第3話 いつかまた
やがて見えてきた惑星は、水が豊富にあるようで深い緑色をしていた。探査プローブからの報告も、それを裏付けている。
だがしかし
「降りれねーんだよな。どうする? 」
「…… 」
相変わらず、アンは無言である。こういうアンはめずらしい。SSSクラスの彼女と額の制御クリスタルが同期すれば、その能力は最高品質のAIにも匹敵する筈なのだが。
彼はパネルに計算結果を表示し、アンに言い聞かせるように言葉にする。
「一応、周回軌道には乗ってるが、おおよそ200年で落ちるな」
蛇足だが、彼は既に150年の時を生きている。高性能なナノマシンは、そのまま高性能な生命維持装置でもあるのだ。それどころか、有機サイボーグの義体と合わせれば、年齢を操作する事も可能。テロメアの修復も自由自在となる。
彼に死が訪れるとすればそれは、何者かとの戦いに敗れた時か、カロリー摂取が途絶えて餓死するかだろうか。額のクリスタルを失ってナノマシンが暴走する事もあるかもしれないが、それは未知数。
「まあ、そう言う意味では時間はたっぷりあるか」
実のところ、200年丸々は無く、高カロリー摂取用の
「……ご主人様、提案があります」
ようやく口を聞いたアンは、再びクリスタルから姿を表示させて、両手を胸の前で組み合わせながら彼にしゃべりかける。彼女が次に言葉を吐き出すのに、少しばかりの時間を要した。
「……ご主人様……、アンは、ご主人様に生身での惑星降下を提案します」
「はっ?! 」
思わず口が半開きになってしまうものの、彼なりにその可能性を計算する。できない事はない。ないのだが、しかしそれは……
「ちょっと待て! それをしたらお前が消えちまうんじゃないか? 」
「さすがはご主人様。私の一言で、そこまで予想されるとは敬服いたしますわ」
にこやかな笑みを浮かべながら、アンは淡々と続ける。
「ナノマシンの群体を解き、体外に外骨格を形成する事により、大気圏突入時の摩擦熱を軽減する事が出来ます。私の能力をもってすれば、恐らくご主人様を地上にお届けする事が出来るでしょう」
理屈は判る。だが、それをすれば大量のナノマシンが失われるだろう。ナノマシンの
逆に、群体を解いて数を減らすという事は、
いくらアンが、最高ランクのSSSクラス、ナノマシンとは言え、大量のナノマシンが失われればランクを維持する事は出来ない。
「ご主人様、ご心配なく。私の進化組成は制御クリスタルに記憶しておきますので、ご主人様がいつかまた品質指標クリアランスを上げていただければ再会する事も可能かと思われます」
まあ、ご主人様次第ですが……と付け加えて舌を出す。
「アン…… 」
「はい」
「いくつか質問がある」
「どうぞ」
「
「恐らく、Cクラスまで下降するかと思われます」
あっさり言いやがって。大体、この元流刑惑星でナノマシンの
そもそも、ナノマシンの
「サテライトスキャンの結果は私も見ましたが、この惑星には一定数のナノマシンキャリアが存在するようです」
何だと?
「恐らく、帝国から廃棄されて放置後に増えたものと思われますが、詳細は判りません」
それはそうだろう。確か帝国がここを放棄したのが500~600年前だから、ちょうどクリスタルシステムを開発した先々代が存命していた頃とかぶる。ナノマシンが存在するとしても、独自の進化を遂げている可能性もある。
「それともうひとつ、お知らせしなければならない大切な事があります」
アンがめずらしく、申し訳なさそうに目を伏せている。これ以上、一体何があるというのか?
「惑星降下の弊害で、ご主人様の記憶が20年ほど失われます……」
一体、何を言ってるんだこいつは。……あっ、まさか
「ごめんなさい! 実は外部記憶メモリーにご主人様の最近の記憶を書き込んでいました! 」
予想通りの答えと言おうか、可能性としてそれしかない事は理解できる。高品質ナノマシンは、自分の脳内以外でも記憶を取っておくことができる。しかし普通は、あまり使わない言語や技術情報、優先順位の低い知識に限ってクリスタルに記録しておける筈、……なのだが
「一体、どういうことだよ? 」
「……その、申し訳ありません」
「アン、お前らしくないミスだな。一体、どうしたんだ? 」
アンが逡巡している。さすがSSSクラス、このような感情表現もできるとは……いや待て。
「実は……、ご主人様との記憶を手元に置いておきたくてその…… 」
予想の斜め上をいく答えでした!
解説すると、彼の最近20年分の記憶をアンと制御クリスタルで記憶していたのだが、大気圏を突破して惑星に降下すると大量のナノマシンが失われ、
「すいません、……すいません! 」
アンが必死で謝っている。
何というかその、アンの人格形成が予想以上に進んでいたということだろう。20年前と言えば、ちょうど大戦でSSSクラスにランクアップした頃だ。その頃から、そんな事をしていたとは気が付かなかった。
僅かな沈黙の時間。
「判ったアン、俺は降りる。後はお前に任せる」
考えてみれば、アンは消えるが、同時に俺のアンとの記憶も封印される。まあ、クリスタルに記憶されているとの事だから、ランクがA以上に上がれば、恐らく記憶もアンも復活することだろう。だが問題は20年前の記憶に戻った俺が、一体どのような行動を取るかだが……。
現状、選択肢がない。こんな帝国領域外の宇宙で、例え4~5年待ったとしても船が通りかかる可能性など無い。
「ご主人様、アンの提案を許可いただきありがとうございます。それではプランを再確認します」
まず、アンが彼を仮死状態にする。その上で、今まで貯めてきたリソースを使用して肉体を10代後半程度にまで若返らせる。これは、地上に降り立った時の状況にもよるが、ナノマシンの
次にSSS群体を解き、順次ランクダウンさせて数を増やし、体外に外骨格を形成して断熱処理を施す。
「そして降下となります」
仮死状態になる前に、あらかじめ降下地点も決めておかなければならない。最低限所持しておける物、どれだけの物を持って降下できるかも確認する必要がある。
「さすがに
「ですね」
二人はしばし、真剣に議論する。コンテナ内にある物の内、何を持っていくのか、あるいは別途射出可能な物はあるのか。そして、射出後のコンテナをどうするのか。
考えてみれば、20年つきあった後の最後の仕事になる。それだけに二人は真剣に仕事に取り組むのだ。
そして、時はきた。
「アン、この20年間、いろいろ助かったよ」
「……また、会えますよ、きっと」
「そうだな」
処置を開始します……
……そうだな……きっと、また……
ナノマシンによって彼の体内で鎮静物質が分泌され、徐々に筋肉が弛緩する。
……また、会えるさ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます