3話

同じ青空を眺めて人形がベッドから体を起こす。そのまま立ち上がって反対側にある出口へと歩く。ドアの小窓に反射した自分の胸のあたりまでの姿をみてふと思い直してクローゼットに歩み寄る。すっかり忘れていたが自分はいま布きれのようなワンピースと呼べるかも怪しいもの一枚なのだから。ここにガウンなどはないだろうかとみていると少し長めの茶色のローブがあった。一応着ておいたほうがいいかと羽織ってから廊下に出る。


小さな宿の中は客室も10個ほどしかない。オフシーズンのために宿泊客も3組ほどだと聞いた。スタッフはたった二人の夫婦だけのようで一階に紅茶でもいただこうかと降りたところで誰もいないのは予想していた。しかしそこには一人この宿の受付をしていた女性が重そうな荷物を運んでいるところだった。一番上の荷物がぐらりと落ちかけて思わずアルフレッドは駆け寄ってそれを受け止める。

「うおっ!と…あっお客さん!アルフレッド様!」

「敬称はいりませんよ。これお運びしますね。」

半ば奪うようにしてそれを引き受けるとかの女性はわたわたと焦り始めた。いちお客に業務を手伝わせるのは気がひけるか。アルフレッドは自ら手首のあたりを見せてその特殊に見える関節を示す。

「私は元々メイドの自動従事人形でございます。なにかお手伝いしないと気がおさまらなくて。」

「あらら…これは一本とられちゃったわ。」

「どちらにお運びすればいいのでしょうか、奥様。」

「ええっとじゃあお願いしますね。一階の奥の倉庫です。この廊下をずっといってもらって右にあるので。お手数おかけしますが…」

「了解しました。」

そのまま軽々と荷物を運んでいく。


アルフレッドがメイド人形だというのは事実であり、多少荷物運びが楽々にできるのもそのせいだ。運用された同機種の自動従事人形『サイリーン型ピアル壱号B』は富豪に買われメイドとして働いている。人間よりも下働に高性能な魔法とスキルを持ち合わせた最高な文句を言わぬ給仕。多少の値段が張れどその需要は尽きることはない。そしてこの機種を先頭に次々と様々な目的にあわせた人形が製造されている。国が後援しているせいもあり製造数は命を作っているようには思えないほどの量。いやたかが人形を『命』だなんてみていることのほうがおかしい。


初めて『欠陥品』として返品されあの工場に縛り付けられたのはいつだったか、記憶はおぼろげだ。二人の小さな幼いいたずらっ子に出会わなければ自分が『回復魔法しか魔法の使えないために』返品されたことも知らなかっただろう。こんな目にあわされてもなおアルフレッドの中にはメイドとして色々と世話を焼きたいという気持ちが残る。


そうこう省みていると目的の倉庫についた。しかしその前にひとりの青年が立ちふさがっている。正確に言えばそこにある客室のドアをひたすらノックして中の人物を呼び出しているがでてこないといった様子。大きな荷物の横から彼を見ると茶色の髪の毛に三色のメッシュが入っている、おそらくはアルフレッドの見た目の年齢よりかは外見は少し歳下…いやイヴリンよりも歳下にも見える。困った顔をした彼の背後の隙間を通り抜けようとしてわさっとなにかにあたった。

両方が驚いて、向こうのほうが驚いてぺこぺこと頭をさげた。

「うわ!ごめんなさい!」

「申し訳ありませんでした、お声がけすればよかったですね。」

「あ!重そうですね!手伝います!」

彼が上の荷物3つくらいを持ったことによってようやくその全貌を拝むことができた。なにがあたったのかと思っていたがどうやらそれは彼の背中に立派に生えたものだったらしい。


長い翼。鷲とはまた違った形をしたそれが人の姿の背から生えている。


一方彼もぽかんとした顔でアルフレッドの顔を見ている。目を奪われたかのようにしばらく動きがとまっていたので思わず話しかけた。

「こんな端ない格好で恐縮ですが、そこの倉庫までお願いしてよろしいでしょうか。旦那様。」

「はっ!ごめんなさい!そこまでですよね!」

薄暗い倉庫の中に運び入れると彼は腕章をつけていることに今更気づいた。背中に鞄をさげているとことはさきほど自分の連れと出かけたどこぞの行商人を彷彿とさせる。倉庫の中が豆電球だったため腕章が見にくいのかと勘ぐった青年は今更ながら自己紹介を始めた。

「僕はハヤブサと言います。」

「ああそうか…その羽根は。」

名前を聞いて鳥の名前を思い出すくらい彼の名前はそのままだった。それには自覚もあるのかちょっと照れくさそうにする。

「はい。えっと…郵便屋として働いてます!手紙を届けるのも仕事なんですけど…一番の仕事は新聞に乗せる写真をとることです!ほらこれカメラ!」

鞄から一眼レフのカメラを取り出して嬉しげにみせてくる。どうやらご自慢の品らしいがなるほど確かにそれは値段は察しがつけられないが大事に手入れされた綺麗なカメラだった。イヴリンより歳下にみてしまったが人ならざる者なら歳上かもしれないな。

「大事になさってるんですね。素人目でもわかります。」

「えへへ…お姉さんに褒められると嬉しいっすね…」

「遅れましたが私は…私はアルフレッドです。連れがいるのですがあいにく少し出かけているのでこうやってここでお手伝いをさせていただいております。」

そう言ってお手本と言えそうなほどにぺこりとお辞儀をする。目の前の青年は少し驚いたようだったがすぐにかしこまってちょっと下手なお辞儀で返した。そして一度頷くとへらへらと笑った。

「僕はカメラが大事ですけど、アルフレッドさんはお名前が大事そうに聞こえますよ。だって今すごく噛みしめるように言ってましたもん。」

「…はい。とても、ちょっとセンスというか性格を勘違いされそうではありますが…大事な名前です。おかしい名前ですが。」

「お、おかしくなんてない!よく似合ってて素敵な名前…あ、いや。アルフレッドさんは素敵な女性ですしその素敵な方なんですけどその!」

必死に言い訳をするハヤブサをおいてアルフレッドは倉庫からでてさきほど訪ねていた部屋を見る。客室からは少しも音がしない。不気味なほどに。彼の業務を邪魔してしまっていたことを思い出して声をかけた。

「失礼しました、業務の途中だったのでしょう?」

「あああ!そうだった!…でもおかしいんだよなあ。」

部屋の前で再度ノックした郵便屋は手紙を片手に首を傾げてドアに耳をひっつけた。なにか些細な物音がしないか探っているようだ。どうやらここに手紙を届けるようだが届け先の人間がいないということだろうか。

「御不在なのではないでしょうか。」

「いやでも奥さんに部屋からでてないって聞いたんすよねえ。…一昨日きたときもこんなんだったし…。次行かないとチコ先輩に怒られるっす…。」

「私は今日はここに宿泊させていただくのですが、その際にここの客室のお方と会ったらお伺いをたてておきましょうか。1日いればお会いするかもしれません。」

「でもアルフレッドさん…」

「さきほどのお返しということで。いかがでしょう?」

ハヤブサはちょっと迷ったようだったが苦笑いをしながら顔の前で両手をあわせた。恩に着るといわんばかりの顔で頭を小さく何回か下げた。今日の分の仕事はまだまだあるしこれを終わらせなければ先輩に怒られる。

「じゃあすんません!お願いします!えっと、ローレンスさんっていう女性みたいなんですけど見かけたら郵便物の受け取りについて聞いといてください!」

「了解しました。」

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