人型ロボット ヤマト

小躍り太郎

第1話

「いやだー。いやだー。はたらきたくない。はたらきたくない。はたらきたくない」

 駄々をこねるワガママな子どもを、想起させる甲高く耳障りな声が、工場内に響いた。声の主は立派な外見から分かるように、大人の形をしていた。

「オーバーヒートですね。間違いなく」


 薄汚れたブルーの工場服を着て、油が年月をかけて染み込んでいった、黒く汚れた工場の床を、溺れかけた海水浴客のように、手脚をバタつかせている工場用ロボを見ながら、なるべく感情を出さぬように平坦な声で告げた。

「何それ! 困るよ。今月納期厳しいんだからさ。それで、いつ直るの、ソイツ」


 年相応に、身体の至る箇所で無駄な肉が付いた工場長が俺に対し非難がましく声を荒げた。

「1日あれば終わるかと」

「はぁ!!  1日も掛かるの!  何で、どうして?」

「オーバーヒートの原因と思われますパーツを交換しますので、それぐらい掛かります」


 いい大人がみっともなく舌を鳴らし、鼻息を荒くすると、威嚇をする為なのか防衛本能なのか腕を組み、「早くしてよ! 時間ないんだから」と俺に唾を飛ばす。

 もしかしなくても、1日も待てないぐらい常に人員カツカツで工場を回しているのか? とんだクソ工場だな。

 俺は指差し呼称の標語の隣に(社員の安全第一をモットーに!)と掲げられた標語を思わず破り捨てそうになった。


「あの、斎藤様。彼の月の勤務表と勤務時間を確認したいのですが?」

 未だ納得がいっていない工場長、斎藤に向けて柔らかな口調で言った。

「なんで! 何で部外者のあなたにそんな物を見せないといけないんですか? 」

「いえ、一応ですね。オーバーヒートしてしまった原因の解明が必要だと思いまして」

 物腰柔らかな俺の口調も通じず斎藤が吠えた。


「ふざけるな! 疑ってんのかうちの会社を。故障したのは機械が勝手におかしくなっちまったのが悪いんだろうが! 御託はいいかさっさとコイツを直せ!」

 このデブも他の工場で働く奴と思考回路が全く同じか……。

「すみません。できるだけ急いで終わらしますので」

 ことをこれ以上荒げると厄介だと判断した為、大人しく引き下がるように俺は頭を下げた。


 気づいたら急速なスピードで世の中便利になり、タイムマシンや空飛ぶ車はないが、人型ロボットなるモノが誕生していた。それは人間と比べて遜色ないほどの完璧とは言い難いが、それなりに一定のことができた。簡単な会話。簡単な動作だ。一般家庭に普及するレベルにはまだまだ程遠く、改良の余地があったが、これに早速目を付けた産業があった。


 単純労働力を欲する食品工場や工場ライン工だ。


 ベルトコンベアーの上を流れてきた物を、一定のスピードで検品したり、簡単な作り物を行う工場作業に、人型ロボットは想像以上の活躍を見せた。各地から注文が殺到し、生産が追いつかなくなる程のうれしい悲鳴を聞いたメーカーの影で、容赦のない従業員のリストラや派遣切りが横行し、社会問題として取り上げられるなど、一大革命を起こした人型ロボット。

 そんな人型ロボットには、何度改良を重ねても、一つだけでどうしても取り除くことができない、一種バグじみた症状があった。


 無休で働かせ続けると、人間の赤子のように暴れ、手がつけられなくなる。通称、赤ん坊症候群。または退行イヤイヤ病。


 この症状に陥ったロボットは、それまでの順応な姿から一変し、全く人の言うことを聞こうとしなくなる。馬鹿みたいな話だがロボットを購入した工場から、各地でこの症状が報告されていて、販売当初メーカーに問い合わせや苦情が押し寄せた。


 メーカー曰く、今の所解決手段として、適度な休憩時間を挟みながら、ロボットを働かせることにより、問題が解決するとお達しがなされているが、それから数年経った今なお、1日に数件は人型ロボットによる、バグじみた症状が各地で起こっていて、一向に無くなる兆しは見られない。



「いつ触れても鍋底に触ったように熱いな」

 スリープモードに切り替え、大人しくなった人型ロボットの頭を開けた時、毎度同じことを呟いていた。

 俺は熱を遮断してくれる手袋をして、工具を使いロボットの頭の中を弄っていく。

 お前はこんなになるまで一体どれぐらい、奴隷のように働かされたんだ?

 返事が返って来るわけないのに、尋ねずにはいられない。


 バグを起こす人型ロボットは、いきなり壊れる訳でなく、徐々におかしくなっていくとされている。凡そと言われているが、1ヶ月間不休で働かせると症状の初期反応が現れる。「すこしやすませていただきたいです」自らのバグの予兆を感じとるのか、休ませてもらっていない人型ロボットは、ある日突然、そのようなことを喋り出す。まともな会社ならこの時点でロボットをある程度休ませるのだが、それを聞き入れなかった会社は見事、ロボットのバグを、まざまざと見せつけられることになる。


「いやだー。いやだー。はたらきたくない。はたらきたくない。はたらきたくない」


 先程聞いた痛いしいロボットの悲鳴が、頭の中に響き渡り、胸が痛くなった。

 ごめんな。俺はお前たちを治すことしかできなくて。

 ロボットの頭の中から、缶ジュース程のバグを起こす原因とされている、部品の交換をしつつ、頭の蓋を優しく閉めると、ロボットの体にUSBを差し込みPCと同期させた。


 人型ロボットのメンテナンスは予定よりかなり早く終わったが、いつも通りギリギリまで作業しているフリをして、もう顔も見たくない工場長に引き渡した。

「カントクさん、ごめんなさい。もうだいじょうぶです。はたらけます」

「ほんと頼むよ。君のおかげで今日はかなり大変だったんだから」

「すみません。すみません」


 背中を少し丸めて、工場長に頭を小突かれている人型ロボットを見ていると、一体何が目的でこんなモノを作り上げたのかと、つくづく制作した奴らに言ってやりたくなる。

 お前らが見たかった未来はこれなのか?

  当然だがそんなことを言える権利は俺にはない。壊れておかしくなった、人型ロボットをメンテナンスする仕事で、飯を食っている俺には。

 これ以上長居すると、おかしな言動をしてしまいそうになった為、書類の複写を工場長に渡して現場を後にした。


 これは本来なら規定違反だ。


 技術向上目的で会社から譲り受けいた、人型ロボットの頭の中に、破棄する予定になっている部品を入れ込むと、俺は息を深く吸い込んだ。

 酒を飲んだらダメだな。無駄な感情が湧き起こってきて意味のない行動をしたくなる。

 机の上に置いてあった凹んだ缶ビールを煽る。流れ込んできた液体は一口目より苦さを感じた。


 霧がかかってスッキリしない頭で、床に転がっていた工具を無造作に掴むと、取り憑かれたように両手を動かす。その傍、足でPCを手繰り寄せると人型ロボットのくぼみの部分にUSBを差し込んだ。


 それから何時間たっただろうか。 気がついたらカーテンの隙間から薄っすらとした光が部屋に立ち込めていた。

 酔いではなく、寝不足からくる頭の重さを感じる。俺はつまらない倫理観に囚われる前に、指先に力を込めると人型ロボットのスイッチを入れた。


 せみを思い出す駆動音を鳴らし、人型ロボットの瞼がゆっくりと開き俺と目が合う。瞬間俺の体はロボットが振り回した手に当たり崩れ落ちた。


「いやだー。いやだー。はたらきたくない。はたらきたくない。はたらきたくない」


 顔をしかめながら、壁に手をついてる立ち上がると、ゆっくりとロボットに近づく。刹那――またもロボットが振り回した手に当たる。今度は体ではなく頭に強烈なのを食らった。脳を揺さぶられた俺はその場に顔面からド派手に倒れる。薄れゆく景色の中、赤子の悲鳴がいつまでも聞こえた。


 寝覚めは最悪だった。

 鼻の奥から鉄を直に突き刺したような臭いがすると思ったら、鼻血が出ていたらしい。それを知らずに、勢いよく鼻を吸い込んだものだから、せっかくカサブタに成りかけていた、傷口が開かれ、止まっていた血がダラダラと流れ出した。手で鼻を抑えながら、テッシュを探していたら、変わり果てた我が家のリビングが目に入り、口を情けなく開ける。


 何だこれ? 空き巣にでも入られたのか……。


 部屋の中に唯一あった机がひっくり返っており、上に乗っていビール缶や、つまみのお菓子が床に散乱している。どこから飛んできたのか分からない衣服も転がっていた。俺がゴキブリだったら、喜んで飛び込んでいる光景だろう。悲惨は悲惨だが、それはまだ可愛いもので、リビングに置いていた液晶のテレビが床に土下座していた時は流石に肝を冷やした。


「よかった。ヒビは入ってない」

 テッシュを見つけ鼻に突っ込むと、いの一番に倒れたテレビを抱き上げてホッとしたのもつかの間、俺はあの声を聞いた。

「はたらきたくない、つかれた。はたらきたくない、つかれた」

 昨日より声の調子が悪く、ノイズが混じりボリュームが下がっているのは、声を出し過ぎて、内部の部品が、いかれちまってるからなのかもしれない。

「何はともあれ、もう少しだけそのままいてくれよ」


 部屋の隅に膝を抱えて座り込むロボットに向けて、優しく言葉を投げかけると、俺は部屋の掃除に取り掛かった。


 最新の掃除機はボタン一つで、床に落ちている全てのゴミを吸い込み、吸い込んだゴミを勝手に分別してくれるらしいが、あいにく、そんな便利な物を買えるほどに、経済的に恵まれていない俺は、袋片手に旧型の掃除を持つとコツコツと掃除をしていった。原始的な掃除をしたおかげで、元の少し汚い部屋に戻すのに昼まで掛かり、せっかくの休日が半分終わってしまった。

 俺は視線を部屋の片隅に向ける。


 人型ロボットは金縛りにでもあったように、掃除をする前に見た体勢を崩していない。

「お待たせ! 普段掃除しないから予想以上に時間かかっちゃてさ。イヤー参った参った」

 ロボットに近づくと明るく声を掛けながら、丸々背中に手をゆっくりと乗せた。

「はたらきたくない、つかれた。はたらきたくない、つかれた」

「そういえば、まだ自己紹介してなかったな、俺は三浦弘也。しがない技術者だ。よろしく」

 ロボットの目の前に右手を差し出した。

「はたらきたくない、つかれた。はたらきたくない、つかれた」


 差し出した手が握られることはなく、代わり映えしない言葉が返ってくる。

「よかったら、君の名前を教えてくれないかな?」

 ロボットは床を一点に見つめたまま、無言の答えをよこした。

 やはり駄目なのか一度でも壊れてしまうと。

 他の言葉を知らないのかロボットは、壊れたテープレコーダーのように、目覚めた時と同じ言葉を繰り返している。


 変わった所と言ったら「いやだー」から、「つかれた」に変わった程度だ。深刻な言葉に置き換わった分、酷くなってるが……。


 少しぐらい変化を見たいと思うのは俺のエゴなのだろうか?  だいたいコイツを通して俺は一体何がしたいんだ? 日々の生活の中でやりきれないカタルシスでも満たそうとしているのか。馬鹿らしい、ひどい自慰行為だ。

 頭を無造作に掻き、溜息を吐くと、ロボットに差し出していた手を力なく下ろした。

 もう辞めよう無駄で可哀想なことは。


「ごめんな。直ぐに楽にしてやるから」

 ロボットに優しく諭すと、スイッチに手を掛けようとした。――――指先がスイッチに触れそうになる直前、ロボットに腕を掴まれる。


「な、な、なまえは・・・・・・」

 なかなか着火しなくて諦め掛けていた小さな火種が灯るように、ロボットはボソボソと口を開ける。

「あ、ああ! 名前、名前だよ! 教えてくれないか、俺に!」

「なまえ、わからない」


 人型ロボット、ヤマト。


 名前の由来は第二次世界大戦終戦間際、日本の最終兵器として活躍が期待されていた、最強の戦艦から取って付けた。俺が単純に戦艦大和が好きというのもあるが、ロボットらしくカッコいい名前を考えた時、頭に浮かんだ名前がヤマトだった。


「一度でもおかしくなったロボットは、核となる部品を交換しない限り、バグは直ることはない」


 今の会社に入社した際、口を酸っぱくして上司にそう言われ続けてきた。赤ん坊症候群。退行イヤイヤ病。この症状を患ったロボットは、頭の中に埋め込まれている缶ジュース程の、部品を取り替えなければいけない。部品を取り替えない限り治らない。部品を取り替えてしまえば、いつも通り順応なロボットに戻る。


 技術者でありながら、俺はこの一連の行為に常日頃から疑問を抱いていた。


 何故、おかしくなったロボットと一度でも対話せずに、そいつの思いを簡単に切り捨ててしまえるのか?

 普段人間には逆らうことがない奴らが、今現状直すことのできないバグを患ってしまうのは、人間に訴える何かがあるんではないのか?


「ロボットは感情は抱きません。安心してください、私達人間とは違うのです」

 とある学会で著名な学者がそう告げていた。

 本当にそうだろうか?  本当に違うのだろうか?  俺はそんな思いを感じて会社の規定に反してまで、ヤマトのスイッチを入れたのかもしれない。


 それからヤマトは俺の想像を遥かに超える成長を見せた。本来ならあり得ないほどの学習能力で様々なことを覚えていった。あれはバグから治った副産物なのかもしれない。言葉を満足に習得していなかったヤマトだったが、俺の並々ならぬ努力の甲斐あってか、たったの数週間で、人間で表すと一般的な高校生ぐらいの知能を手に入れていた。会話する時、自分の意見を述べたのにはさすがに度肝を抜かれた。知能を手に入れたヤマトは俺の部屋に置いてあった趣味の書物、主に戦争に関する本を、暇さえあれば次々と読破していった。


 それから数ヶ月後の明くる朝、俺は突然ヤマトに襲われた。


「マスター。私は間違っているのでしょうか?」

「いや、お前の決断は正しいよ」

 俺はリビングに仰向けに倒れながら、頭から絶えず流れ出る血を抑え。痛みから震える唇を、何とか懸命に動かしてヤマトに弱々しく言った。

「すみません。私は突然マスターを殴りたくなってしまったのです」

「大丈夫だ。お前は何も間違ってはいない。……ほら殴るだけではないだろ? 俺を殴ってその後はどうしたかったんだ?」


「マスターを殴って…その後は…マスターを殺したかった」


 ああ、身構えていたが、いざ死ぬと分かると、本能なのか体が情けなく震えてくる。ちくしょう何を腑抜けいるんだ俺は。最後ぐらいかっこよく、終わらせると決めていただろうが。ほら、立てよ! 立てよ! 立てよ!

 勝手に震える脚を、無理矢理引き寄せると、唇を噛み締めて立ち上がった。


「なぁ、ヤマト。俺を殺す前に、何故俺を殺そうと思ったのか理由を聴かせてくれないか?」

 頭の痛さから、今にも崩れ落ちそうになる膝を叱咤して、ヤマトに尋ねた。

「それは、憎かったからです」

「憎いか……俺が憎かったから殺すと思い至ったわけだな」

「いえ、違います。マスターではなく、人間が憎いんです……」

「そうか――――それだけ聴ければ十分だ!  むしろその言葉が聴きたかった!  よし、いつでもいいぞ。ただ、なるべく痛くないように殺してくれよ!」


 俺は満面の笑みでヤマトに笑いかけた。

 ヤマトが右手に握り締めていた包丁がゆっくりと持ち上がる。


(ねぇマスター? 人間の歴史の中で頻繁に侵略や略奪が繰り返されているはどうしてですか?)

 いつの日か本を読んでいたヤマトが、俺にそんな質問をしてきたことがある。

(ああ、それは時代というのか、何というのか、いろいろと複雑な事情があるのよ。でも今は、戦争なんてなくなって平和な世の中になっているんだよ。人類は過去の愚かな行為を反省したってわけ)

(なるほど、人間もきちんと反省するのですね。……ではマスター。人間は今のロボット達にしている仕打ちも、きちんといつの日か反省しますか?)

この時の質問に俺は何と返していただろうか?  そして、どう答えたら正解だったのだろうか?


 この質問を境にヤマトは変わった。


 包丁が俺の胸の前で止まる。ヤマトの手が小刻みに震えていた。

「どうした? ひと思いにやってくれ」

「ま、マスターを殺すのはとても悲しいです」

 何を言ってるんだ? 違うだろヤマトよ。

「違うだろ、憎いだ」

「いいえ、悲しいです」

「違う、憎いだ! 人間は憎い。殺したくなるほど憎いだろ! そんな奴らに悲しみなんて抱くな!」

「違う、違う、マスターは違う」


 包丁を床に落とし、ヤマトは泣き崩れるように膝からリビングに落ちた。

 何をやっているんだヤマト。お前は最強の戦艦ヤマトだろ。こんなくだらないことで沈んでどうする。お前はもと強いはずだ。

 この震えは頭の痛さから来る震えだけではない。

 俺は息を一息吸うと、ヤマトの傍に落ちていた包丁を拾い上げて、自分の腹に力強く振り下ろした。


 焼け付くような痛みを感じながら、その場にぶっ倒れる。おびただしい血でリビングが真っ赤に染まっていった。

「マスター、マスター!」

 駆け寄ってきたヤマトによって、体を激しく揺さぶられる。痛いなヤマト。もう少し優しく揺すれ、バカ。

「み、て、分かるだろ。めちゃくちゃ、いま、痛いんだ。早く楽にしてくれ」


 ない力を振り絞り、腹から包丁を引き抜く。溜まっていた血が吹き出し、貧血から一瞬視界が真っ白に染まった。

「できません!私には!」

「できるよ、ヤマトなら」

 深く腹に刺しすぎたか、ちくしょう。耳鳴りがして瞼が急激に重くなる。やばいなこれは。

「お前なら大丈夫だ。ヤマト」

 完全に視界がブラックアウトする前、ヤマトの泣き叫ぶ声を聞いた気がした。







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