第58話 二〇二一年度同題異話全タイトル解説
同題異話が終わってしまった。
この一年、濃ゆくてもあっという間だったので、始めた頃が昨日のようにも、数十年前のことのようにも思える。そして、世間も世界も大きく変わっていった中で、全十二回の開催を走り抜けられて、本当にほっとしている。
それも全て、参加してくれたり、読んでくれたりしていただいて皆さまのお陰でです。本当にありがとうございました。
二〇一八年度開催の同題異話が終わってから、またやりたいと思いつつ、三年の充電期間を得てからの再開。忘れられてはしないか、もう求められていないのではないのか、そんな思いが積もる中でも、懐かしい顔や新しい名前を目にして、一つのストーリーラインで全ての回に参加する猛者も現れて、喜びと驚きに溢れた一年間だった。
こんな風に終わった同題異話だが、引導を渡す前に、語りたい。いや、語らせてくれ。という訳で、三年の間、練りまくったタイトルの由来と解説をこの場で行おうと思う。
その前に、十二個のタイトルを決める前に、私は前回と同じように、ルールを決めた。それが以下の四つである。
①タイトルは抽象的に、特定のジャンルのイメージが付かないようにする
②一度使った単語と同じ分類の単語は使わない(例えば、「はじめまして」を使ったら、挨拶の言葉はもう使わないなど)
③同じ助詞と同じ記号は使わない
④響きが似通らないようにする
それに加えて、二つのルールを追加した。
⑤二〇一八年度のタイトルに使った単語は使えない
⑥頭文字は被らないようにする
……これが、私の首を絞めていくことになってしまった……。
ということで、改めて、四月のタイトルから一つずつ解説を。
四月号・はじめましての距離
→はじめまして ……連語(挨拶)
の ……助詞
距離 ……名詞(数学)
大学の頃に日本語について勉強していたうろ覚えの知識とネット辞書の解説を参考に、一つずつタイトルを分解し、分類してみた。
こちらは、「次の同題異話をどうしようかなぁ」と考えた際、最初の方に思い付いたタイトルだった。
同題異話をもう一度やるに至って、以前に参加してくれた人がまた参加してほしいと思っていたのだが、それだと一見さんのハードルを上げてしまうかなぁと思ったので、こちらから「はじめまして」と挨拶する気持ちで決めた。
その次に「距離」と付けたのは、「はじめましてというまでに距離がある」というイメージがちょっとあった。もちろんこれは私のイメージで、様々な広がりが出るだろうという目論見があり、それが的中したのだと、個人的には思っている。
五月号・頭上で回るは観覧車
→頭上 ……名詞(場所)・頭(体)
で ……助詞
回る ……動詞(動き)
は ……助詞
観覧車 ……名詞(アトラクション)
実を言うと、前回の同題異話で、スタンダードなタイトル構成は使ってしまった感があったので、今回は結構変化球勝負になるかもしれないと思った。ということで、早速五月から変化球が登場してしまった。
こちらを思いついたのは、そこそこ後半だったと思う。散歩をしながら、「風に迷う若葉」か「風に迷う瞳」のどちらかにしようか考えていた。
しかし、紆余曲折あって、なぜか「頭上で回るは風車」に決まりかけていた。「風車」の呼び方は「かざぐるま」でも「ふうしゃ」でもOKにして、自由度を上げようかなとまで考えていた。
そこで唐突に、「頭上で観覧車が回っている」という絵が思いついた。私の地元にある大きな道路を通る際、幼い頃は遠出に疲れて後部座席に寝転がっていた。その時、道路沿いに建っている観覧車を見上げるのが好きだったのが、タイトルに反映されていると思う。
六月号・見知らぬ指輪
→見知らぬ ……連語(否定形)
指輪 ……名詞(装飾品)
このタイトルは、最も悩んだうちの一つである。前回は使っていなかった否定形の言葉が入ったタイトルを使ってみたいなぁとは思っていたのと、六月はジューンブライトと梅雨の季節という発想から、「見知らぬ指輪」と「知らない長靴」とまで絞れたのだが、そこから決定するまでが長かった。
「長靴」は雨具なので、以前の同題異話の「飴と傘」と雨具被りになってしまう。しかし、「指輪」だと五月の「観覧車」と輪っか繋がりができてしまう……。
結果、「知らない長靴」だとホラーっぽいので、そこまで絞らなくていいかなと思い、「見知らぬ指輪」となった。「指輪」だと、女性っぽいイメージはあるもののそこまで強いものでもなく、恋愛に限らず古今東西のストーリーを作れるのではないかと考えたからだった。
ちなみに、「指輪」に付けるのなら「見知らぬ」、「長靴」に付けるのなら「知らない」になるだろうと、ぼんやり考えていた頃から決まっていた。私的な感覚だと、「見知らぬ長靴」「知らない指輪」だと、あまりしっくりこないからだ。これは、他の方のタイトルセンスだと、正反対のつけ方かもしれないなぁと思う。
七月号・鯨よりも深く
→鯨 ……名詞(生物)
より ……副詞
も ……助詞
深く ……形容詞
某ショッピングセンターをぶらぶら歩いていたら、「光よりも眩しく」という一文が思い浮かんだ。これはタイトルに使えそうだ! と思ったものの、このままだと曖昧過ぎる上に、何月のタイトルかが分からない。
響きはそのままの「○○よりも○○」という形で、何かないかと考えて、「魚よりも深く」が思い浮かんだ。これは良いのではないかと、満足していた。「魚」だと、海でも湖でも描けるだろうから、広がりが出る。
しかし、その後に「砂漠渡りと長月」というタイトルを定めて、はたと気が付いた。頭文字「さ」が被ってしまっている……。どちらを変えるべきかと悩んで、「砂漠渡りと長月」の方を固定することに決めた。
そうなると、「魚」に変わる言葉は何かと考えて、見つけたのが「鯨」だった。しかし、これだと海という場所に限定してしまう……まあ、鯨は空を飛ぶイメージも描きやすいし、こっちでいいかと、「鯨よりも深く」に最終決定した。
八月号・夏が燻る
→夏 ……名詞(季節)
が ……助詞
燻る ……動詞(状態)
前回に「春はまだ青いか」と「春」が付くタイトルを使ったのだから、次は「夏」だなということは、タイトル決めの最初期から考えていた。ただ、「夏」というのはイメージが膨大過ぎる。ここからは苦戦した。
ぼんやりと考えたのは、「夏空翳る」「翳る夏空」のように、「夏空」と「翳る」という単語の組み合わせだった。しかし、よくよく考えると、当時放送されていた朝ドラのタイトルが「なつぞら」だったので、これは良くないと変更することに。
では、「翳る」をそのままにして、「夏が翳る」にしてみようかと思ったが、ネットでこの組み合わせを検索すると、微妙にヒットする。せっかくだったら、あまり見ない組み合わせにしたいと、「翳る」も却下。
「夏が○○」ということだけが残ってしまった状態だが、なぜか暗いイメージのタイトルにしたいと思っていた。夏と言えば、楽しい、わくわくするイメージが強いので、敢えてマイナスなイメージを付けたいと思い、色々考えて、「燻る」に辿り着いた。夏なのに、燻っているという背徳感を出せた。
九月号・砂漠渡りと長月
→砂漠 ……名詞(土地)
渡り ……名詞(?)
と ……助詞
長月 ……名詞(月の異名)
「渡り」がどう分類されるかが分からなかったので、この場合の意味合いとして「名詞」とした。
尾田栄一郎さんの短編集での作品解説にて、「皿を洗ったから、『皿洗い』というように、こういう行為をしたから、それに因んだ呼び方が好き」という話を書いていて、こういう見方があったのかと目から鱗だった。そこで、「砂漠渡り」という、「砂漠を渡るから砂漠渡り」というように、見たことも聞いたことのない単語でも、意味合いは通じるという言葉を作ってみた。
また、タイトル決めの際に、「月の異名を付けてみたい!」とは思っていた。「師走」「如月」などは、「十二月」「二月」というイメージが強いが、「長月」だったら、「長い月」と言葉を分解して、新たな意味を持つことが出来るのではないかと考えた。
「○○と○○」系のタイトルも使おうと思っていたが、「砂漠渡り」という造語と「長月」という意味は決まっているけれど、捉え方を変えられる言葉の組み合わせは、我ながら博打だったなと思う。実際、見た方の中で賛否が分かれただろう。しかし、丁度同題異話の中間地点だったこともあり、そういうチャレンジも出来て良かったと思っている。
十月号・茜色した思い出へ
→茜色 ……名詞(色)
した ……動詞(過去形)
思い出 ……名詞(不定形)
へ ……助詞
前回の同題異話では、「春はまだ青いか」というタイトルで「青」を使ったので、次は「赤」だろうと思っていた。しかし、そのまま「赤」と付けるのは単純すぎる気がして、ちょっと捻ってみることにした。
「紅葉色」「臙脂色」も候補として上がったが、一番しっくり来たのは「茜色」だった。色という意味合いを強くするために、わざと「色」とくっつけて強調した。
「茜色」がつくタイトルは十月に使おうと定めてから、そこに続く言葉としての「思い出」はすんなり出てきた。茜色の思い出中々イメージがしやすいので、ほぼ完成していた。
「へ」を最後に付けたのは、「茜色の思い出への手紙」というのをイメージしたからだった。この「へ」だけで途切れさせるのが、より想像力を掻き立てる結果となった。
十一月号・きょうを読むひと
→きょう ……名詞(時間)<ひらがな>
を ……助詞
読む ……動詞(動作)
ひと ……名詞(人物)<ひらがな>
十一月は、読書週間に因んで、本や書物に関するタイトルにしたいというのは思っていた。そんな時に、図書館の近くを歩いている時に思い付いたタイトル。恐らく、思い付いたのは一番目か二番目辺りだったはずだ。
そこから、あまり捻ったりはせず、そのままの形で提供することとなった。「読む」だけを漢字にするタイトル構成も、最初から決まっていた。
『キン肉マン』は、作者のゆでたまご先生が小学生の頃に考えていた漫画で、その当時は「筋」が漢字で書けなかったので、あのような表記になったという。それを連載にする際に、『キン肉マン』というカタカナで漢字で挟むタイトルが印象に残るからということで、そのままの形になったらしい。私は、勝手にそういう漢字を一箇所だけで使うタイトルを「キン肉マン形式」と呼んでいる。
そういう狙いで「きょう」と「ひと」を平仮名にしたのだが、「きょう」を「今日」以外の捉え方をしている参加者もいて、なるほど! と膝を打った。また、ひと=人間とは限らないので、思いがけず、広がりを見せるタイトルとなった。
十二月号・12時発、1時着。
→12時 ……名詞(時間)
発 ……名詞(動き)
、 ……記号(読点)
1時 ……名詞(時間)
着 ……名詞(動き)
。 ……記号(句点)
前回の同題異話では、数字が出てくるタイトルを作っていないなぁと思ったので、決めたタイトル。私は、日記など以外の文章は漢数字で書くのが拘りなのだが、こちらのタイトルはアラビア数字で表記ということに拘らせていただいた。
加えて、何か乗り物に関するタイトルがあったらいいなぁと思っていたが、電車や舟や飛行機など、一つに特定するのは悩ましい。そこで、何か一つに決めるのではなく、「どこかから発車して、どこかに着く」という背景が見えれば、どんな乗り物でもできるという形式にした。
大体月のタイトルが決まってきた時点でも、十二月はまだ空いていた。十二月と言えばクリスマス、大晦日……しかし、もっと自由でもいいのではないか、思い切って、「12」という数字を入れてみようかという風に、定めてみた。
幼い頃、時計やカレンダーが十二で一区切りになるのが非常に不思議だった。十で区切れば、計算しやすいのに……など考えていて、思えばそれが算数でつまずいた一番最初だったかもしれない。12から1へ、なぜかジャンプする世界の不思議さを私なりに込めたつもりである。
一月号・年明けこそ鬼笑う
→年明け ……名詞(状況)
こそ ……助詞
鬼 ……名詞(妖怪)
笑う ……動詞(表情)
一月のタイトルは非常に非常に悩んだ。確かに、お正月のイメージが強いが、お正月に因んだもの、例えば餅つきとか年賀状とか凧揚げなどは、なんだかタイトルにふさわしいとは思えなくて、使うのに躊躇してしまう。
では、「年」という言葉自体を使うのはどうだろうかと思い、紆余曲折の結果、「年明け」が浮かんできて、「来年の話をすれば鬼が笑う」の反対語として、「年明けこそ鬼が笑う」というのはどうだろうと思い、そちらで微調節を始めた。
「鬼」は絶対に使いたいと思っていた。私の創作のアイデンティティの一つが、「人外大好き」というものがあったからだった。その証拠に、前回の同題異話では「モンスターへ乾杯!」というタイトルを使っていたので、「人外タイトルシリーズ」を確立してみたいと気持ちが強かった。
ただ、「鬼」が「笑う」という意味合いの言葉にしたいが、「が」「は」「も」など、主語を示す助詞タイトルはすでに使っている。ここは大胆に「鬼笑う」と、助詞が無くとも意味が通るようにしてみようかと思った。単語縛りの弊害をこうむってしまったが、しかしこれはこれで個性的なタイトルができたと納得している。
二月号・沈黙に積雪
→沈黙 ……名詞(状態)
に ……助詞
積雪 ……名詞(状態)
二月はバレンタインに因んで、「愛も変わらず」という昔思い付いたタイトルを考えていた。しかし、これだと内容が限定されないだろうかという気持ちが強く、悩んでいる間に、「鯨よりも深く」が出来上がり、「も」が使えなくなったので、変更を余儀なくされた。
行き詰っている時に、二〇一八年度の同題異話では、触覚や視覚や嗅覚の言葉を入れていたけれど、聴覚だけは入れていなかったことを思い出した。音に関する言葉を入れようとして、思い付いたのが「沈黙」なのが、私のひねくれ具合を示しているような気がする。
二月のタイトルとして、最初は「沈黙に綿雪」というタイトルを考えていた。しかし、「綿雪」という言葉がしっくりこない。自分の頭の中で読み上げようとすると、勝手に「降雪」か「積雪」になってしまう。このどちらかに変えてしまおうと考えて、「沈黙に雪が積もる」という響きが美しいと思い、こちらを選出した。
個人的には、「告白か何かをして、沈黙している中で雪が積もっていく」というイメージが思い浮かんでいたのだが、私自身が書いた描いた「沈黙に積雪」は、拙作の某殺し屋の過去話となってしまった。全くの正反対になったのは、この殺し屋関係の小説のタイトルは、変わった単語の組み合わせにしたいと思っていたからという、超個人的な裏話がある。
三月号・彼方なるハッピーエンド
→彼方なる ……形容動詞
ハッピーエンド ……名詞(外来語)
最初よりも、最後を決めるのが個人的に難しいと思う。小説の冒頭を書くよりも、最後の一文に思い悩んでしまう性分なのだ。その為、今回の同題異話を締めくくるタイトルも、当然方向性をどうするのかに悩んだ。
私のタイトルというか、言葉の好みの方向性として、漢語<和語<外来語というのがある。その為、拙作にはカタカナを含むタイトルがあまりないのだが、挑戦してみるつもりで、「カタカナの入ったタイトル」をテーマに考えていった。
初めは、「最果てエンドロール」が思いついた。だが、「エンドロール」だと、映像関係の話に限定されてしまいそうなので、別の言葉に変えてみることに。これまで、場所やシチュエーションなどをタイトルで指定してきたのだが、ここは一度ラスト指定系タイトルもいいのではないかと思い、「ハッピーエンド」を持ってきた。
しかし、「最果てハッピーエンド」は、検索するとヒットしてしまう。そこで、「最果て」と「悠遠」「遼遠」「此方」など、同じ意味合いの言葉を調べまくった。最も有力的だったのが、「遥かなる」で、四月の「はじめましての距離」と頭文字を合わせようかと思ったが、ここは頭文字被りを回避して、「彼方なるハッピーエンド」にまとまった。
以上が、二〇二一年度の同題異話のタイトルの解説である。迷走も、愚直さも、全てさらけ出してしまったので、もうお話することはない。
だが、あんなに考えるのに疲れたとはいえ、すでに三年後に同題異話を開催するとしたらということを想定して、新しいタイトルを考え出している所がある。また私が主催することがあれば、ぜひ遊びに来ていただければ嬉しい限りである。
そして、私が主催していた同題異話は二〇二二年三月で区切りとなったが、現在は、有志の皆様が一月毎に開催している同題異話が始まっている。
現在、香鳴裕人さま(@ayam4)が担当している「同題異話 4月号『さよならを忘れて』」が開催中である。皆様、どうぞよろしくお願いします。
→https://kakuyomu.jp/user_events/16816927862099855731
では、おまけに、没となったタイトルをここで供養したいと思う。
・「あ」「い」の間……二月候補。そんなに悪くないが、恥ずかしさが勝る。
・酔い年である……一月の候補。未成年を締め出している。
・雫落ちて開く……七月か六月あたりの候補。決め手に欠ける。
・あじさい六輪……六月候補。植物系と数字入りと梅雨イメージを合わせたのだが、ここから話が思い浮かばないような気が。
・絵画トリップ……すでにあった小説のタイトルを持ってこようかと思った名残。
・ユキトモリ……安直。
以上である。
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