十四章 決戦

 薫が粒子をいた直後、〈死神グリム・リーパー〉は茜音の手をとった。憮然ぶぜんとした彼女の身体を引きあげ、無理やりけだした。

 それとほぼ同時だった。


「なに、なにこれ、あ、あぁ、きゃああああぁぁあああぁ!」


 が悲鳴をあげ、這う這うのていで逃げだした。

 周囲の人々も異変に気付いた。うつむいて震え、黒い粒子ダークマタを吐きだす異形いぎょうを。


「うわあああああぁぁぁあああああぁぁぁッ!」


 方々ほうぼうで悲鳴がこだまする。

 恐怖は次々と伝播でんぱし、人々の意識を一方向へ収束しゅうそくさせていく。転がるように逃亡を始めた有象無象が、波濤はとうのごとく押し寄せる。


九条くじょうさん、いそいで!」


 しかし茜音あかね茫然ぼうぜんとして引かれるまま動いているだけだ。緊迫きんぱくも恐怖もない。足許に力がない。


「九条さん、九条さん!」


死神グリム・リーパー〉は呼びかける。肩をらし、真っ直ぐにその眼をのぞきこみながら。


 すると茜音が、ハッと我に返るのが分かった。今、初めて光をみた赤子のように愕然がくぜんとして目を剥いた。


「九条さん、逃げて」


 地鳴じなりのように轟く人々の跫音きょうおん。右を左を、恐慌きょうこうした人々が駆けぬけ、潰れたソフトクリームがべちゃべちゃと音をたてた。


死神グリム・リーパー〉は出口の方向を指さす。


「あっちへ逃げるんだ」

「あ、あ……」

「逃げてくれ」

「なが、永田くんは……」


死神グリム・リーパー〉は一瞬言いよどんでから決然けつぜんと微笑んだ。


「俺は、大丈夫だから」

「え、そんな――」

「行けぇ!」


 苦渋くじゅうの思いで、茜音を押しだした。

 引き止める声には耳をさない。


 人波をかき分け、ふくれ上がる黒き異形へと駆けだす。

 総身そうしんを、黒いながれが覆う。粒子の一部が足許でいあがり、はためく。


「……」


死神グリム・リーパー〉は指を鳴らす。

 覆った粒子が形をす。

 フルフェイスメット。カーボンファイバースーツ。ロングコート。

 黒ずくめの死神。


 人波は早くもとぎれ始めた。

 間隙かんげきからうかがえる景色に、黒き異形。獣にた巨躯。


「ゲェェェエエエエェギャアアアアァァァッ!」


 そして、まだ疎らに押し寄せる人々の頭上。

 三本の触手がすがたを現す。


 鉤、錐、槌型の追加肢オプション

 さらに広場には血だまりや肉片にくへん。それらが次々と黒いきりを伴い、漆黒の犬を形作っていく。


 その数、五体。


「馬鹿な……〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉?」

『そのようだな』


紫煙スモーカー〉からの返答。

 たちまち視界を紫煙の霧が充満じゅうまんする。


 なるほど。これが〈猟犬ハウンド〉の正体か。


死神グリム・リーパー〉は得心する。

 これまで奴らを取り逃してきたのは、奴らが索敵を妨害する能力を有していたからではなかった。単に自我をもっていただけなのだ。索敵網から逃れることさえできれば、あとは人間の姿に戻ってしまえばいい。そうすれば、再び網にかかったとしても〈黒犬ブラック・ドッグ〉や〈虚無エンプティ〉に疑われる心配はないのだ。


「いや、今はそれよりも……」


 逃げ惑う群衆を尻目に、〈死神グリム・リーパー〉はたった一人の少女を想った。


 黒き狩人と化した少年は、渦中かちゅうへと切りこむ。


 彼女とともにすわったベンチは、異形の足許で見るも無残むざんつぶれていた。

 無論、それで奴の怒りがおさまるはずはなかった。

 槌の触手がよこぎに、野外席に影を落とすパラソルをはじき飛ばした。錐がななめに閃き、景観樹を斬りとばした。

 振りかぶられた鉤は〈死神グリム・リーパー〉へと襲いかかる!


「……!」


 狩人は横跳びで躱す。

 同時にホルスターから警棒を抜き伸長しんちょう。柄からった粒子が先端で三日月型の刃をえがく。


 瞬時に、大鎌を真横にふり抜く。

 しかし触手は力強く敏捷びんしょうだ。地面にめり込んだ鉤は、たちまち虚空におどりだし刃をはじき返した。


 たちどころに錐型の追撃。

 鎌の側面で打ってらす。

 その隙をねらいすまし、眷属けんぞくの犬がとびかかる!


『……させん』


 異形の爪牙そうがが肉を裂く寸前、充満した紫煙がうずを巻いた。魔物と〈死神グリム・リーパー〉の間に、フィルムに切り取られた異物のごとく黒き柱がそそり立つ!


「ガアッック……!」


 眷属が柱にかじりつく。意思なき獣は、それを破壊しようと遮二無二くびをよじる。さらに二、三と襲いかかる雑魚も、同様に柱が妨害ぼうがいした。


「ガガガアアアァッ!」


屍肉喰らいスカヴェンジャー〉も例外ではない。出現する柱の数も眷属のではない。巨躯をかこうように十近い柱が行く手をはばんだ。

 魔物は苛立ちに追加肢オプションをふり抜き、三本の尾で薙ぎ払う。しかし消滅しょうめつと同時、柱はふたたび形を成す。


 多量に、それも連続に柱を生成せいせいするのは負担ふたんが大きい。だが、たった二人で〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉とその眷属を相手どるのは無理がある。確実に時間をかせぎ、仲間の到着を待たねば勝機はなかった。


『……ハァ』


 通信の向こう、早くも〈紫煙スモーカー〉の息があらくなっていくのが聞こえる。〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉を捕縛ほばくする柱のつらなりが再構築されるたび、それは喉のすり切れるような音へと変わっていく。


死神グリム・リーパー〉は雑魚の一体にりかかる。敏捷な犬はステップをみ流れるように回避かいひする。


「雑魚はいい。俺一人で充分じゅうぶんだ」

『しかし、相手は五体だ……』

「なんとかする。〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉へ集中しろ」

了解オーケー


 雑魚をはばむ柱が、次々と噛みくだかれ霧散する。

 対峙たいじした眷属へ、〈死神グリム・リーパー〉はさらに踏みこみ追撃をかける。


 敵は牙をもって応戦。

 牙と刃がかち合い火花をらす。


「……!」


死神グリム・リーパー〉は腰をひねり押しこむ。足許がメキメキと音をたて、牙が砕ける。


 その背後、三体の犬が粒子のよだれを散らしてせまる。

死神グリム・リーパー〉は振り向きもしない。

 怒涛どとうの踏みこみでひるんだ犬へ肉薄にくはく。横っ面に掌打しょうだをうちこむ。手のひらに湾曲わんきょくした刃を生成しながら。


「ガアアアァァアアック……!」


 うろのような双眼から粒子の血がしぶいた。犬の輪郭りんかくがぞわりと揺らぎ霧散する。


 そこへ襲いかかる無数の爪牙に、〈死神グリム・リーパー〉も同じく霧散した。血をしぶくことなく、みにくい断面をさらすことなく。


 獣たちの背後に影はみ合わされる。

 転移した〈死神グリム・リーパー〉は鎌を真横へ――、


「……ちっ」


 ふり抜けず側転!


 次の瞬間、〈死神グリム・リーパー〉のいた地点を錐の触手が穿うがった。たくみに柱の間隙かんげきを縫った触手が、ふたたび柱を破壊すべくをえがいた。


死神グリム・リーパー〉は改めて身構える。

 眷属たちが反転する。隙をうかがい虚空の喉を鳴らす。


 仕切り直しだ。

 さっさと雑魚を始末するつもりでいたが。さすがに、そう上手く事は運んでくれないらしい。


 三匹の一挙手一投足に注視しながら、慎重にすり足で間合いを計る。


 その時、メットにそなわった通信チャンネルが〈紫煙スモーカー〉とは別の反応を寄越よこした。


『こちら〈柘榴グレネード〉。狙撃位置についた。ただちに支援サポートを開始する』


 と同時、黒い残像が斜め上空から一直線に飛来ひらいした。


 犬の背に着弾ちゃくだん

 しかし致命傷ではない。

 犬の体毛が嘲笑うように揺らいだ。


 それを目の当たりにしながら〈死神グリム・リーパー〉は犬の死を確信した。

 黒い粒子ダークマタによって構成されたたまが、今、犬の内部で崩壊ほうかいする。


「グガアアァ……ァ!」


 刹那せつな、犬の肉体は内側からぜた。核となったにくまでもが四散しさんし、むごたらしいモザイクに変じた。


 当然こうなる。

 これが〈柘榴グレネード〉の能力だからだ。

 黒い粒子ダークマタによって生成された弾は、受けた刺激ストレスを蓄積し、解除かいじょと同時に周囲へ放出ほうしゅつされる。


「シャアッグッ!」


 たおれた仲間を背後に、残された二つの異形が地をけった。

死神グリム・リーパー〉も地をり迎え撃つ。


「……加勢する」


 そこへ頭部を露出ろしゅつした黒ずくめの女が並走した。

 肩で切りそろえた髪をなびかせ、双腕そうわんを虚空に交差しふり抜いた。空間が黒くゆがみ、黒い粒子ダークマタ由来の棘付き鎌刃が展開される。

柘榴グレネード〉と同じせん管轄の戦士〈雌蟷螂エンプーサ〉だ。


「……」


 そして今、四つの影が切りむすぶ!


死神グリム・リーパー〉は刃の反りで敵の爪牙を受け流す。と同時に、ステップで側面へ。脇腹を蹴りつけた。


 一方、〈雌蟷螂エンプーサ〉は両腕を交差し、鋏状にした刃で牙を断つ。こちらも側面へ回りこみ、横っ面を蹴りつけた。


 二体の犬は真横に弾き飛ばされた。

 影と影が交錯し、〈虚無エンプティ〉たちの間で入れ違う。


 二人は蹴りの反動で回転し、それぞれの得物えものを一文字にふり抜いた。

 死神の鎌と蟷螂の鎌が、〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉の眷属を両断りょうだんする!


 獣の体躯たいくが粒子にかえる。屍肉は力なく地に落ちる。


死神グリム・リーパー〉は残心。

 同じく残心する〈雌蟷螂エンプーサ〉をメットの中から一瞥いちべつする。


「連絡は行きとどいているな?」

「〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉が出現したと聞いている」

「増援は?」

「今のところ連絡はない。本ポイント内の〈虚無エンプティ〉は我々を含め五名。これで〈猟犬ハウンド〉を討滅とうめつせよとの命令だ」

了解オーケー


 つまり、現地の〈虚無エンプティ〉は残り一人。敵は二体。


 二体?


死神グリム・リーパー〉は目をすがめる。


 最後の生き残りはどこだ。

 辺りを眺めまわすも、〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉以外の〈黒犬ブラック・ドッグ〉は確認できない。


 索敵に特化したのは、今回の編成パーティで〈紫煙スモーカー〉だけだ。しかし彼女は今、〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉の足止めに傾注けいちゅうしている。


「しまった……!」


死神グリム・リーパー〉が敵の狙いに気付いたその時、〈紫煙スモーカー〉の柱が揺らぎ、一斉いっせいに霧散した。


屍肉喰らいスカヴェンジャー〉が三本の尾を打ち振った。手応てごたえがないのをみとめるやいなや歓喜かんき咆哮ほうこうをあげる。


「ゲェェェッギィ!」


 そこに最早もはや、西園寺薫の面影おもかげはなかった。

 狂気を恐れるように蒼穹そうきゅうかげりはじめた。


 黒い粒子ダークマタの霧に。


死神グリム・リーパー〉は怪訝けげんに目をすがめる。


 その時、槌の触手が振るわれた。

 カッと火花が散り、虚空に衝撃波が爆ぜる。虚しい銃声が轟く。


屍肉喰らいスカヴェンジャー〉が動きだす!

 異形の足型が刻まれる!


「あああぁあああぁぁああぁああッ!」

「たす、助けてええぇえええぇぇえ!」


 同時にとどろく悲鳴。

死神グリム・リーパー〉はとっさに振り返る。


 すると遠方に、せる〈黒犬ブラック・ドッグ〉の姿。牙に二つの人影を引っかけている。


 やはり、を連れてきたか……!


死神グリム・リーパー〉は迷いなく、眷属のほうへ駆けだした。

 一方、〈雌蟷螂エンプーサ〉は鏖殺おうさつの女王と向かい合い、通信をこころみる。


「〈柘榴グレネード〉見えているな。〈仔犬パピー〉を止められるか?」

『不可能だ。動きがはやすぎる』


 彼女はすぐさま通信チャンネルを切りえた。


「こちら〈雌蟷螂エンプーサ〉。〈籟魔パズズ〉どこにいる?」

『……』


 しかし最後の〈虚無エンプティ〉からは応答おうとうがない。


「おい〈籟魔パズズ〉、応答しろ」

『……』


 再度呼びかけるも反応はない。

 その間に、〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉の巨躯は眼前だ。


「ゲラガァ!」


 超重量の突進。

 むろん、受ける手立てなどない。

雌蟷螂エンプーサ〉は横跳びにかわし、側面に回りこんだ。

 待ちせていたかのように、鉤の触手がひらめく。

 彼女は斜めに跳ぶ。空中で身をひねり、追い立てる鉤をかみ一重ひとえでかわす。さらにそこへ鎌を突き立てると、鉤をじくに縦回転。

 弧をえがいた足が、波打つ触手をむ。


 そこへ襲いかかる錐。

 もう一方の鎌が、側面から触手を叩き軌道きどうを逸らす。


雌蟷螂エンプーサ〉は鉤の触手を足場に駆けだそうとする。

 触手はそれを嫌って荒々あらあらしく波打つ。先端が地を打ち、ふたたび背後から彼女を襲う!


 姿勢を崩した〈雌蟷螂エンプーサ〉は、進むことも退くこともできない。

 ゆえに彼女は、その刃をもって鉤の触手を断とうとした。


「……っ!」


 ところが、触手は存外硬かたい。粒子の血がき、間違いなく傷ついているものの、すぐにはちきれない。


 背後から迫る鉤。


 万事休すか。


 否。

 この窮地きゅうちの最中、彼女はすでに次の一手を打っていた。触手へ突き立てられたかに見えた鎌はしかし、彼女自身の腕もまた、わずかに切りつけていたのだ。


 しぶいた血のいってきが、彼女の赤く淫靡いんびな舌にめとられた。

 そしてすぼめた口が血を吐けば、それはたちまち黒の輪郭に膨張ぼうちょうする。


 鎌の双腕をもち、つばさひろげた異形。

 粒子にふちどられた巨大な蟷螂へと!


 主の背後へ立ちはだかった蟷螂は、迫る鉤を上から叩き落とした。

 間もなく〈雌蟷螂エンプーサ〉は、その長いくびに組み付く。翼もつ異形は宙を舞い、錐の執拗しつような連撃をいなしながら、主を魔物の背へと送りだす。


「ゲエエエエェエエエェエッ!」


 憤激の咆哮。

 鼓膜へ牙を突き立てられるような大音声だいおんじょう


 しかし〈雌蟷螂エンプーサ〉は怯まない。

 敵の背に飛び移り、触手の根元へと馳せ、双腕を振りあげた!


 一方、その数瞬前。

死神グリム・リーパー〉は眷属と対峙たいじしていた。


 タイルの地面を、犬の爪が削ったときだった。

 双方そうほう、引き寄せられるように接近し、たがいの刃を光らせた。


 一見すれば眷属が不利。

 人を二人もくわえた犬は、動きがにぶく牙をもちいた攻撃をくり出せない。

 ところが、いざ交錯こうさくの瞬間、


「……っ」


 刃を引いたのは〈死神グリム・リーパー〉だ。

 犬は頭を遮二しゃに無二むに振るい、人質ひとじちを肉のたてとしたのだ!


死神グリム・リーパー〉は閃く爪撃を側転でかわし、あるじのもとへ馳せるその背中をにらみつけた。


 無論、諦念ていねんからではない。

 彼の手中しゅちゅうからは、すでに得物えものが消え失せている。

 空にをえがき、ける黒き満月と化して、犬のうしろあしへと飛来する!


「ギャアアァッグ……ッ!」


 鎌は狙いあやまたず、後肢をきり裂いた。

 犬は姿勢を崩し、みじめに地面へ投げだされた。その口から人質が吐きだされ、うめきとともに転がった。


死神グリム・リーパー〉はすぐさま二人の救出に向かう。


 しかし眷属の肩越し。

 猛烈もうれつな勢いで驀進ばくしんする〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉。

 鏖殺の女王が、眷属の死もいとわず、真っ直ぐに突っ込んでくる!


「……なっ」


 いや、違う。

 巨躯のじゅうは、突如、身を沈めた。

 三方に触手を伸長すると、


「ゲラァッ!」


 


 鉤でジェットコースターのレール支柱をみ、槌は景観樹、錐はソフトクリーム屋台にからみついた。


「……っ!」


死神グリム・リーパー〉はとっさにきびすを返した。


 触手がそれぞれに強張こわばり、力をみなぎらせた。

 直後、〈屍肉喰らいスカヴェンジャー〉の巨躯が上下反転した。


猟犬ハウンド〉が背中から地面へと落下する!

 刹那、吹き荒れる破壊の波!

 タイルが砕け、めくれ上がり、塵芥じんかいを伴って吹きすさぶ!


「……!」


死神グリム・リーパー〉は瞬時の状況判断のすえ、直撃を免れていた。衝撃に吹き飛ばされ、細かな破砕片こそかすめたものの軽傷だ。


 しかし――、


「ガハッ……!」


雌蟷螂エンプーサ〉の受けた傷は軽くなかった。

 彼女はすんでのところで蟷螂へとび移っていたがおそすぎた。


 衝撃の波にさらされた身体は、瓦礫の刃に裂かれていた。至るところから血が流れ、幾度も打ちつけられた臓腑の傷も血痰けったんとなってあふれ出た。


 さいわい、体勢たいせいを崩した敵からの追撃はなかった。触手も塵芥の煙へ隠れ、すぐさま攻撃してくる気配は感じられない。


死神グリム・リーパー〉は体勢復帰につとめる。

 倒れた眷属に刺さった鎌を抜き、首をりとると〈雌蟷螂エンプーサ〉の許へ駆け寄った。


「戦えるか?」


 適当な柵へもたせかけてやりながら尋ねる。


「……とても私自身は動けそうにない。だが、戦える。血があるかぎりは」


 もくもくと揺蕩たゆたう粉塵から、黒い触手が見え隠れする。


 奴はすでに体勢復帰を終えたか?


 しかし、どこからか飛来する黒い弾道だんどうが空を裂くと、粉塵の中で苦悶くもんの叫びが轟いた。


「ゲエェエエエッギ……ッ!」


 まだ満足には動けないらしい。

 視界さえ確保かくほできれば、すぐにでもめに出たいが。

紫煙スモーカー〉からの通信はない。単独でとびこむのは危険すぎる。

柘榴グレネード〉の攻撃範囲に誤爆ごばくしては目も当てられない。


 だが皮肉にも、〈死神グリム・リーパー〉にはまだやるべき事があった。

屍肉喰らいスカヴェンジャー〉の捨て身の攻撃のあと、眷属は見つかったが、人質の姿が見当たらないのだ。


 それが意味するところは――。


「グゥック……!」


 二人が奴の奴隷どれいになり果てたということだ。

 今、粉塵のかげから、二つの異形が躍り出る。

死神グリム・リーパー〉は〈雌蟷螂エンプーサ〉を見た。

 彼女は、口許に垂れた血の糸を舌ですくいとった。


「……悪夢を見せてやる」


 それを吐くと、血を核に粒子がまれ膨張する。彼女自身は動けずとも、雌を守るべく雄が奉仕ほうしに翼を拡げた。


 その時、号砲は鳴らされた。

 新たな弾道が虚空をきざんだのだ。


 しかしその一撃は、槌の触手に弾きとばされた。

 粉塵がゆがめば、ぬっとふんに似た口器こうきが現れた。


死神グリム・リーパー〉と蟷螂が、それぞれの鎌を振りあげた。

 その時、〈虚無エンプティ〉全員の耳に通信音声が割って入った。


『こちら〈紫煙スモーカー〉。全〈虚無エンプティ〉警戒せよ』


 まだ荒いものの残った声で、〈紫煙スモーカー〉がつづけた。


あらたなクラス〈猟犬ハウンド〉を感知かんち。くり返す。新たなクラス〈猟犬ハウンド〉を感知』

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