五章 コード〈自我〉
〈
あるいは監視対象の特異な性質について。
〈
それは彼女を監禁し人権を無視する行為に他ならないが、今更それを問題視する組織ではない。
実際、〈
情報統制の面で見ても
一方で、イレギュラーを九条茜音と断定するのが
イレギュラーへの
緊急会議によって新たに定められた事は一つだ。
コード〈
此度の事件の中心に存在する
――
〈
前回の襲撃から、かれこれ一ヶ月が経とうとしていたが、彼女らの周囲で新たな〈
変化しつつあるのは〈
監視任務を
「永田はいいよなぁ。いつも女子に囲まれてさ」
その一人が高山だった。
クラスこそ違うが、選択授業のさいに知り合い、なぜか懐かれてしまった。
今は、選択授業を前にした休み時間。
高山は背もたれに頬杖をついて、反対向きで席についている。〈
「まあ悪い気はしないね」
と同級生の余裕の態度に、高山は顔をしかめた。
「なんだよ、勝者の余裕か?」
「でも高山だって、九条さんと話してるじゃん」
「まあ、そうだけどよ。それってなんつーの、おこぼれみたいなモンじゃん?」
「なんの話してんの?」
囁きあう二人へ
高山は跳びあがり、ひきつった笑みを浮かべた。
「いやぁ、べつに大したことじゃないんだぁ。漫画の話だよ」
もう少しマシな
〈
「えー、ホントは恋バナとかじゃないの?」
「まあ、そんなとこかな」
と〈
「いやいや、恋バナとかそういうんじゃ……」
目に見えて高山は
女子は恋の話題に
「マジ? 高山くん、好きな人いるの?」
「いや、マジでそういうんじゃないから。特定の誰が好きとかじゃなくてさ、もっとくだらない話よ」
「あ! じゃあ、あれだ。ワイダン?」
高山がむせる。
「まあ、そんなとこかな」
「へぇ、やらしぃ……」
この展開が、高山には望ましくなかったらしい。
捨て犬のような眼差しが返ってきた。
〈
目を
「そういえばさ」
茜音は、意味深な笑みを浮かべた。
「永田くんって好きな子とかいないの?」
期待に
「俺はこっちに来たばっかだし、そういうのはないかな」
「えーっ、前の学校で再会を誓い合った恋人とかいないの?」
やたらと具体的だった。
「残念ながら。こっちでイイ人が見つかるといいけど」
「じゃあさ、カオちゃんとはどうなの?」
「西園寺さん?」
「うん。よく話すでしょ」
「まあ、席近いし。でも恋愛とかそういうのは、よく解んないよ」
実際、〈
ゆえに、この話題を続けるのは危険だと〈
ここは
しかし高山は、すでに教卓のほうへ向きなおっており、我関せずの体を貫いていた。先手を打たれた。
「カオちゃん、イイと思うんだよね。メガネっ子で可愛いし、そこそこおバカで
真意はともかく、なぜ彼女が薫をわざわざ
やはり小手先だけの対話能力など、さして役立つものではないらしい。感情に
どうしたものか。
その時、担当教師の坂口が姿をあらわし「恋バナ」は有耶無耶のまま終わった。
茜音はしばし
ところが、授業が半分を過ぎた頃。
〈
授業が始まってからというもの、茜音はぴくりとも動いていないのだ。
改めて彼女を観察すると、ペンは
そう、九条茜音は。
姿勢を正したまま眠っていた。
――
授業が終わると高山は、さっさと自分のクラスへ戻ってしまった。次の授業は体育で、早々に準備をしなければならないらしい。
必然、茜音を起こすのは〈
「九条さん、授業終わったよ」
肩をたたき呼びかけてみたが、目を覚ます様子はなかった。うめき声ひとつ上げず、姿勢を維持し続けている。まるで精巧な人形のようだ。
やむを得ず、〈
「九条さん、自分のクラス帰ろ」
「……んあぁ」
ようやく声を発したものの、意識までは戻っていないようだった。黒髪の
「ほら、起きて。帰るよ!」
揺らすのでは
「んぎゃ!」
すると、ようやく瞳が戻ってきた。
ふにゃふにゃと口を動かせば、大きく
「んん……いっくん?」
「なに寝ぼけてんの。いっくんって誰だよ」
「……あ、ごめん。永田くんじゃん。
へらへら笑って眠気眼をこする茜音。残念ながら嫉妬どころか呆れも
寝ぼけている所為か茜音の足許が覚束ないので、仕方なく隣り合って元のクラスへ戻る。
幸い、彼女の興味はもう「恋バナ」にはないようで、道すがら別のことを訊ねてきた。
「そういえば永田くんって、部活入らないの?」
「あー、どうしようかなって。新入生に
本音を言えば部活になど興味はないし、
「そうなんだー。じゃあ、あたしと同じ部活入んない?」
にっこりと笑って、顔を覗きこんでくる茜音。
あとで適当な理由をつけて断るつもりで会話を続けると、
「そういえば、九条さんって何部員なの?」
「帰宅部だよー」
茜音はそう言って、なぜかⅤサインを突きつけてきた。
「なんだ、部活してないんじゃん」
「へへぇ」
しかし意味不明な笑いを返した直後、彼女の足がとまる。
つられて〈
「永田くんって、家どこだっけ?」
「え?」
直後、投げられた問いは予想だにしないものだった。なぜそんなことを訊ねてくるのか理解に苦しんだ。
だが相手は〈
下手に拒絶すれば、任務に支障をきたす恐れがあった。
「……えっと、
「同じ方向だ。歩きだよね?」
「うん」
「じゃあさ、きょう一緒に帰んない?」
茜音がようやくこちらを見上げた。はり付いた笑みは、ひどく強張って見えた。
その感情に適当な名は、不安だろうか。
わずかに影をつくるえくぼの、あるいは
「……!」
〈
茜音の感情を、知識としてでなく感覚として知覚している事実に戸惑った。
なんだ、これは……?
その質感は、胸のおくを吹き抜ける湿った風のようだった。
とっさに胸を押さえ、感覚を殺そうとするができなかった。相手の
「……いいよ」
次いでこぼした、自分自身の答えに〈
俺は今、なんと言った?
監視任務の一端を
〈
「やった!」
しかし茜音の顔にパッと笑みが輝き、
後にトイレへ駆けこんだ〈
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