も最後まで読んでみたくなった。
次点で、『ウォレスとグルミット~チーズホリデー~』『こまねこのクリスマス~迷子になったプレゼント~』。
・マイベストドラマ 『オリバーな犬、 (Gosh!!) このヤロウ』
鑑識課警察犬係のハンドラー・青葉一平、彼の目下の悩みは、周りから優秀な警察犬だとちやほやされている自身のパートナーが、シェパードの着ぐるみ姿の、女の子大好きなおじさんにしか見えないこと。同僚のユキナと共に、振り込め詐欺の調査を始めた一平だったが、それがメディアで騒がれる謎の少女の遺体遺棄事件との思わぬ繋がりが現れてくる……。
オダギリジョーさんの脚本と演出を務め、オリバー役(?)も怪演した、全三回のサスペンスコメディドラマ。事件の内容はえぐいのに、一平とオリバーのやり取り、無茶苦茶なキャラクターたち、びっくりする超展開によって、上質なコメディになっている。
サスペンス作品は、どのような設定なのかというのが非常に重要だろう。どんな警察官か、どんな探偵か、どんな弁護士か、はたまた、普通の人なのに、どうして巻き込まれてしまったのかなどなど。色々手垢がついた設定も出てくるのだが、ファンタジー内容というのはまだ真新しい。とはいえ、思い付くのは、超能力者か霊能力者くらいだろう。
だが、警察犬が喋って、ヒントを教えてくれるというのは、目から鱗だった。このとんでも設定に対する説得力とかどうのこうのは、着ぐるみ姿のオダギリさんのビジュアルに吹っ飛んでしまう。……この姿で、タバコ吸ったり、お酒を飲んだり、セクハラまがいのことをするのが最高なのだ。
脇を固める俳優陣も非常に豪華。ヒロインは本田翼さん、警察犬係の係長は國村隼さん、暴力団組長は松重豊さんと、映画みたいな面々だ。また、お笑い好きとしては、マル暴刑事役の野性爆弾くっきー!さんがはまり役だった。
だが、彼らが演じるキャラクターたちの個性も強い。松重さんは、食事をしながら『孤独のグルメ』みたいな独白をし、佐藤浩市さんが演じるのは、去年時の人となった、スーパーボランティアがモデルになっている。他にも、指示語が「押忍」になっているホームレスは、『水曜日のダウンタウン』でよく登場するアマチュア空手家のミスター押忍がパロディ源と、出し方もマニアックで、テレビ好きの心をくすぐる。
物語はコメディだが、十分すぎるほどサスペンスだ。一つの手がかりが繋がっていったり、不幸なすれ違いや勘違いが起きてしまったりと、要素を押さえてくる。それを見せる映像も、非常にスマート。
しかし、クライマックスはそれを全てひっくり返す。正直、転げるほど笑った。さらに、衝撃的すぎるラスト······続編がアナウンスされているが、あの後の話が展開されるのか、はたまた新しいストーリーなのか、まだ分からないのでワクワクしている。
次点で、『コタローは一人暮らし』、『岸辺露伴は動かない2』。
・マイベストアニメ 『ウマ娘 プリティダービー Season2』
異世界の名馬の魂と名前を引き継いだ少女・ウマ娘。主人公のトウカイテイオーは、憧れの生徒会長のシンボリルドルフと同じ「無敗の三冠ウマ娘」を目指して、クラシック二戦目のダービーも制覇。しかし、このレースの後、骨折をしていることが判明してしまう。
競走馬のトウカイテイオーの波瀾万丈な現役時代を描いたアニメの第二期。トウカイテイオーの挫折と復活、そして、最大のライバルであるメジロマックイーンとの関係がストーリーの中心となっている。
二〇二一年を席巻したウマ娘。その人気に火をつけた一因と思われるアニメ版。とはいえ、私はリアタイしていたわけではなく、「ウマ娘って気になる」という気持ちから、丁度一挙放送しているタイミングだったので、ものは試しにと鑑賞してみたのだった。
結果、非常に泣かされた。スポーツであるがゆえに、勝者と敗者がいて、しかし、そのどちらの強い気持ちが伝わってくるので、涙腺が持たなかった。テイオーとマックイーンという主役二人はもちろんだが、他のウマ娘たちの思いに心が何度も揺さぶられるのだ。
最近気付いたのだが、私は「走るスポーツ」という題材がとても好きだ。これまで見たり読んだりしてきたフィクションの中でも、『一瞬の風になれ』『風が強く吹いている』『いだてん』などは、印象に残っていて、泣かされていた。
運動音痴で、リアルなスポーツは全く見ないので、何故こんなに「走るスポーツ」題材が好きなのかがよく分からない。あまり、サッカーや野球の作品は見ないので、結構極端だと思う。恐らく、ルールがとてもシンプルなので見やすいことや、自身の体一つで挑んでいることに惹かれているような気がする。
ウマ娘のアニメも、その辺りが気に入ったのだろう。もう一つの理由は、実際の史実とフィクションの織り交ぜ方が素晴らしかったというのもある。
トウカイテイオーの怪我とレースの成績は、そのまま再現されているので、一切のご都合主義がない。だからこそ、メジロマックイーンをはじめとする登場人物たちとの関係によって、彼女が立ち上がっていくフィクションの過程に感動し、そして、アニメ史に燦然と輝く名作となったのだ。
次点で、『吸血鬼すぐ死ぬ』『シャドーハウス』。
・マイベスト短編アニメ 『PUIPUIモルカー』
二〇二一年の一月、彗星のごとく現れて、瞬く間に覇権を取った、羊毛フェルト人形によるストップモーションアニメ。子供向け番組のワンコーナーだったが、大人も子供も夢中にさせた。
舞台は、モルモットが車になった世界。車あるあるとモルモットあるあるを盛り込みながら、渋滞あり、レースあり、ゾンビありな一本三分ほどのショートアニメだ。
監督は、この作品がテレビアニメシリーズ初挑戦の見里朝希さん。だが、「ニャッキ!」の監督の伊藤有壱さんに師事し、学生時代にパペットアニメの「マイリトルゴート」で、コンテスト受賞した新進気鋭の新人である。
ちなみに、監督の朝希さんは、第一話でDJモルカーのドライバーとして出演している。そして、ポテトのドライバーのお姉さん役は、朝希さんの姉で女優の見里瑞穂さんである。
私は、元々ストップモーションアニメが大好きだ。子供の頃は「ニャッキ!」や「パルタ」のようにNHKのショートアニメに親しみ、大人になってからも『犬ヶ島』や『ひつじのショーン UFOフィバー!』などのストップモーションアニメを映画館で観たりしていた。
ただ、好きな分、ストップモーションアニメは脇役で、大人たちからは「懐かしい」と言われて、覇権にはなれないだろうなぁというのを肌感覚として思っていた。それを覆した『PUIPUIモルカー』の快進撃で、アニメの放送の度にトレンドになり、グッズやゲームにも発表され、皆に愛されるストップモーションアニメが生まれたのが、我がことのように嬉しかった。
破天荒なのに、倫理観や筋のしっかりしているストーリー、可愛らしくてユーモラスなキャラたち、背景や動きなどに現れる細かなこだわり、実際にモルモットの声をアテレコしたり実写と組み合わせたりという奇抜なアイディアの数々と、モルカーの魅力は枚挙に暇がない。人の心をつかんだからこその覇権アニメなのだと、振り替えればしみじみ思う。
第二期はいつになるのかなぁという内容をここに書いていたのだが、公開する前に二期の放送時期が発表された! 二〇二二年の秋! 今年も、モルカー旋風を拭き起こしそうで、非常に楽しみである。その一方で、朝希監督には、モルカー以外でも、「マイリトルゴート」のようなダークな作品でもいいから、長編作品を映画館でやって欲しい、そう願っている私もいるのだ。
以上が、二〇二一年のマイベストである。今回は、音楽部門とMV部門は、あまり見聞きしていなかったので、除外した。あと、映画館で映画は見ていないので、こちらも除外。
五月から書き始めて、ちょっとずつしか進めていなかったので、結局上半期が終わってしまった。のんびりしすぎてしまった感があるので反省。
上半期も過ぎ去ろうとする二〇二二年現在、あまり色んなコンテンツには触れられていないような気がする。そこで、月に二回は映画を見ようと決めた。まだ、五月しか出来ていないのだが。
音楽や漫画も、これから新しいものに触れて行って、今年も素敵な作品にたくさんであるようにしていきたい。
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