7話

「っ!」

目を覚ましたのは二回目だった。一回目は夢の中だったからカウントしなくていいかもしれない。目に入ったのは灰色の天井と新品の電灯。どうやらちゃんと現実に戻ってこれたらしい。ただ体が思うように動かない。

「起きたか!」

驚いたような声が右から聞こえてそちらに視線を移す。レインがベッドの隣に立っていた。どうやら身を動かせない理由は彼だったらしい。イヴリンの右腕をおさえつけるようにして封じている。矢継ぎ早に見えてきた現実に戸惑っているとゆっくりとこれまでなにがあったか話してくれる。

背水の陣のような術を使って今まで眠ってうなされていたこと、そして気絶したのが晩で今はようやく暁になったこと。確かに昨日貫かれた腹を見てみると完全にとはいかないが動くのに支障ない程度には回復している。ただ気になったのは左腕に巻かれた包帯。こんなところ怪我した覚えはないが。

「術の作用で相当苦しんでたらしいな、暴れまくって大変だったんだ。自分で自分のことを殺そうとするくらいな。」

遠くに自分が持ち歩いている両手剣が転がっている。抜いたつもりはないのだが剣が鞘から抜かれ無造作に遠くにとばされている。レインは心配で惜しそうではあるが拘束していた腕を離してくれた。

「ちょっと手荒で申し訳ないな。急を要したから遠くに蹴り飛ばしてしまったけど許してくれ。それにこうやって抑えないと本当に死にそうだったから。」

「そんなに大した剣じゃないんだ。気にしないでくれ。一晩も世話をかけた。」

苦笑いして首を横に振った。

「俺が抑えるのは造作もないさ。だけど一番大変だったのは君だったんだろう。もう起きても大丈夫かい?」

「…ああ。」

眠っていた間のことを思い出して上体を起こす。吐き出すように息をつくと顔を両手でおさえて考えを整理する。額が汗で濡れている。

「大丈夫だ。もう完全に戻ったよ。」

ベッドから立ち上がると周りを見渡して主人の姿を探す。それを察してくれたかのようにドアを顎で示してくれた。

「ご主人はアルフレッドさんの世話に行ったよ。朝飯くらい食べさせてやらんとかわいそうだって。預かっててくれって君が頼んだんだろう?」

「そうだった!」

「俺もついでにご相伴に預かろうかな。これだけ手伝ったんだからご飯くらいは交渉してくれない?」

「もちろんだ。ちょっと頼んでみる。」

ドアを開けて廊下をそのまま進む。その風景を夢の中のものと照らし合わせてもやっぱり同じものには思えない。あの空間はなんだったのだろうか。首をかしげつつも進むと来る時よりずっと短い時間でエントランスまでついた。感嘆したようにレインが声をあげる。


「その都度構造が変わるっていうのは本当だったらしいな。」

「そうなのか?とりあえずエフさんにお礼を言わないと…」

そう言いかけて視界の中心に洗濯物の籠を持って小走りをする白いワンピースとあのブーツを履いた女性の姿を捉えた。一生懸命運んでいた彼女だったがイヴリンに気づくと足をとめてこちらに向き直った。

「一晩も姿を消すなんて心配したよ。置いていったのかと思った。今度から一言言ってくれると嬉しいな。あ、今洗濯物手伝ってるからそれ終わったら朝食がダイニングにあるから一緒に…」

イヴリンがずかずかと彼女の近くにまで寄っていく。彼女が言葉を詰まらせるくらいには鬼気迫ったように。

そしてそのすごい勢いのままアルフレッドを抱きしめた。

思わずレインは気を使って目を逸らそうかと考えたがその抱きしめ方が恋人同士のそれではなく、大事な宝物を手放さまいとする子供のそれに近いことに気づくと見守るように見ていた。

一方で急にひっしと抱きしめられたアルフレッドは洗濯物を落としそうになり咄嗟にに持ち直した。あまりにも唐突のないことで注意をしようと思ったが彼の様子を見てやめた。声こそは漏らしていないがイヴリンが泣いている気がした。

「どうしたの。」

「すまん…すまん…!このままで…もう置いていかないから、このままでいてくれ。お願いだ。」

「あの。」

反論しようとしたが聞いたこともないような震えて懇願する声には勝てずに、ただできたのは安心させるようにそのままの体勢を維持してレインに困った目線を向けるだけだった。

「イヴリンは怖い夢でも見たんですか?」

「まあそんなところだな。」

「あらまあ。」

その言葉を聞いて頭を撫でてておいた。

「お帰りなさい。」

その言葉に情けなく安心したイヴリンは笑う。



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