第21話 このタイトルがすごい!


 タイトルに関する『ペンギン自由帳』内連載も、今回で最終回。

 ラストは、私が個人的にすごい! と思ったタイトルを、中身を見たかどうか関係なく、勝手に表彰していきたいと思う。

 では、早速参りましょう。






◎当たり前のことを言っているで賞  ナイツ独演会『味のない氷だった』


 ツイッターでフォローしているお笑い好きさんのツイートから知って、衝撃を受けたタイトル。

 私はこちらの独演会を見ていないので、あくまでタイトルだけの印象を話していく。


 当たり前のことを言うのは、非常にセンスがいることがあると思う。さも真理のような顔をして、実際には何の意味のない言葉であればあるほどよい。

 「レモン一個分に含まれるビタミンCはレモン一個分」というネットスラングを初めて見た時のような衝撃を思い出した。一瞬だけ「なるほど!」と思ってしまったのが悔しい、あの感覚。


 当然のことなのに、どうして違和感が残るのか。

 私たちが「普通」とみているものに、メスを入れられたような気がする。実際に気がするだけなのだが。


 あと、語感がすごく良くて、一度見ただけで中々忘れらないのが素敵。

 「だった」と過去形なので、一度舐めたり口に入れてしまったりしてしまったのだろうなというストーリーも想像してしまう。

 






◎内容が全く想像出来ないで賞  森博嗣『ゾラ・一撃・さようなら』


 高校生の頃、図書室で見かけて、ずっと気になっていたけれど、結局借りずにここまで来てしまった一冊。

 一体このタイトルから、どんな話が繰り広げられるのか、全く予想が付かないのがすごい。


 森さんの本は、『すべてがFになる』や『女王の百年密室』など、シンプルだけど印象的なタイトルが多いのだが、このタイトルはトップレベルに内容が分からないと思う。

 ゾラって人物名? 性別は? 一撃ってことは、戦うの? さようならって、なんで? ……一単語ずつに様々な疑問が浮かんでくる。


 繋がりがありそうでなさそうな三単語の羅列だけで、こんなに悩ましい気持ちになれるなんて。もやもや感が心地よくなってしまう。

 読んでしまえばきっと納得するだろうが、このもやもやをずっともやもやさせたくて、未だに手が出せない。というか、今さっきあらすじを見て、ちょっと凹んだくらいなのに。


 実を言うと、同題異話でも、この三単語羅列系タイトルを作ろうかなと思っていた。

 しかし、冷静になって、「それって三題噺じゃない?」と思い、踏みとどまったのであった。






◎読後にタイトル二度見で賞  アヴラム・デイヴィッドスン「そして赤い薔薇を一輪忘れずに」


 すでにオチを言っている系のタイトル。

 タイトルだけでは「?」となったのが、読んだ後に「ああー」と百回くらい頷いてしまう。


 というか、デヴィッドスンの小説の話は、他の回でやりたいと思っていのに、自分の気持ちが抑えきれずに表彰してしまった。

 他の候補としては、星新一の「おーい、でてこーい」があった。これを言ったら、大体の人は賞の内容に納得してくれるかもしれない。


 本当に数ページのショートショートで、一文だけ「薔薇」という単語が出てくるが、それがなぜタイトルになっているのかは、最後の最後まで分からない。

 そして、最後の文章を読んだ時の快感と言ったら! これを一度しか味わえないのが、非常に惜しいくらいだ。







◎シンプルオブザベストで賞  倉橋ヨエコ「盗られ系」


 この一言だけで、はっとして、どんな内容か分かってしまう。

 というか、ここ三話分、ヨエコさんの名前を出し過ぎである。でも、ヨエコさんの曲のタイトルは、私のストライクゾーンど真ん中だから、しょうがない。


 曲の内容は、恋人を他の女性に取られてしまった女性の恨みつらみ、絶望などなど。

 この曲に限ったことじゃないけれど、歌詞全体にヨエコワードがふんだんに盛り込まれていて、めちゃくちゃ痺れる。「安い靴の音」とか「訛りだらけの留守電」とか。


 「系」と付けられてしまえば、なんだか俗っぽくなってしまうけれど、それが丁度いい。

 こんなことがあらゆるところで起きているみたいな感じがして、そこもまた素敵だ。






◎語感が良すぎるで賞  「きみはいい人、チャーリー・ブラウン」


 スヌーピーが登場するアメリカの新聞連載四コマ漫画、『ピーナッツ』が元ネタのミュージカル。原題は「You're a Good Man, Charlie Brown」、直訳である。

 元々作者のシュルツは、『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』というタイトルで漫画連載をしようとしたが、編集者に『ピーナッツ』というタイトルにさせられてしまったらしい。


 日本語訳のタイトルが、ものすごく語感が良い。なんだか、節があるような気がする。

 そもそもにして、チャーリー・ブラウンというフルネーム自体語感が良い。


 作中の登場人物たちからの殆どから、またリアルの人たちからも、チャーリー・ブラウンとフルネームで呼ばれている主人公もなかなかいないと思う。

 ……「くまのプーさん」のクリストファー・ロビンがいたのを思い出した。


 もしも、『ピーナッツ』が『君はいい人、チャーリー・ブラウン』というタイトルで連載されていたら、今ほどの人気作になっていたのだろうか、と考えることがある。もちろん、登場人物と内容は変わらないものとして。

 個人的には、「漫画の『ピーナッツ』が好き」と言っても、「スヌーピーが出てくる」と付け加えないと分かりにくい部分があるので、『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』なら一発で分かって助かる。ただ、略称が思い付かないけれど。






◎嫌いじゃない邦題で賞  『僕らのミライに逆回転』(2008年)


 奇抜なアイディアのPVで知られるミシェル・ゴンドリー監督作品、ラッパー兼俳優のモス・デフとバイプレイヤーのジャック・ブラック主演のアメリカ映画。

 マイク(モス・デフ)は寂れた町のレンタルビデオ店の店員。店長が不在の時に、親友のジェリー(ジャック・ブラック)の所為で店内のビデオが全部おしゃかになってしまう。

 常連さんが『ゴーストバスターズ』を借りに来るので、なんとかそれを誤魔化そうと、自分たちで映画を撮り直そうと奮闘する。なんとそれが、若者にウケてしまい、ビデオ店は大繁盛してしまう。


 原題は『Be Kind Rewind』で、直訳すると「巻き戻してお返しください」。レンタルビデオに書かれている常套句であるらしい。

 私は、内容と会っているタイトルが好きだと言ったが、この邦題が内容とピッタリなのかと聞かれたら、「うーん」と唸ってしまうだろう。


 「逆回転」というのが、勝手なリメイクのことや、終盤に町出身のジャズピアニストの映画を撮ろうすることを指しているのではないかとは思う。過去に回帰するという意味合いとして。

 しかし、ピッタリど真ん中の訳と言われれば、正直疑問が残る。「原題の直訳の方が良かったのではないか」という意見も見かける。


 だけれども、結局完全に嫌うことが出来ない。「僕ら」というのが主人公コンビを含めた町の人たちのことだと分かるし、「ミライ」がカタカナなのもなんだかキャッチ―だ。

 例え好きな映画としてこの作品を勧めるのに、タイトルを言うことにちょっと気恥しさが残ろうとも。


 タイトル云々は抜きにして、『僕らのミライに逆回転』は素直に好きな映画で、万人に胸張って勧められる。

 ゲラゲラ笑えるけれど、創作の原初的な喜びに溢れていて、ラストシーンは涙の零れる素晴らしい映画である。






 という感じに、勝手にタイトル賞は締めさせてもらおう。

 全六作、メディア被りもなく、日本作品も海外作品もちょうど半分ずつ紹介できて満足である。

 もしもまた、面白いタイトルのストックが出来たら、こっそり開催したいなと思っている。

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