二十一章 闘争の果てに
〈
かろうじて背中に回った腕の
『……〈
〈
〈
あるいは、
いずれにせよ、ここまでだ。
狩人に、これ以上できる事など何もない。
「馬鹿なことをしたな、〈
いつの間にやら
〈
「……」
沈黙はいつものやり取りだ。
〈
「なぜ、あんな
「〈
「なぜ生かした?」
「必要だったからだ」
「そうか」
今後のために、〈
おもむろに
わざわざ
「ゲホッ! ゴホッ、ゴホッ!」
それから
「……お前は、彼女の
と。
〈
煙を嫌ってしかめた
すると〈
「〈
「……!」
〈
胸に冷たい刃を突きつけられたような気がした。
何故それを。
焦りが凍えた胸を焼く。
なんと答えるべきだ。
背筋を汗が伝った。
茜音によって感情が
しかし〈
「お前もなのか?」
そう返した。
「……」
〈
夜の忍び寄る
「〈
「では、やはり……彼女には、そのような特性があるのか」
「私はそう考えている」
〈
けれど、ふとこちらに目をやってから、彼女は正面に向き直った。
「私は、この事を
「なに?」
〈
「お前が上に報告しないのなら、私も報告しないと言ったのだ」
そして〈
〈
入れ違いに、統制部隊の
一人が、茜音を支えた〈
〈
――
その部屋は壁も天井もすべてが白に
その一方に腰を下ろしているのは、
やがて、対面のドアがひらくと、姿を現したのは黒ずくめの人物だった。ロングコート、革手袋、ブーツ。黒一色だ。無論、その顔を
帽子の人物は、
「
最初に頭をさげて頼みこんできたのは彼女ではないが、〈
まあ、それだけだ。
事情を知らぬ彼女を責めても詮無いことである。
彼はドアを閉めると、壁にもたれかかり腕を
「茜音ッ!」
壮年の女は娘を目にした途端、狭い室内を駆けだし、
茜音は、そんな母の姿を穏やかに見返した。微笑を浮かべると、呟くように「お母さん」と
母はそれで、目の前の少女が自分の娘に間違いないと確信したようだ。表情には興奮を残したまま、へなへなと椅子に腰を
「びっくりしたよね」
茜音は
母の前では、最後まで明るい娘のままでいたかったから。
「急にこんなところ連れて来られて、色々わかんないでしょ。でも、安心してね。お母さんは、
母はすぐに、そのニュアンスの
「待って、どういうこと? 茜音は……茜音もここをでられるのよね?」
茜音は
母の身体が雷に打たれたように
「あたしはここを出られない。二度とお母さんに会うこともない」
「なにを、どういう……?」
「ごめんね、お母さん。でも、時間がないの」
母との最後の時間だ。
茜音は母の姿を
この機会を、ふいにするわけにはいかない。
〈
「お母さん、聞いて」
本来なら、母は
しかし〈
『お母さんに会いたいかナ?』
と。
茜音はすぐに『会いたい』と言った。
彼は『それが最後になる』と返した。
『会わせて欲しい』
茜音はくり返し答えた。
〈
踵をかえした〈
『どうして、あたしの言うことを聞いてくれるの?』
〈
『君に
そして彼は、本当にこの場を設けてくれたのだ。
二度とこんなチャンスはない。茜音は自分の立場を把握しきれていなかったけれど、それだけは確信していた。
だから母の娘でいられるうちに、本当の気持ちを
「……あたし、ホントはね。お母さんが
母は口をもごもごと動かし、何か言おうとした。けれど、言葉はでてこない。この場にどんな返答が
「あの人に、お母さんを
「そんなわけ……」
「大丈夫。分かってるよ、今なら」
本当に。今ならばわかる。
人はいつも失う
「あたしね、お母さんに伝えたいことがあるの」
沢山あるの。
けれど、そのすべてを伝えることはできない。上手く言葉にできないし、そんな時間も残されていない。
だから茜音は、演技ではない、心からの明るい笑みを贈った。
「……お母さん、大好きだよ。結婚おめでとう」
本当は、ずっと前に言うべきだった。
もっと前に、安心させてあげられたらよかった。
それなのに、こんなに遅くなってしまった。
「二人で、幸せになってね」
母はこの言葉さえ忘れてしまうけれど。
彼女の娘は、いなくならなければならない。
「待って、茜音っ……! 私は!」
母からの言葉は必要ない。
もう充分に知っているから。
自分が母を愛し続けてきたように。
母がずっと自分を愛し続けてきてくれたこと。
言葉なんてなくても、痛いほどわかっている。
「……お願いします、〈
〈
母は叫んだ。
何度も「茜音ぇ!」と呼びかけた。
訳も分からず己を
しかし彼は、女の
「さて、とっ」
〈
ドアに手をかけると、背後からすすり泣きが聞こえた。
〈
「君は、記憶を消さなくていいのかナ?」
少女は
決して目を合わせず、顔もあげなかった。
けれど、
「……あたしはお母さんが大好きだから。忘れずに、いつまでも背負っていきます」
「
「大丈夫です。あたしが化け物になったとき、大好きな友達が、あたしを
「そうか」
今、まさに自分の心を苦しめているものが救いか。
合理的とは言い難い。
しかし感情とは、心とは、
〈
「やあ」
部屋をでると迎えがあった。
腕を組んで壁にもたれかかる男がいた。先ほどまで自分も同じ姿勢をしていたな、と〈
「
「〈
男――
「まあね。でも、
「ほう、奴もわたしと同じか」
「うん」
「そうか」
〈
「そろそろ行く。目を覚まされても困るからな」
「そうだね。ありがとう、兄さん」
「ああ」
そうして二人は、別々の方向へと
それは二人の運命が激変した、あの日にも似ていた。
人と人の運命は重なることがない。
だが、たとえ互い違いの道の先で、ほんの一瞬でも交わることならあるかもしれない。
弟の背中が
「……また面談室で、東吾」
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