十二章 きみと最後の思い出を
その日〈
目的地は隣市、
今、二人は
その
だから腕を組んで
隣の車両からアイコンタクトを送ってくる〈
そう〈
このデートには
〈
すると、茜音がスマホから顔をあげた。
「どうかしたの?」
「いや、べつに。ちょっと
「へぇ、初めてなんだ。男の子はあんま行かないのかな? あたしも仙パは初めてだけど、きっと楽しいよ」
「もちろん、楽しみにはしてる」
「よかったぁ。絶叫系とか大丈夫?」
「どうだろ。乗ったことないから」
「あ、そっか。怖かったら抱きついてきてもいいよ?」
〈
「
「おぉい。もっと
「九条さんも若いよ」
「ピチピチのJKだからねぇ」
何故か茜音が気分を良くしたところで、車内アナウンスがある。次の駅が目的地だ。下車後五分も歩けば仙緒グランドパークに辿り着く。
あとどれだけ茜音とともにいられるかだ。
報告書を
そして〈
運命に
ゆえに今日この日が。
感情めいた
――
「ねぇねぇ永田くん! まずはあれに乗ろっ!」
到着するなり茜音はとび跳ね、
「え、いきなりあれ?」
遊園地は初めてだが、あれがいの一番に体験する乗り物のようには思えなかった。メリーゴーランドやコーヒーカップで
そこに茜音の挑発的な笑み割りこんでくる。
「あ、もしかのもしかで、ビビっちゃった?」
「いや、そんなことはないけど」
「ホントかなぁ?
「笑ってない。九条さんこそ、最初があれでいいの?」
「いいのいいの! 五回くらい乗るから!」
「頭どうにかなっちゃいそうだけど……」
「大丈夫、あたしもうバカだから! 一緒にバカになろうぜ!」
親指をたてる茜音。
バカになるとかならないとか、そういう話ではない気がするが。
まあ、せっかくここまで来たのだ。多少の無茶には目を
「わかった。バカに付き合ってあげるよ」
「ちょっと、言い方ぁ!」
むすっと
〈
ジェットコースターに乗れば、
〈
「ほら、永田くん
急かされるまま、足を
スキップなのに速い。
なんとか並ぶと、茜音は、
「あっちゃー」
「あー、並んでるね」
ジェットコースターの乗り場には長い
「どうする、並ぶ?」
「うーん、あとで来たら
「どうかなぁ。でも、やっぱり最初からジェットコースターじゃなくてもいいんじゃない?」
「うむ。では、ここは永田くんに
「え、うん……」
まずい。押しつけられた。
〈
だから彼の決断はこうだ。
「……あれはどう?」
目に入ったものをとりあえず指さし、確認をとること。
すると茜音は、一瞬、
〈
……失敗したか。
指さした先にあるのは、ずんぐりとした
様子がおかしい。
茜音がふいにケラケラと腹を
「なんだよ、永田くん!
まなじりに涙まで浮かべ腹をよじる茜音。どうやら選択肢を誤ったらしい。
間もなく答え合わせだ。
塔の
「「「ワアアアアアアアアアアアアアッ!」」」
〈
なるほど。こういうアトラクションか……。
「やっぱ……やめとこうか」
「いや、いいよ、乗ろう! ドロップタワーも楽しいよ! めちゃ
どうやら茜音にとっては刺激、
ジェットコースターも、あのドロップタワーとかいうのも刺激的なのは間違いなさそうだ。茜音理論からすれば、めちゃ楽しいのだろう。
「とにかく行こ! 行列できる前にれっつらゴー!」
「う、うん」
茜音はよほど
その
〈
それが好い感情なのか、悪い感情なのかは
つと、
「
見上げる
「うん。俺も初めてだから不安」
「大丈夫、きっと大丈夫。乗ったらマジで楽しいからっ」
なぜかこちらが
自然と苦笑がこぼれていた。
そこへアトラクションを終えた人々が
同じ体験をして、こんなにも受け止め方が違うものかと〈
「よっしゃ来たきたー!」
しかし
いざゴンドラに腰かけ安全バーが下ろされても、
係員からの
その時、茜音の手が
ああ、風が
それなのに、何も聞こえない。
視界が、
地上が遠く、人々が小さい。
その様を。
スクリーン越しの映像のようにしか体験できない。
これが化け物とは違う、幸福に生きる人々の見る
風は
なおもゴンドラは上昇し、地上はパノラマのようになる。
「さあ、来るよ……!」
隣から声。茜音の声。
緩やかに動きを止めようとする世界。天に
それが、
「きゃああああああぁぁあああぁぁぁッ!」
重力のもたらす万の糸が、人々の居場所を地上へかえし。
ふいに首根っこを
それが三度もくり返された。
にもかかわらず、一瞬だった。
絶叫した彼女の
ただ天から地へ下った感覚が、胃の底で綿を作るのが分かるばかりだ。
〈
〈
「ヤッバ、楽しかったぁ!」
満面の笑みを向ける、彼女と向かい合いながら。
人間でなくなってしまった自分が、彼女と
俺は何者でもない。
「すっごいね、これ……。怖かったけど、楽しかったよ」
でも、笑う。
今、被るべき仮面で。
茜音からは、本物の微笑が返ってくる。
「平気そうだね。じゃあ、つぎ行こっか!」
「うん、今度は九条さんの乗りたいやつ乗ろう」
「オッケー。まっかせっなさーい!」
それから〈
そんな体験だった。
楽しさなど
それなのに、はしゃぐ茜音の
「ほらほら、次行くよー!」
知りたい。
もっと知りたい。
この感情はなんだ? なんと名付けられている?
九条さん、君も……俺とおなじ気持ちを感じるのか?
知りたい。
けれど、きっと
問いかけることさえも。
「俺は……」
どうしてしまったんだ。
解らない。
どうして感情とは、こんなにも
「永田くん、
〈
「いやぁ、そうみたい。ちょっとだけ休もうかな」
「わ、わかった。大丈夫……?」
茜音はあたふたと判りやすく
「大丈夫、全然。体調悪いとかじゃないから。ちょっとアイスでも食べたいなって」
「え、アイス? あたし買ってくるよ!」
「いや、いいよ。一緒に行こう」
「あ……うん」
ハッとしたように目を逸らす茜音。
うつむいた首許の、白いうなじが
二人そろってアイスの列に並ぶ。
「永田くんは、なに食べたいの?」
「実は何でもいいんだよね。普通のソフトクリームでいいかなって」
「バニラ?」
「うん。九条さんはあるの?」
「もちろん!」
「あ、わかった。チョコミントだ」
「おっ、
「なにそれ、あんま
「おいぃ!」
くだらない会話ほど、すぐに
いつの間にか二人の手許には、バニラのソフトクリーム、チョコミントのカップアイスがあった。
ちょうどカップルの
〈
すると隣から「あ、ちょっと欲しい!」とスプーンが
見れば茜音は、スプーンを口のなかへ突っこんで、頬を
「永田くんも、あたしの食べていいよ?」
差しだされるカップ。中にはチョコチップを含んだ緑のアイス。
しかし〈
それに気付いた茜音が、ぱちくりと
「ごご、ごめんね! スプーンないんだった、マジで忘れてた、ごめん!」
「いや、そんな
苦笑。茜音のリアクションは、たいてい
「じゃ、じゃあ、あたしの使う……?」
へなへなと笑みを浮かべ、恐るおそる差しだされるスプーン。
〈
とっさに笑みで
「ありがと、気持ちだけ受け取っとく。でも俺、チョコミントそんなに好きじゃないし……」
「ああっ! また歯磨き粉の話すんの!」
わざとらしく
「そ、そういうんじゃないから」
「いいよ! あとで欲しくなっても、絶対分けてあげないから!」
大きな口をあけて、緑の
「っつー……!」
こめかみを押さえ
「大丈夫?」
「永田くんが変なこと言うからぁ……!」
「えぇ……」
ぷりぷりする茜音を横目に見ながら〈
これが
「……いつも
その時、ふいに哀しげな声が
一瞬、誰のことを言っているのか解らなかった。
〈
「そんなことないよ。俺なんか、ほとんど何も考えてないし」
「だから笑わないの?」
「えっ……」
胸をドンと突いた言葉。
彼女へ返した笑みが、引きつるのを確かに感じた。
「ほらね。永田くんって、いつも心からは笑ってない。何か
「……!」
〈
胸に
茜音は
「だから最初に
そんな理由だったのか。
胸のなかに、ぽかりと、大きな
けれど茜音は、何か熱いもののたぎった目で〈
「でも違った。永田くん、
恐るおそる、僅かな
一方、目まぐるしく
「永田くんのこと、もっと知りたいって思ったよ?」
「え……」
むしろ、痛みはもうどこにもない。
ただ熱いものだけがこみ上げて。
言葉にならない。
「俺は……」
この感情を、なんと言い
解らない。何度考えてみても。解らない。
だから〈
「知りたいんだ、この気持ちを」
と。
とても目など合わせていられず、
ますます彼女を理解できなくて。
先と
それなのに、温かい手のひらが肩にのって――判らなくなる。
驚いて見返せば茜音がいる。穏やかに微笑む彼女がいる。
頬には人差し指の
「へへっ、気持ちっておおげさだなぁ。でも、それが永田くんの
ニカリと笑う。
悪戯な人さし指を引っこめて胸を叩いた。
「なら、茜音ちゃんに任せなさい! 知りたい事があるなら、なんでも教えてあげるから!」
心に
広場に満ちた
何もかも消えて。
あるのは自分と彼女の二人だけ。
他には何も――。
べちゃっ。
と思っていたのに。
世界は
〈
「……?」
ソフトクリームがある。表面のとけたソフトクリームだ。
だが、それが崩れて落ちたわけではない。
では、さっきの音は――。
「え……」
と考えだしたとき、隣から声がした。
きりきりと、喉を
とっさに茜音の見る先を
「ウソやん……」
その足許に
散らばったカラースプレーの
「ち、ちがっ……。これは
茜音が腰を浮かし
なにが違うのだろうと〈
だが、それを差しはさむ
嶺亜と〈
薫の両腕がわなわなと
「なにが違うんや……」
声もまた
「このクソビッチがっ!」
そして、
茜音の手許からカップがこぼれ落ちた。
「信じてたのに……」
しかし頬に涙を伝わせたのは薫のほうだ。
「ゆるさん……!」
こぼれ落ちる。
黒々とした粒を、
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