二十章 ヒーロー
先に仕かけたのは、〈
彼の名は、長腕のルーが所持した必殺必中の槍を由来とする。棒状武具の先端に固定される
「……
〈
黄金の輝きに翼をひらき、一直線に空を
「ゴメンナサイ……」
無論、
粒子に
黄金の
〈
その一挙手一投足を、〈
そして、その唇が
「
と。
沈黙した穂先が、
黄金の輝きを取り戻し、主のもとへと
――
〈
相手が〈
いざ
おそらく
必殺の弾丸も、硬質な
「だが」
〈
彼は自身の立場を理解している。たとえ一撃のもとに敵を
牽制で充分だ。
……あとは奴らがやってくれる。
仲間の死にいちいち
自分が独りでない事くらいは〈
「……」
〈
――
〈
だが、柱はしょせん盾に
体力をおおむね使い
それでも、まだやれる事はある。
「……マズい」
仲間たちに作戦を
「話はついた。
「は、っ、はい……!」
〈
最初は「早く逃げろ」とだけ伝えたものの、化け物を見た
仲間へのサポートは
〈
それでも〈
今や世界は、濃霧の外に
その
『こちら〈
「
「りょ、了解しましたぁ……!」
風の音にかき消えてしまいそうな
「コースターの起動を確認」
仲間への
あとはお前次第だ、〈
――
〈
間もなく、車両はレールの頂点に
〈
二人が
ゆえに〈
この作戦の〈
ガゴ。
今、車両がレールの頂点に達する。チェーンリフトの手を
〈
〈
その形を
こめかみを伝う汗が、
もう少しだ……!
車両は最高速。
その先頭を、大気を焼くようにして粒子が
〈
頭のなかを稲妻のような痛みが駆けぬけた。
「くぁっ……!」
それでもなお〈
濃霧に
彼のかざした巨大な手のひらは、すっぽりと
漆黒の車両が、動きを止めた。
「……設置した。頼む〈
「心得た」
翼をたたみ〈
地上が
〈
血が飛び散り、それぞれの命の
地上が迫る。もはや
〈
正面、〈
このまま真っ向から切り
否!
〈
数度羽搏き〈
〈
起きあがると同時に手を
茜色を
「……来い」
レール上で
そして、〈
巨大な、超重量、超高速のジェットコースターは。
「来ぉい!」
止まった時をとり戻す!
ギギギギギギギギィッ!
火花が散る!
触手に刻まれた
「……ガッ!」
その
もはや〈
最高速の運動エネルギーを
「ギャロォォオォオオオオオォォオオォオオオオンッ!」
衝突!
頭部は即座に
『……!』
しかし仲間たちの息遣いは、
〈
ところが彼は、故意に
〈
きっと他の〈
理解される
その心は、化け物にも、他のどんな人間にさえも
〈
絶望はそれを拒んだ。無残に地を舐めながら。
なお瘴気を吐いて、目につくものすべてを喰らい尽くさんと顎をひらいた。
〈
「……
少年は、
――
『アタし、最低。カオ、カオカオ、カオちゃン、裏切ッた。シってたノに。アノ子のキモち』
獣の
このまま獣がすべてを
ずっと
父の死の
そう思うのに。
何かが眠りを
眠ってはいけない気がしてしまう。
『ギャロォォオォオオオオオォォオオォオオオオンッ!』
獣が
この子まで、眠りを
何故だろう。
考えようとするけれど、すぐに
今度こそ、眠れるような気がする。
それなのに。
「……九条さん!」
声が聞こえる。微睡のなかに押し寄せて、暗闇を
誰かが、あたしの名前を
――
「九条さんっ!」
閉じかけた顎を警棒で押し留め、〈
その中に、あの日この身を抱きとめてくれた
「君が、俺を救ってくれたんだ……! 〈
瘴気が
それでも〈
「それなのに俺は、君の友達ではいられなかった。君のそばにいられなくなった。君のこともずっと……忘れてた」
〈
忘れたくない、大好きな友達がいたのに。
茜色の空の下。
絶望に
救ってくれた人がいたのに。
ずっと忘れていた。
「俺はヒーローになれなかった。君が、そう呼んでくれたのに。人を
瘴気が腕を傷つける。コートの袖も、スーツも
痛い。
剥がれていく爪が?
「でも今は……」
違う。
伸ばしても届かない、もどかしさが。
大切な人を
こんなにも胸に痛い。
「九条さん、君を、
もう忘れない。
あの懐かしい日々のこと。
初めて行ったファミレスも。
夜の公園で一緒に食べたおにぎりの味も。
隣で「任せなさい!」と胸を叩いた、その笑顔も。
すべて
「目を、覚ましてくれ……九条さん!」
バリバリと瘴気が存在を蝕む。
痛みは手許に無限にはじける。
それでも、この胸の痛みに
「目ぇ覚ませよ――」
こんなものは痛みですらない。
――
俺を救ってくれただとか。ヒーローになれなかっただとか。
うるさい声は
それが何だというのだろう。茜音には理解できない。
この声が何者なのかも分からない。
ただ声を聞くたびに、胸の
『でも今は……九条さん、君を、助けに来たんだ』
助けに?
茜音は
すると、脳裏に懐かしい
茜色の空を背景に、両腕をいっぱいに
誰だろう。
分からない。やはり分からない。
なのに胸のなかの炎は、いっそう熱を
『目を、覚ましてくれ……九条さん!』
ふと声に
とても懐かしい感じがするから。
けれど暗闇は
『カエッテ来ないヨ。帰っテ。誰も、誰も誰もダレも』
とたんに目を
世界には何もない。あたしを待ってくれている人なんて、誰もいない。
お父さんは死んだ。目の前で死んだ。お母さんは幸せになる。あの人と結婚して幸せになる。カオちゃんは、あたしを
誰も、誰も誰も誰もいない。
そんな世界に目を覚ますくらいなら――。
『アカネちゃん!』
そう思うのに。ああ、こんな時に、どうして。
ひどく懐かしい声を思い出すのだろう。
痛くて痛くて、怖かった日々に。
両腕を拡げて立ったあの子の。
大好きだいすきな友達の。
「茜音ええええええええぇえええぇッ!」
声が、聞こえるのだろう。
温もりを感じるのだろう。
暗くて、怖くて、冷たい闇に。
熱いあつい指先を感じるのだろう。
「ア、アア、……あ」
茜音は
「九条、さん……!」
今、
「あっ、ああ……」
そして、自分の
どうして今まで気付かなかったんだろうと、思わずにいられなかった。
「あ、ああぁ……!」
あたしを待っていてくれる人なら。
こんなに近くに――。
「……いっくん」
茜音は差し伸べられる手に、自分の手を伸ばす。
すると
眼前にあるのは黒い人影だった。その
ああ、こういう人のこと、なんて言うんだっけ?
その問いの答えは、風が教えてくれた。
黒い人影の、破れたコート、その袖が舞いあがった。
両腕を拡げたように。
あの日の、
「ヒーロー……」
のように。
そして闇は吹き飛んだ。獣の声は灰になった。
たちまち世界が温かな炎の色に
「……っ!」
ちょっと痛いくらいに
「おかえり、九条さん」
その両腕の感触が
声はとても優しくて、
「……ただいま」
本当に心地良い微睡が、
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