三章 三人の監視対象
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学校というのは、その点異質だ。
大きな箱のなかに、大勢の、それも生身の人々が詰め込まれている。教室単位で見ても、およそ三十人が同じ空気を吸い、感情と感情を
あれをやれ、これをやれと居丈高に命令する者はなく、顔を合わせただけで罵倒してくる者もない。
むしろ、
座した〈
「ねぇねぇ、永田くんってさ――」
それが〈
物珍しい転校生をまえに、クラスメイトたちは「永田」、「永田くん」、「永田裕司っていうんだよね?」と、とにかく名前を
〈
「朝っぱらから大変やねぇ」
予鈴が鳴り、野次馬たちがそそくさと自分の席へ戻っていったあと。
正面の席で大人しく本を読んでいた少女が、とつぜん振りむいた。
肩でみじかく切り揃えられた髪がゆるやかに弧を描き、値踏みするように細めた
「いやいや、べつにそんな事ないよ。むしろ、みんなが話しかけてくれて安心した」
無論、嘘だった。安堵の情感などとうに忘れた。
「ふぅん。永田くん、優等生っぽいねぇ」
「全然。それはそうと、君は……」
「ああ、自己紹介まだやった。ウチ、
「よろしく西園寺さん」
微笑を返しながら、無意味なやり取りだと思った。
西園寺薫は、〈
三年前まで滋賀県に住んでいたこと。三人姉妹の末っ子であること。趣味が読書であることまで調査済みだ。
だが、文字の
こちらが穏和に接しても、薫は微笑ひとつ返さない。
その点、〈
しかし極端に感情の起伏に乏しいかと言うと、そうではなさそうだ。わざわざ話しかけてきたのは、少々積極的に過ぎる。
そもそも〈
「なんか分からんことあったら、いつでも
そう言って薫は、初めてにんまりと笑った。やはり〈
「ほらほら、もう予鈴鳴ったぞ。静かにしろー」
「ヤバ、たけちゃん来た!」
教師が
「んじゃ、授業始めるぞー」
和やかな雰囲気の中、〈
――
退屈を感じないのは〈
机に突っ伏して寝息をたてる者、教師の目を盗んでスマホをいじる者、友達と囁き声を交わす者――。
正面の薫もうつらうつらと舟を
「はい、それじゃ今日はここまで」
午前中最後の授業を終えた。
すると眠っていた者も、そうでない者も、
「よっしゃ、メシぃ!」
「カオちゃん、今日のご飯なにー?」
ずいぶんと対照的な二人だった。
一方は、ほとんど金に染めあげられた髪が印象的だ。
もう一方は、溶いた飴のような黒のロングヘアである。リボンも可愛らしく
〈
彼女たちは、いずれも監視対象だ。
宿主候補三人が一堂に会したというわけである。
派手な印象を受けるのが
清楚な印象を受けるのが
あの日、避難指示を受けた仲良し三人組は、そろって校舎を逃げだしてきたところを〈
「ねぇねぇ、永田くんも一緒にご飯食べるー?」
「え?」
隣の席が空いたのを見るや、我が物顔で腰を下ろしたのは茜音だった。猫じみた大きな
「相変わらずなれなれしいな、茜音っち。ごめん、永田。こいつバカだから許してやって」
ななめ前の席にどっかと座りこんだ嶺亜が、ニカニカ笑いながら言った。
「えーっ! バカじゃないし! カオちゃんより成績いいもん!」
「なんでウチを巻きこんだ。玉子焼き
「いや、ワタシが盗るわ」
「なんでレーちゃんが! いつも分けてあげてるじゃん!」
三人は
「三人は仲良いんだね」
「もちのろーん」
嶺亜が答え、茜音からピースサインが返ってきた。
ふと薫を見ると、彼女は眼鏡の位置をただした。その表面が白くきらめいた。
「我々は
謎めいた宣言があって、嶺亜と茜音の二人が顔を見合わせた。
直後、三人は〈
心なしか周囲から向けられる男子の視線が
男子からの評価はともかく、
四つの机がぴったり合わさると、茜音がとつぜん
「はーい! それじゃ、あたし
「茜音っち、音頭ってなによ。酒の席でもあるまいし」
「
「そうそう! さすがカオちゃん」
「やるなら、はよやれー」
茜音は外見こそ優等生然としているが、内面はそうでもないようだった。ただのお調子者。あるいは単なる馬鹿だろう。
嶺亜は協調性に富んでいるようだ。
薫は嶺亜に近しい性質を持っているようにも思えるが、密かに場をコントロールしているようにも感じられる。
報告書には、なんと
監視対象の三人は、感情の起伏に乏しいどころか、いずれも我が強そうだ。〈
「それでは、お手を
交わった茜音の眼差しは鋭かった。〈
「よいよい、よいよい、よよよいヨイ!」
不可解に思いながらも〈
一方、薫と嶺亜は不動である。身動ぎひとつなく、眼差しは冷え切っていた。
判断を誤ったか……?
〈
任務に支障がでるとまずい。
「……ぷっ、あっはははははははは!」
ところが間もなく二人は、リスのように頬を
「ヤッバ! 永田くんノリ良すぎやん……! 真顔やけど!」
「ハッハ! やった、やりやがったよ! 永田ぁ……マジやばたにえん……ッ!」
〈
彼女たちの笑いの意味が理解できなかった。
純粋に笑みを返すべきか?
危機を脱したと判断するのは早計か?
この場に相応しいのは苦笑ではなかろうか?
手がかりを求め茜音を見れば、彼女はなぜか
「えーっ! ここ笑うとこじゃないでしょ!」
「いやいや、笑うっしょ。永田、おカタいタイプかと思ってたのにさ。ちゃんとやるし、やっちゃうし」
「ホントそれ。ズルいわ、永田くん」
〈
助け舟を求めようにも、真っ先に目が合った茜音から返ってくるのは「最高らしいぜ、永田くん!」と、謎のサムズアップだ。
彼女たちは、これまで関わってきたどんな人間とも違っている。
機械的なやり取りは
マニュアルでは対応不可能、
だが、彼女たちの
より慎重に任務へ臨まなければ。
そう自戒したとき。
突如、スマホが震えだした。
ポケットから取り出してみると、表示された名は「母」だった。
無論、本物の母からの連絡ではない。
〈
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