3話

一方台所ではアルフレッドが手伝いをしていた。その隣には三人ほど給仕の女性が近くにいてその様子を囃し立てて見ている。その注目の的はアルフレッドの手元にあるじゃがいもの皮が剥かれていく速度と丁寧さ。器用なその手つきを見てきゃあきゃあと黄色い声で囲んでいる。さかさかと慣れた手つきで明日の朝のシチューの下ごしらえを終えた彼女を厨当番は惚れ惚れした目つきで見ている。

「アルフレッドさん凄いわあ、私よりずっと早いもの!」

「こういう風に役に立てるならなによりですから。」

「まあ見上げたメイド精神!」

ちょっとだけ気の抜けた彼女達の様子に思わず近くの茶髪の一人のメイドに声をかけてしまった。

「あの…みなさまはその、人間ではないのですか?」

「違うよー!私達は御館様が依り代を使って使役している使い魔だもん。」

「そうそう。だからどっちかというとマモノ寄りかな。」

どうりで彼女達はよくしゃべり個性を持っている。やはりあのエフという男は詠唱魔術に長けた優秀な魔法使いでありこの館のメイド全員を使い魔として創造しているということはその器用さも妙妙たるものだ。もし最初に襲われた時に最後まで反撃されていたら修行したイヴリンと言えど使うのは剣術のみなのだから捌くのは無理だっただろう。彼がとりあえずは味方でよかったと胸をなで下ろし使い魔だと聞いた上で彼女達をもう一度見直す。

「どしたの、じろじろと。」

茶髪のメイドが少し頰を赤らめて指摘する。

「御洋服が可愛らしいなと…。」

自分でも不思議だった。使い魔としてのスペックやその完成度に感嘆するということが普通だというのにそのフリルのついたスカートを備えた制服が可愛いということが一番に頭にくるなんて。まるで人間の少女みたいなことを考えてしまったな。自分の格好が白い布みたいなワンピースとその割に綺麗で浮いたブーツだから卑下し対比してしまったのかも。だから聞こえないようにかなり小さい声で言った。自らの気持ちのようななにかを慰めるだけのものであるように。

「えっなんて?」

「素晴らしい方々がメイドさんなんだなと、エフさんは凄いですね。」

その言葉を聞くと三人が顔を見合わせてうれしそうに笑う。これも勿論嘘じゃない。使い魔は創造に本人の気質が左右されるところがある。つまるところこの館の明朗快活でひどく明るい彼女達の源泉であるエフもまた人を惹きつけ引っ張っていける人格者であることを表している。

「アルフレッドさんはお人形さんなのよね?私達使い魔は主人たる御館様に魂を与えられて誕生するのだけど、お人形さんはどうなの?」

皿を洗っていたまわりより少し幼い金髪のツインテールの少女がきらきらとした目で尋ねてくる。その質問に対して顎に手を添えてしばらく考えていた。だけれどやっぱりその結論は出ることはなかった。

「ごめんなさい、わからないんです。無縁な例え話にはなりますが人の子が生まれた時そのものの記憶をほぼほぼ持っていないのと同じように私も覚えてはいません。自動従事人形の量産体系についても公には公開されていませんし私達も知らされていません。私も不良品として工場に預けられていましたがその製造ラインに関しては一切見ることはできませんでした。」

金髪の少女は目を潤ませた。他の二人のメイドも少しだけ表情を険しくしていた。しばらくその意味がわからなかったが自分が口走った不良品という言葉のせいだと気付いた。潤ませた少女が手をひしっと握ってくる。

「あなたは不良品なんかじゃないんだから!もうそんな事言わないで!」

「そうですよ!私達よりずっと料理の腕も上だしお作法も上だもの!」

「自信を持って!」

次々と励ましの言葉をかけてくる彼女達を見てやはり素晴らしい方々だと思った。アルフレッドは手を上から包んで握り返すと努めて優しく笑う。

「大丈夫、今はもう。イヴリンと一緒に旅をしていると自分が不良品として投棄されたことを忘れていくような気がするの。女の子の親友もできてしまったし私は前よりずっと自分に自信がついたと思うんです。」

これは半分本当で半分嘘。エミリアという親友ができて前向きになったというのは本当だけれど自分が不良品だというのを忘れていくというのは嘘。この事実だけはここ何十年かに渡って染み付いたものだから変えられようがない。今でも心のどこかで棘のように刺さったまま取れない。だからといって不甲斐なくはあれど心はなく傷ついているわけでもない。不良品であるということは事実だ。

「親友!?そのお方はどんな方なの?」

鍋をかき混ぜていた黒髪のメイドはうきうきとした口調できいた。使い魔で使役しているということは当然この街からは出たことがないのだろう。外の世界が気になる気持ちはわかる。アルフレッドはつい先日のかの不思議な体験と一人の夢見る少女とその母の愛の話を聞かせてあげた。

「へえ…そんな不思議なことがあるんだ。」

茶髪のメイドが頷きながらきいていた。説明といっても堅い説明をしない方法、昔イヴリンやルーネイティアに読んで聞かせた絵本調という手で。よくも悪くもそれが味を出して彼女達には聞きやすかった。

「それで…その『幽霊』さんは今も元気なの?」

「『幽霊』さんが元気ってなんだか変な言い方ね。」

「息災だと思いますよ。病も罹患しようがありませんしね。」

「えらく賑やかだな。」

彼女達と比べると何段も低い男性の声が会話に割って入った。ばっと四人ともが厨の入り口を見やった。もちろんそこにいたのはこの館の主人エフ・ヴァーゲ。さきほどまで少女らしく天真爛漫だったメイド達が頭を下げ膝をついて敬仰する。同じような体勢をアルフレッドもとろうとしたところエフは手をたたいて笑った。それにアルフレッド自身も自分の行動に気付いて慌てた。

「客人がそんなに畏まってどうするんだ。世話をかけるがメイド達は食事が終わったから後で片付けをしておいてくれないか。アルフレッドさんはこっちだ。」

手招きをするエフについていく。

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