2話

「いいひとだな!あんた!」

骨つき肉を口いっぱいに頬張りながらにかにかと語る彼はさきほどまでの男と本当に違う人間のようだった。絢爛豪華なダイニングのやけに長いテーブルについてたくさんの料理が並んでいる。東洋のものから西洋のものまで、魚も肉も野菜も美味しそうな高価そうな料理がずらりと並んでいる。肘置きに重心をよせたこの小さな晩餐会の主催者はこくこくと頷いた。

「遠慮はいらない、食べたまえ剣士。」

「俺はイヴリンだ。」

「…私はアルフレッドです。挨拶が遅れ申し訳ありません。私達は邪神を倒しにいく道中でございまして。こんな手厚い御対応お礼の言葉に困ります。」

言葉通りに遠慮なく料理に手をのばすこの旅の先頭者を横目にアルフレッドは座礼をして、この対応がいくらなんでも豪華すぎやしないかという気遣いの言葉を投げかけた。それに対してただエフは得意げに笑うだけだった。

「いやいいんだ、さきほどの詫びも込めてな。それにこの街に普通の人間が訪れるなんて何十年振りかわからないからな。私の気持ちだと思ってくれアルフレッド嬢。私のことはエフとでも呼んでくれていい。」

「エフさん。悪いモノというのはなんですか。マモノでもない悪いモノとは。」

直球勝負に聞いてきた彼女に対して真摯に答える。

「マモノでもないというのは間違いだ。マモノでも人間でもなりうる悪いモノのことを指して言っているわけだからな。それはこの街に現れて身を隠そうとする。」

がつがつとご馳走を頬張る客人はまるで耳に入っていないようだった。馬車でなにも食べなかった上にあの毒の混ざった霧で体力を奪われていたのだ。その様子を見て目の前の館の主もほっと安心したようだった。

「タウンを無防備に歩く奴なんか久しぶりに見たよ。体に悪い影響が出ていなくてとりあえずはひと安心といったところだ。」

「まあ変わらずと言えば…そうですね。」

脇目もふらずに右手に骨つき肉、左手に新鮮な魚のマリネを手にしたその人間はがつがつと無礼講に口にする。他にも湯けむりをあげたカラフルな野菜炒めに黄金に反射するスープまで。


この主に聞くところによるとタウンに満ちているあの霧は薬の製造時に出てしまう気体がそのまま垂れ流されたものであり長時間吸い続けるとその地帯や元の薬品によっては死んでしまうこともあるそうだ。彼や住人自身この街を歩く時は防衛魔法を張って歩いているほど見境はなく猛威を奮うらしい。


「この建物は元は病院だったのだけど、もう潰れているみたいでね。私がこの街に来た時には売りにだされていたものだから手を加えさせてもらってこの通り屋敷にしたのさ。…一部の治療室は残しているけどね。薬の臨床実験を自分でやって倒れる者も少なくないから開放しているんだ。」

確かにこの大きなダイニングも元の間取りを考えると待合室だったのだろう。天井近くの高い場所にかけられたモニターがそれを想像させる。今となっては立派な絨毯の敷かれた大豪邸の応接に使われる一室だが。

エフの視線がじっとイヴリンの方に注がれた。流石にそれには気づいて少しだけ目をそらすようにしてばつの悪そうにする。

「なんだそんなに…」

「興味深い瞳をしているな…と思ってな。」

「珍妙という意味なら何度でも聞いたぞ。」

今度の目のそらしかたは子供が拗ねた時のそれと同じだ。その表情は子供の頃から変わらないのですぐにわかる。その夕と夜の真ん中をいく瞳は何度だって話題にあげられる。それに対して最早本人も失礼や傷心というよりかは慣れて当然という面構えになりつつあるのだからこんな茶化すことも知っている。様子をみるべくアルフレッドはお茶を一口すすった。

「俺の瞳が人のものではないとか、怪物とか魔物とか言われるのも慣れた。見るならいくらでも見ればいい。」

「お前は自分がマモノだと思うのか?」

「どういう意味だ?」

「言葉そのままの意味だ。お前は自身が『マモノ』であると感じるのか?…それとも魔の物なのか?」

「言ってる意味がわかんねえよ…」

彼にしては珍しく半ば呆れたような怒った声を発した。思わず紅茶をすするのを止めて咎めるようにエフをみてしまったくらいだ。いくら瞳が人と違っていたからといってそんな言い様はないだろう。言った本人もその空気を汲み取ったのか気まずそうに咳払いをした。

「すまん。言葉が過ぎた。」

気まずい沈黙の中で耐えかね動いたのはアルフレッドだった。すくっと席から立ち上がり空になった皿やカップを重ねて回収していく。その様子をみていた館の主は制するように首を横に振った。

「私は給仕の仕事が元よりですから。洗い場はどこでございますか。」

「客人にそんなことさせられない。」

「この館の御手伝さん達にもお話を伺いたいですし。」

諦めたように背後にあった扉をすっと指差して額をおさえた。不甲斐ないと自戒しているようだった。この気まずい状況下で起こした切欠というのもそうなのだが、メイドの先輩となるこの館の侍女に話を伺いたいというのも事実なのだから気にしないでほしい。たまたまタイミングが重なっただけ。お皿を積み重ねたまま二人にぺこりとお辞儀をして退室する。

玄関の大扉とは違って軽い音に拍子抜けしたように息を吐いた。

「また、気を遣わせてしまったか。」

呟くように吐いた一言が引っかかったらしい。

「すまない。私のせいだな。」

「いや…まあさっきの言葉はお前のせいかもしれないが、ああいう行動に移させるのは俺のためだ。気をつけないと。」

イヴリンも額をおさえて背もたれに体重を預ける。やれやれという相手を下に見た感情とも違う想いが心には満ちていた。慢心にあふれた調子にのった言葉などではなく事実を述べているだけだ。

「あいつは律儀だけど難儀な奴だから。」

「そうか。だけど感情豊かな子なんじゃないのかな。」

「え?」

思わず大真面目にそう提言したエフを見る。そんなことを最初から言える人物なんて初めてだったから。みんなどこかアルフレッドが無感情であることを自動人形だから仕方がないと諦めている。それもまた見下したわけじゃなく世論としてそうだからだ。

冗談や皮肉で言ったようには思えない。

「そんな驚いた顔をしないでも。君が言ったんだろう?」

「そうだが…いや、わかってくれない奴が多くてな。」

「はは。違いないな。多分アルフレッドさん本人もそう言ってるんじゃないかな。きっと一番わかってるのは近くにいる君だ。さてもういい時間だし私達も皿を片付けるとしよう。」

その言葉にまたも驚いて壁の時計を見る。エフはその様子を不思議そうに伺っていた。固唾を飲み込んでしばらく動かなくなった彼はさっきまで一緒に話していた一人のただの青年には思えなかったからだ。彼の目つきを、どこかで見た覚えがある。くるりと視線をこちらに向けたイヴリンが少し急かすように尋ねる。

「ここらへんにクエスト掲示板はあるか?」

「あるぞ。この館を出て裏の階段を降りて行って…ああ。」

今いる場所の難解さと説明の面倒臭さを思い出して手元にあったメモ用紙にすらすらと長い呪文を書き始める。破った二枚のメモを一枚ずつ青と赤の封筒に入れると小さなコンパスと一緒に手渡した。

「その青い封筒を裂くと魔術でクエスト掲示板までテレポートするようになっている。面倒だからそれで移動してくれ。赤い封筒を切るとこの館の入り口に戻ってこられる。コンパスは自分の現在位置を把握し目的地までの道のりを教えてくれる。肌身離さず持っていることだ。」

「ありがとう。すまんがアルフレッドを預かっててくれ。」

早速と言わんばかりに青い封筒の両端を指で掴んだ。その様子もテーブルに肘をついて頬杖をついていたエフはぼーっと見て、思わずすこし待ってほしいと制止した。迷惑そうなイヴリンが口を半開きに反論したげだった。

「4つ、尋ねさせてくれ。」

「それ…今じゃないと駄目か?帰ってからならいくらでも…」

「いいや駄目だ。テレポート魔法反対詠唱をしてやろうか。」

「わかったわかった。聞くから。」

真顔のまま、指を添えたまま動きを止めて質問を待つ。

今したいと言ったのはエフの気性によるものだった。元々学者気質みたいなところもあるので気になったことはその場で聞かないと気が済まないのだ。まるで確約するかのように4本指をたてた。

「クエストなんていつでも受けられるだろう。なぜ今じゃないと駄目なんだ。もしここに留まるのに金銭を求められると思うのなら心配ない、私はそんな酷い性格はしてないつもりだ。旅人を泊めるくらいなんともない。」

「そういうわけじゃない。狙ってたクエストがそろそろ張り出されるからやっておきたいだけだ。あんたへの御礼も片手にな。俺だって礼儀知らずな酷い性格じゃないつもりだからな。」

指が一本折りたたまれた。

「お前はあのアルフレッドという女にひどく付け入って何か責任を感じているようだが恋人でもなさそうだ。なぜ責任を感じる。」

「あいつを名付けてここまで振り回したのは間違いなく俺だからだ。付いていくという意思を持ってくれてはいるけれどやはり…負い目はある。そしてよくわからないがただアルフレッドには特別幸せになってほしいと強く思うんだ。」

残り二本の指だけが残った。

「お前はこの道を行こうと思った理由は何で、お前はそれを尋ねられた時胸を張って答えられるか。」

邪神倒しの勇者の道を来た理由、イヴリンは言葉に詰まった。薄く口を開いて固まった青年、その心を見透かしたかのように畳み掛けるように尋ねる。

「お前は本当にこの世の者が憎み仇にしている悪しき邪神を殺しに行くのか。」

「その質問はどういう意味だ?」

「本当に、邪神を、殺す?」

「…」

一言ずつ区切って冷たい言葉をその一文の最後にあえて強調してつけた。それは当たり前のことだ。邪神を倒す、つまりはこの手を血で濡らしひとつの命を奪うという『殺す』ということだ。それを再確認するように噛み締めて。その剣士の薄く開いた口の口角がゆるく持ち上がった。夕と夜を混ぜた瞳が怪しく輝いたように見えた。それは無垢で潔白な人間の表情ではない。

「質問はそれだけか。」

「ああ。」

「そうか。」

淡白に一言言い残すと、


指に力を入れて青い封筒を破いた。

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