十七章 呪われし運命
頭のなかに
牙を
『このクソビッチがっ!』
何もかも間違っていた事に気付いた。
こんな事になるくらいなら。
あたしは
そんな
大好きな友達を傷つけてしまった。
「オエッ……!」
逃げ
友達を裏切った
けれどその一方で、命が
それが当然の
化け物になるほど、薫は
『このクソビッチがっ!』
あんな、あんなに恐ろしく暴力的な言葉が。
大切な友達の口から。
谺して、谺して、谺する。
茜音は耳を
むしろいっそう
頭の中が、
そして、
「あ、ああ……っ」
何かが、重くおもく
押し寄せてくる。
「あああぁああああぁああぁぁあぁあああ!」
記憶が押し寄せてくる。
――
たくさんの音が
足音。ざわめき。悲鳴。
肩を揺すられている。ぐわんぐわんと
大人の顔が見える。
その
なにかを
けれど
それなのに。
「パ、パ……。パパ……」
道路に引かれた赤い線も、ぐったりと
「パパ、パパ……」
幼い少女は手を
そうすれば、いずれ
悪くて
『今度、パパとママと
その約束も
けれど、父は帰って来なかった。約束は、約束のまま
帰ってこなかった。永遠に帰ってこなかった。
――
父を喪ってから数日後、茜音には友達ができた。
友達は、大人たちと
その
ところが、友達はいつまで
それが茜音には、友達の
やがて友達の
すると友達は『いナイから』と答えた。
それにも「どうして?」と
茜音は
パパを赤い肉とシミに変えた車が、すべてを
それは同時に、二度と父と会えない
受けいれられるはずがなかった。
パパと会いたかった。頭を
「アカネね、いっぱい、いっぱいタノシイことしたいよ……」
茜音は、ぽつりと言った。たとえそれが
やがて友達は答えてくれた。
『ジャあ、スレばいいヨ』
「どうやって? パパはいないんだよ?」
『パパいなくても、タノしくなれルよ』
「どうすればいいの?」
『みんナから、モラウの』
「もらう?」
『みんなモってルから。タノシイもっテるから。モラうの』
茜音は友達の黒く底のない目を見つめた。
「どうやってもらうの?」
その時、友達は
『タベちゃえば、イイんだヨ』
「食べるの?」
『ウン。ぜんブ、ぜんぶゼンブ』
友達の声が心地良かった。パパの
茜音は気持ち良くなって、深い眠気を感じた。視界の
彼女はそれを指先で撫でて目を閉じた。
パパ、パパ、パパ。
何度も。何度も。
二度と会えぬ父を呼びながら。
友達とともに幸せを喰らいはじめた。
――
友達の言ったとおりに人々のタノシイを食べれば、満たされるのは早いものだった。
邪魔者も現れたが、心が満たされ目も覚めてくると、茜音には力が
やがて我が家に辿り着いた茜音は、母をたいそう
母は娘を
母の
笑いに
ところが、そんな
ある日、彼女のもとに
彼らは、ほとんど家に押し入るようにしてから「なにか変わったことはなかったか」としきりに
茜音には心当たりがなく、男たちを恐怖と
すると家の奥からエプロンで手を
男たちは、母にも同じことを訊ねた。
母は
「最近、変な
目に見えて男たちに
すると、後ろで静かに
彼は黒服のなかにあってなお
母が恐れたように後ずさった。
けれどその頭に、男が手を伸ばすほうが
たちまち母の頭上に黒い
かと思えば、ふいに意識を
「……あ」
茜音は怖くなって逃げようとしたが、足許に力が入らなかった。
茜音は
しかし獣を
「
言葉と感情の
だが、そんな感情は何の意味も
間もなく茜音は〈
――
「イヤ、イヤぁ、パパ……。お父さん、パパぁ……ァ!」
茜音は頭を
『パパはカエってこなイよ』
「やめてぇ!」
獣が言った。
『パパはカエってこなイよ』
繰り返した。
あの頃の自由を、憂鬱からの解放を
『パパは――』
あるいは、
『アタしの目の前デ、ぐちゃぐちゃに、ぐちゃぐチャに、グチャグチャに、なっタんだよ』
人の
「やめ、てよ……」
茜音は獣をおそれ
「やめてよ……!」
決して
けれど彼女の記憶には、赤くあかく引かれた線と決して動きだすことのない肉の塊が
『ツラいよ。かなしイよ。カオちゃんにキラわれちゃった。もうイキてる意味ナイよ。ナイ、ないよ。どこニモ、ドコにもどこにも……?』
「
茜音は
しかしすぐそこにある絶望を、その
『アルよ。シアワセ、あるヨ。モラうんだよ。タベるんダよ。みんなカラ、ミンナからみんナカら』
そして獣はクスクスと笑う。
『
茜音と
「だ、ダメ……、あ、ああ、アァ……」
涙が、希望が、自分自身が。
「永田、くん……ア」
大好きなあの人も、睡魔のなかに消えていく。
あるのはただ欲望。
幸せな者たちへの
奪いたいという
人の輪郭は
メキメキと
「アアア……、グゥアアアアアッグッ!」
そうして彼女はかつての
今、戦場にいる。
すべてを獣に
あるいは何も願わずに。
――
〈
「ゴ、ゴゴ……ゴメン、ナサイ」
〈
「……」
〈
それを受けたのは、端についた頭部。
〈
「アア、アッ! カオ、カオォ……!」
なにが顔だと思いつつ、前肢の
蹴りの傷は浅い。手数を減らしたいが隙がない。
すかさず襲いくる
〈
「……カオチャン」
手をついた地面は、〈
バランスを
「……!」
次の瞬間、〈
「ゴメ、ゴメゴメ――」
触手が動きだしたのは、それとほぼ同時だった。
一方の車輪が回転。
タイルを薙ぎ払い、後方を
「……ッ!」
タイムラグは三秒。
まだ一秒たりとも
〈
「げが……ッ!」
全身に
手の痺れは感じられたかどうか。
腹の底で、
背中に衝撃が
「……ぁ」
脳を揺るがした
ひび割れたディスプレイに、
「ゴメンナサイ、カオチャン。ゴメン、ゴメゴメ、ゴメンナサイ、アア、パパァ……」
三つ首の
〈
「くじょ、う、さん……」
それは、彼が
それは、彼が共にいることを望んだ
ふざけるな……っ!
九条茜音。
彼女を希望と名付けるなら。
そのコインの裏側は、〈
〈
胃の腑に
しかし、それは
神から返るのは、
抵抗むなしく少年の意識は、ゆっくりと闇に
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