第三章「待ち人、きたりて」

1話

道を行っていた馬車にひろってもらい二人は次の街に着いた。

テール街より少し離れた西の地帯にあるミスリルタウン。薬草の商人だったらしい馬車の主人はこの街へ商売に訪れたらしい。

お礼を言い降りてきたはいいがこの街についてはさしものイヴリンも来たのは初めてであり土地勘がつかめない。


ミスリルタウンは主に魔術師や薬師が住んでいる土地だ。後定魔法技術はテール街のほうがすすんでおりここで作られているのは原罪魔法を溶け込ませた薬。つまるところ少し法から外れた場所にあたる。後定魔法の規定『第七魔法国民定現目録』の82項に明記された「原罪魔法を人間の使用する薬品に含ませてはならない」という名目で違法になっている。政府ですら立ち入りを躊躇しここを取り締まりできないような溜まり場。一部の政府関係者はここの薬を使って能力を増進させて昇進したなんていう噂もあるがそれもおかしくはない。彼らは薬師としての才覚は優秀に他ならないのだから。


イヴリンが率先して歩き出す。紫色やピンク色の体に悪そうな煙がもくもくとあちこちに立ち込め、暗い霧がかかって夕方だというのに地上付近だけは闇夜のようだった。幸いにしてスラム街のように道に浮浪者が、ということもない。どの意味にしたって熱心に研究室で薬品の製作にとりくむ情熱的な者達ということに変わりない。後ろから聞こえる軽いヒールの音が心地いい。

「煙たいな…ゴホッ…」

マントを片腕でくるみとって口元を覆う。小さい頃学校で行われた火災時の避難訓練を思い出しながら石畳の坂道をあがっていく。このあたりは高台にむかうようにして大通りがあり、その途中にたくさんの家がある。

「人体に有害な気体が微量ですが検出されています。死に至るまでの効果はない量であると計算されます。」

機械的な音声でそう伝える。その後前を歩く青年をいたわるように優しい声音に変えて彼を気遣う言葉をかける。

「だけど辛いならどこかで休もう。」

「大丈夫だ。少し煙たいだけで。お前は大丈夫なのか。」

「私はどんな気体を吸っても変化はないよ。人間じゃないから。」

強がって見せたがこの街の酸素濃度はあまり高くないようだ。マントをより強く口元におしあてるとアルフレッドが数歩先をさくさくと歩き出した。どうやら休めるような建物を探しているらしい。人っ子一人歩いていないために伺いをたてるわけにもいかず、更に宿屋や食堂といった入りやすい建物もない。しょうがなくそこいらにあった民家の扉をノックしようとした時だった。


ヒュッ、となにかが空を切る音が確かに聞こえた。


気がついた時にはイヴリンは大剣を抜いてなにか光の玉をはじき返していた。パッと見ただけでそれが魔法攻撃であることはわかった。出元を探るようにして屋根の上を見るとそこにいたのは一人の男性だった。見た目はイヴリンよりもう少し年上に見えるくらいで片手に開いた分厚い本を持っている。アルフレッドを背にかくすとその魔法使いをじっと見つめ剣を構える。

黒い装束をまとった彼は闇の中でぱくぱくと口を動かした。

その瞬間手元にあるあの辞書のような本は魔導書であり、彼が魔法詠唱を開始したことに気づいた。

「待て…!」

イヴリンが遮ったことで彼は一度詠唱を断絶せざるをえなくなった。そしてゆっくりと屋根から石畳の上に降りてくると二人を誘うかのように手招きをすると路地裏のほうへと消えていった。

急いで追いかけると見失わない程度の距離で前を歩いている。路地をいくつも曲がったり、塀をよじのぼったりしてもう一度来てみろと言われたらわからないと答えざるを得ないような道を行く。


それから10分くらいしてそれは急に現れた。


濃霧のせいで遠くからは見えなかったのだろう、それでもいきなり現れたことに驚愕せざるを得ないような立派な建物。もはや宮殿と言ってもいいくらいのレンガ造りの建物だ。そのつくりはどこかで見たことがある、大扉の上に描かれたさびれた赤い十字のオブジェを見てこの場所の本来の役割がようやく思い出せた。その中へ入っていったのを見て大きな扉を押して同じように真っ暗な建物の中に入る。もはや室内の絨毯の色すらも見分けがつかない。

ぱっとシャンデリアの電気がついた。

更にはエントランスにはたくさんのメイドが並んで恭しくお辞儀をしていた。

あまりの異様さに戸惑っていると黒い装束の彼が近づいてきた。ようやく電気のもとでその顔は見えるようになった。黒い髪を肩まで伸ばした貴族風の男だ。

「初めてお目にかかる、私はエフ・ヴァーゲ。この館の主人だ。」

彼がすっと手を差し伸べてマントのかかった肩を掴む。

「会えて光栄だよ、神の使いの進行者達。」

掴まれた当本人のイヴリンはぱっとそれをはらって微笑む彼に視線を投げ返す。どういう神経をしていれば攻撃して殺しかけた人間に向かって会えて光栄だとか言えるのだろうか。身に危険を及ぼした以上彼を簡単に気を許すわけにはいかないと身構えている。それを見ていたアルフレッドは沈黙と雰囲気に耐えかねたのか一歩踏み出て尋ねる。

「お言葉ですが、なぜ私達を先ほどは攻撃されましたか?」

「君たちが正しい人間かどうかわからなかったからな。少し手荒だったな。すまない。この通りだ。」

ぺこりと頭をあげて潔く謝罪の言葉を口にした。猜疑心を深くしてなにも喋らなくなってしまったイヴリンの代わりにまたも質問を繰り返した。彼の心をほぐすためには納得しかないからだ。

「悪いモノがいる、ということでしょうか。」

「…案ずるな。私はどこかの浅学な人間のようにマモノを差別をしはしない。だから人工の娘御にも客として彼の従者として相応に接待させていただくよ。」

その言葉に驚愕するほかなかった。いくらアルフレッド自身の表情が乏しかったり慇懃な振る舞いをしたところでそれで思うところは『人形のようだ』というところであり、人形であり人間ではないと断定することはできない。エフはさきほどから手にしていた魔法書を開いてなにかの呪文を口にした。

「彼から僅かに察知できる魔力は人工のそれではない。だが一方であなた自身の体からは人工の魔法のそれしか感知できない。つまるところ人間に作られた人間ではないなにか…違うか?」

本をパタンと閉じて彼は顔をあげた。その切れ長で端正な顔に則して彼の洞察は賢明そのものであり鋭いものだった。隠すつもりなど毛頭ないアルフレッドは手をすっとかざしてその球体関節を見せつけた。さきほどの街の暗さでは見えなかったであろうその確たるものを見せつけたことで彼は納得した。

「人形、自動従事人形。…だがあなたはただの其れではない。」

「どういうことでしょうか。」

「あとそこで警戒しっぱなしの男。」

まるで毛を逆立てた猫のようにひとり睨んでいるイヴリンに向かって御主人はため息をついて手をこまねいた。




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