14. 敗北

「アッシュ、シオン……お玉さん、二人とも大丈夫かな……?」

 優香の震える声に、お玉が「正直、ヤバイね……」と唸った。

 一見、二人の剣技と火と水の合わせ技に互角に戦っているようにも見えるが、ゲオルゲの肩のディギオンはほとんど力を使っていない。

 火の第一種族のアッシュが第二形態を持つということは、勿論、土の第一種族のディギオンも第二形態を持つ。ヤツが本気になって、それになり、力をふるったら……最悪の結果が頭をかすめる。

 そのときモウンを包んでいた白い光が消えた。どうやら浄化が終わったらしい。法稔が脱力したようにぐったりと床に座り込む。

 しかし……。

「やっぱり間に合わなかったのかい……」

 モウンの軍靴の足先が石化していた。ザリ……石がコンクリートを踏む音が無情に鳴る。

 モウンが腰の剣を抜き、ざっと周囲を見回し、状況を確認した後、ゲオルゲとディギオンと戦う二人の部下を見て、赤い瞳を閉じた。

『今回は俺達の負けだ』

 静かなモウンの心語が、皆の頭の中に響いた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 身を包んでいた眩しい白い光が消え、苛んでいた土の邪気が消える。

 動けるようになった身体に背後から

「……すみません……間に……合い……ません……でした……」

 どさりと床に座り込む音と、息をするのも辛そうな法稔の声が聞こえた。

 ザリ……石と化した軍靴の先がコンクリートを踏む音が鳴る。

「いや、助かった。感謝する」

 モウンは剣を抜き、周囲を見回し、状況を確認した。戦う二人の部下を見た後、二人の術士の様子を探る。

 ……玄庵はまだ余裕があるが……エルゼはそろそろ限界だな……。

 補助的な役割を果たしてきたとはいえ、法稔同様、エルゼも術を使い続けている。魔力の低いサキュバス族ではそろそろ限界が近い。

 ……お玉は……優香を守るので精一杯か……。

 周囲を囲む濃い瘴気ほどではないが、屋上もディギオンの邪気に溢れている。感応力の高い魔女の優香が今、正気を保っているのは、お玉が彼女をしっかりと安息の闇の力で守っているおかげだ。

 ……ならば……。

 瞳を閉じ、ディギオンには聞こえないように調整して、心語で部下と死神の二人、そして逃げ遅れた大切な娘に静かに告げる。

『今回は俺達の負けだ』


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 皆の息を飲む音が聞こえる。

『……そんな……モウン……』

 泣きそうな優香の心の声に、鬼の班長は小さく笑った。

 もし、彼女がここに来てくれなければ、今頃、自暴自棄だった自分は相打ち覚悟でディギオンに向かっていただろう。それが、単に返り討ちに合うだけだと知っていても。

 だが。

 瑞穂が今年、受験ということは、優香も今年は高校三年生だ。将来に向け、しっかりとサポートしてやらんとな。

『……モウン、私、事件が終わったら皆のところに帰っていいかな?』

 優香にそう言われたとき、ふと心に浮かんだ呑気な考えを思い返し、モウンは口角を上げ、目を開いた。

 ……そう『今回』は負けで良い。

『今から次に向け作戦を立て直す。まずは皆、生きて、この場から逃れる。その為にあらゆる手段を講じる。良いな』

 このメンバーなら間違いなく、確実な次ぎの手が打てる。しかし、それにはメンバーの誰一人欠けないのが条件だ。だから一旦、全員で安全な場所に引く。

『……でも、どうやって……』

 副長の問いにモウンは従兄を見た。ディギオンが意のままに動かす為に自我を消された『足』を。

『全力で『足』を潰す。途中で俺の浄化に法稔が花園の力を向けてくれたおかげで、封印はまだ解除されてない。『足』がなくなれば、ディギオンは土童神社の神域に戻るしかない』

 いくら『神』の加護を受けているとはいえ、ゲオルゲは土の第二種族の総統家の傍系。しかも自我が無い為、以前のような土の術は使えない。

『つけいる隙はあるはずだ』

 剣を構える。そのとき

『班長、ちょっと代わって貰っていいですか?』

 シオンの心語が響いた。いつにない真剣な声が頼んでくる。

『班長とアッシュさんで戦っている間に、ボクに『隙』を作らせて下さい』


 ギン、ギン!! モウンとアッシュ二人、二人の剣戟の音が響く。二人の猛攻にゲオルゲの身体にいくつもの傷が増えていく。しかし、相変わらずゲオルゲは全く怯むそぶりも見せない。彼の肩の上ではディギオンが楽しげに石と化していくモウンの足を見ていた。

 ……このままじゃダメだ。何か、ディギオンの予想も付かないような事で意表をつかないと……。

 まだ遊んでいる、余裕にあふれた顔を見ながら、シオンは自分の胸に手を置いた。

『あらゆる手段を講じる』

 班長の言葉を口の中で繰り返す。

 ……使える手は全部使わないと……。そして、全員で『生きて』戻るんだ……。

 その為に一番有効な手がここにある。

 ぐっと刀を握り、意を決して、シオンはお玉に心語を飛ばした。

『お玉さん! 優ちゃんの目と耳を塞いで!!』

 右手の青龍刀を逆手に持ち替え、ためらうことなく自分のマリンブルーの軍服の胸に刺す。

「シオン!!」

 エルゼと玄庵、二人の悲鳴が聞こえる。

 バキリ……。胸の殻の砕ける音が聞こえる。同時に走る熱いほどの痛みに構わず、刀を投げ、シオンは砕けた殻の隙間に手を突っ込んだ。玄庵の封印の玉を取り出す。それを地面に落とし、真上からもう一刀を振り降ろす。

 パキン! 刃が床に食い込む。玉はあっけなく真っ二つに割れ、消えた。

「班長! アッシュさん! この隙を使って!!」

 ドオン!! 空気を揺るがす轟音と共に、シオンから結界の中に大量の水があふれ出した。


 突然、現れた逆巻く水に流石のディギオンも驚き、ゲオルゲも足を取られる。

「無茶なことをっ!!」

 叫びつつ、アッシュは火気を集め、ゲオルゲの前の水面に叩きつけた。

 ジュワッ!! 大量の水蒸気が沸き立ち、辺りを白く包む。その隙にモウンが剣を構えて突っ込んだ。全身の力を振り絞り、ゲオルゲの胸に剣を突き刺す。

『ゲオルゲはお前の持っているものが羨ましくて仕方がないのだ』

 少年の頃、父に言われた言葉を思い出す。

『だが、あれは姉の育てが悪かったのだろう。それを自分が口を開けていれば、周囲がお膳立てをしてくれるものだと勘違いしている』

 モウンが周囲に与えることで、返ってきたもの。それが手に入らず、その苛立ちから、周囲を傷つけることしかしなかった従兄。

「同情などせん。ただ、従弟として引導は渡してやる」

 腕の力を振り絞り、剣を押し込む。剣が従兄の身体を貫く。

「アッシュ!!」

 モウンが手を離した柄を、今度はアッシュが握った。ありったけの火気を剣に込める。ゲオルゲの身体が剣の刺された内側から灰になっていく。

 『足』を失い、大きくディギオンの身体が傾いだ。

『偽りの『神』よ! 麿の元に戻るでおじゃる!』

 男の子の声が空に響き、ディギオンの姿が消える。屋上を包んでいた瘴気が降りしきる雪に洗われるように消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る