4話

その日の夜も更けた頃。

今日の夜空には月はなく、ただそれを喜ぶかのように星々が輝いている。鳥も眠りただ街中でひっそりと暮らす虫のなき声だけが静寂を慰める。

板張りの廊下にふらふらっと不規則な足音が聞こえてアルフレッドはそちらを見る。いた人物ことは思った通りだったが、ほんの僅かに揺れた瞳と時折体勢をくずすような足元は想定外だった。彼もまたひどくおどろいた様子で廊下にちょこんと座る彼女を見ていた。

「なにしてるんだ、アル。」

「郵便局のハヤブサさんに頼まれてこの部屋の主をお待ちしてるの。出てこられないから手紙が渡せないんだって。」

はたしてこの男はこんなあだ名で気軽に呼ぶような軽い男だっただろうか。そう思い返していると小さくため息をついたイヴリンが隣に座った。

「そんなの受け付けの奥さんに頼めばいいじゃないか、なにもこんなとこで待たなくても。」

「…酒臭い。」

はいたため息から少量ながら酒の匂いがした。ちょっと大げさに言ったのは忠告のためだった。油断はできない旅だというのに初日から飲みすぎるというのはいかがなものか。これでさっきの千鳥足の説明もつく。

「俺だって最初から酒を飲むとは思ってなかった…レインさんと飯でもって誘われて、飯屋に入ったらさ奢りだって言われてんざ酒を呑まされてさ。あることないこと根掘り葉掘り聞かれた。」

「どれくらいのんだの?」

「俺とレインさんあわせて樽1個半。」

「のみすぎ…アルコールが体に与える悪影響の項目をいちから暗唱してあげましょうか?」

彼をひとりで行動させるのがちょっとだけ不安になるくらいだった。さすがにここでずっと座ってるアルフレッドには申し訳がたたないのか頰をぽりぽりとかいて気まずそうにする。

「酒はそんなに好きじゃないから俺も気分悪いよ、今度から気をつけます。」

「そうしてくださいませ。あなたは勇者で…」

「うわ…!」

少し顔を見合わせていた間に部屋の主が外へと出てきたらしく小さな悲鳴が聞こえた。扉を出たら張りこむように二人座っていたらそれは間違いなく驚くだろう。ましてや目の前にいるのは十代後半とおもわれる女の子。変質者だと疑われたら大変だ。先に声をかけたのはアルフレッドだった。

「失礼しました、私達今晩同じ宿に泊まってる者なのですが郵便局のハヤブサさんに伝言を承っております。あなた様宛の郵便物があるそうなのですがお昼間にお返事がなく届けられずにいるそうです。いかがいたしましょうと。」

「お手紙、ですよね。担当さんが変わったのかな…これまで通り扉の前に置いておいてくださいとお伝えください…」

「かしこまりました。」

突き放すように言う彼女はまるで相手にしないでくれと言っているようだった。明らかになにか事情があるといった風に。逆らうことなどできないためにお辞儀をしたまま扉が閉められるのを待つ、だが隣の男はそれが我慢ならなかったようだ。酒の勢いもあるのか閉まりかかった扉を手でつかんでこじ開けようとする。

「いや明らかすぎる顔をするなお前も。」

「な、なんですか!」

「そういう煮え切らないの気に入らないんだ俺は。」

必死に閉めようとする少女が哀れに思える。当然だが目の前の華奢な少女と剣の腕を鍛えたこの男ではどちらが勝つかなんて明白だ。ちょっと怪しげな雰囲気にも見えなくもない。さすがに怒った少女がきっとイヴリンの顔を見上げて、その直後にまるで信じられないものでも見たかのようにあんぐりと口を開けてかたまった。同時に我慢ならなかったアルフレッドも二人の間に入りイヴリンの頰を軽くはたいた。

「無礼でございますよ、まるで変質者ではありませんか。年端もいかぬお嬢様のお部屋に強引に入り込もうなど。」

僅かな力ではたいたつもりだったが目の前の屈強な男はふらあっと床に倒れこんだ。自分の剛力さに少し驚いたが彼が静かな寝息をたてはじめたことから酒の酔いの限界がきたか深夜のために眠気がきたか、一番ありうるのは両方で眠り始めてしまったということに気づいた。再び唖然としている少女の後ろをそっと見るとこちらこそ唖然としそうな光景が広がっていた。


客室の寝室部分が黒い墨で塗りたくられたかのように染まっていたのだ。


中を見られたことに気づいた少女は急いで言い訳をしようとしたが、アルフレッドはふるふると首を横に振った。そしてできるだけ優しく微笑みながら諭すように話しかけた。彼女の目にそれ以上にとまったのは脱ぎ散らかされた衣類、食い散らかされたあとのゴミ。

「困ったお嬢様ですね、このように散らかすなんて。少しだけあげていただけないでしょうか。お掃除をさせてください。」

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