File.6 憧憬の行方

1. 従兄弟

 身の毛もよだつような断末魔の叫び声が廃墟の連なる乾いた街に響く。

 『悪魔』の部隊となって久しい、破壊部隊の兵士達すら顔を背け、耳を塞ぐ。その中で、ゲオルゲは顔に飛んだ返り血を分厚い舌で満足そうに舐め取った。

「……さて……」

 黒い牡牛顔に浮かぶ血のように赤い瞳が、隣で腰を抜かしている、この世界の人間へと向かう。恐怖に声すら出ない怯えように、にんまりと加虐の光を湛えた目が笑った。

 ぐっと自分の半分もない細い腕を握る。まずは折り潰してやろうと力を込めたとき

「ゲオルゲ」

 静かだが、はっきりと怒りを込めた声が背後から掛かった。

「俺が命じたのは、この街の『破壊』だ。虐殺ではない」

「これはこれは従弟殿……」

 男を放り投げ、ゲオルゲはもったいぶった態度で振り向いた。

 遮るものの何も無い、天頂からの降り注ぐ苛烈な日差しを浴びて白く染まる街路。そこに黒いマントをはためかせた、自分と同じ牡牛顔の男、破壊部隊第一隊隊長であり、同族のミノタウロス族の総統ハーモン家当主、モウン・ハーモンがいる。

「どちらにしろ『殺す』のだ。同じではないのか?」

 大仰に肩をすくめるゲオルゲに

「違う」

 母方の従弟であるモウンは、自分に似た顔を鋭い目で睨みつけた。

「ただでさえ滅びゆく世界の者に、更に苦痛を与える必要はない」

 ゲオルゲは大きく鼻を慣らして、彼の言葉を一蹴した。獲物を再度捕らえようと手を伸ばす。が、小さな悲鳴をあげて転がったはずの男がいない。周囲を見回すと、最近モウンの副官となった、まだあどけない少年兵の白いマントの後ろに男はいた。

「アッシュ、大隊長の名で魔術師長の玄庵殿が部隊に撤退を命じた。後は俺がやる。お前もその男を家族の元に帰した後、撤退しろ」

「はい」

 少年兵が男を抱えて飛び立つ。その姿を見送ってゲオルゲはチッと舌を鳴らした。

「……また、懲罰を受けたいのか? 従弟殿。度重なる命令違反にディギオン様も呆れていたぞ」

「今更、懲罰など構わん。ゲオルゲ、お前も撤退しろ。お前がディギオン・ベイリアル中将閣下のお気に入りだろうが、この隊にいる以上、隊長の俺の命に従って貰う」

 ゲオルゲはおどけたように肩をすくめてみせた。

「まだ、どこかに『獲物』はいないのか?」

 周りの隊員達に尋ねる。

 隊員達が、彼の喜悦の光を浮かべた瞳から逃れるよう視線を外す。モウンが腰の剣の柄を握った。剣を抜く。

「撤退しろ、ゲオルゲ。これは上官命令だ」

 鋭い切っ先が日光を反射し、ゲオルゲの目を射る。

「それが嫌なら一太刀でも俺に浴びせてみろ。弱者しかいたぶれない、腰抜けが」

 侮蔑の言葉にゲオルゲの頭に血が昇る。腰の剣を抜き構えるとゲオルゲは従弟に向かって切り掛かった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 荒々しく、断崖絶壁を打つ波の音がディギオンの『オモチャ』を入れた『島の別荘』の地下牢に響く。

 あの後、ゲオルゲはあっけなくモウンに剣を弾き飛ばされ、皆の前で素手の拳で沈められた。その屈辱から破壊部隊を辞め、実家を出た彼は今、ディギオンの私設部隊の長として『島の別荘』の管理人をしている。

 その彼の元に連絡が入った。主人であるディギオンの留守を狙い、この『島の別荘』に何者かが侵入したという。

 度重なる『遊び』で瀕死の重傷と治療を繰り返した結果、正気を保てなくなった『オモチャ』の叫び声と呻き声が廊下に響く。その奥から小さな男の声がゲオルゲの耳に届いた。

「ブライ! しっかりしろ! 今ここから出してやるからな!」

 角を曲がると、ディギオンの『お気に入り』の魔王軍防衛部隊第一隊の隊員を入れた牢の扉が開いている。

 中から聞こえるのは忘れることのない屈辱を与えた従弟の声だ。ゲオルゲは腰の剣を抜いた。扉を潜る。そのまま切り掛かった剣を、屈み込んでいた従弟はあっさりと己の剣で受け止めた。

「……ゲオルゲ……。行方不明になっていた、お前がどうしてここに……」

 モウンが剣を弾き、赤い瞳を見開く。

 その目が血と膿の臭いの中、床に転がる呼吸を止めた五人の隊員と、発狂し言葉にはならない声を発している四人の隊員に落ちる。

「よもや……ハーモン家に次ぐオナシス家の男がここまで堕ちているとは……」

 新人隊員を庇うようにモウンは剣を構えた。

「ブライは返して貰う」

 ゲオルゲが無言で剣を握り直す。彼は再度、従弟に切り掛かった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 破防班、ハーモン班に捕縛され、取り調べを受ける為に留置所に拘束された男が声も無く崩れ落ちる。

「……失敗者には死を……」

 その胸から剣を抜いたゲオルゲは、今夜『土の者』に入れ替えられた看守に目配せを送った。彼を招き入れた看守が小さく頷き、扉を開く。

 剣の血糊を振り落とし、留置所から冷たい星空に飛び立つ。彼は己の右角に手をやった。

 あの『島の別荘』で再度モウンに負けた彼に、仕置きとしてディギオンが折った角。そのざらりとした断面を指でなぞる。

「……モウン・ハーモン……」

 どこまでも自分を愚弄する従弟の名を怒りと共に吐き捨てる。

「……待っていろ、今度こそ……」

 彼は剣を納めると北の空、今夜、ディギオンの私設部隊の隊長が集まる、彼の別邸に向かって飛び去っていった。

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